軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77話 異変

「――本当に、この町に異能があるんですか?」

思わず、言葉がこぼれた。

私達がこの町に来てから一週間。もう一週間もこの町を探し回っているのに、何も見つからない。

路地裏、廃屋、森の縁。

――何度も何度も歩いた。けれど結晶どころか、手掛かりすら掴めない。

「異能の結晶ってかくれんぼの天才だから、このくらい見つけられなくても普通だよー」

「そうですね。安全な環境で探せるだけ、ずいぶん楽な事案ですよ」

焼き立てのホットケーキの香りが、宿の小さな食堂に漂う。

蜂蜜をたっぷりかけたそれに夢中なアイノウと、涼しい顔で濃い珈琲を口にするノア。

二人の穏やかな姿が、今はどうにも遠く見えた。

「で、でももう一週間ですよ!?」

「砂漠で見つけた異能の時も大変だったし。十時間くらいかかっちゃったよね?」

「それはふざけているのか本気で勘違いしているのか、どちらですか? あの時は十時間どころか、十か月以上かかっています」

「十……か月!?」

思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を押える。

「えへへ、桁を間違えちゃってたや」

「広大な砂漠の中にある小さな砂の結晶ですよ。灼熱の中での探索は過酷でした」

予想を遥かに超える過酷さに、開いた口が塞がらない。異能の探索とは、そんなにも気の遠くなるものなのか。

「緊急性もありませんし、今は情報収集を続けながら、少しずつ範囲を絞っていくしかありません」

「でも、早く見つけたほうが……!」

焦りのまま口にした言葉は、喉の奥で途切れた。

アイノウはフォークを止め、ノアは静かにコップを傾けながら私を見つめる。

「……リネット。最近、働きづめですよね? それに、魔法の勉学にも随分時間を割いているようです。効率よく動くためにも、休息は大事ですよ」

ノアの声には、責める色は一つもなかった。むしろ、静かな心配がそのまま言葉に滲んでいる。

私は小さく頭を下げた。

「……すみません。少し、焦ってしまって」

「とはいえ、貴女の言う通り早いに越したことはありません。あまり気に病まないように」

その優しい言葉に、胸の緊張がふっとゆるむ。

ちょうどその時、階段の上から影が差した。

「あ、ハルト! おっはよー」

ゆっくりとした足取りで、ハルトが階段を降りてくる。

朝が弱いのか、それともただ気怠いだけなのか。

彼はアイノウの声にちらりと視線を向けただけで、無言のまま通り過ぎ、宿の扉を開けて外へ出ていった。

「あーあ。ハルトってばまた単独行動しようとしてるよー」

「まったくあの人は……! どこまで自由なんですか!」

ノアが勢いよく椅子を引き、立ち上がる。

「あ、あの、ハルトはどこに行こうとしてるんですか?」

「異能を探しに行ったんだと思うよ」

「異能探し……!」

アイノウの言葉に、私は反射的に手を伸ばした。

「あの、私が追いかけます!」

「……貴女が?」

私の言葉に、ノアは驚いたように足を止めた。

「単独行動が駄目なんですよね? なら、私が一緒に行きます」

「ですが」

「いつもノアに任せっぱなしですから。お任せください!」

ノアの口が何かを言いかけて止まる。小さく眉を寄せ、しばし考えるように視線を伏せると、アイノウへと視線を向けた。

アイノウはホットケーキを頬張りながら、のんきに手を振る。

「いいんじゃない? がんばれー」

その気楽な笑みにノアはかすかに肩を落とし、ため息を一つ落とした。

「仕方ありませんね。くれぐれも無理はしないでください」

「はい、分かりました」

そう答えて、私は宿を出た。

「ハルト!」

彼は、宿屋から少し離れた場所にいた。

「単独行動は禁止されています。私と一緒に行動してください」

横に並んで歩き、後を追う。

「……一人でも平気なのに」

「規則ですから」

「そう」

もう少し反発されると思っていたけれど、意外にも彼は私を拒まなかった。

無言のまま、時間だけが流れていく。

けれど、静けさは不思議と心地よかった。足音と風の音だけが続くこの時間なら、捜索に集中できる。

「――――見つからない」

だが、探せど探せど、異能の気配すら見つかる様子はない。

気づけば、空はすっかり夜の色に沈んでいた。街灯の少ない田舎町では闇が濃く、いつの間にか町外れの林の中まで入り込んでいたらしい。

流石に休憩もなしでずっと動いていたせいか、少し疲れを感じる。昔から勉強でも何でも、一つのことに没頭しすぎるのは私の悪い癖だ。

「ハルトは、疲れていませんか?」

「……別に」

短く切り捨てるような返事。その横顔には、ほとんど表情がない。

一日一緒に行動して分かったことがある。

彼は本当に掴みどころがない。文句一つ言わずに付き合ってくれるのに、自分の意見はほとんど口にしない。

……きっと、私に興味の欠片もないのね。

私はそれ以上言葉を重ねず、前へ歩き出した。

「止まれ」

ハルトの足が、ふと止まる。

何かを感じ取ったように彼はわずかに顔を上げ、森の奥へと鋭い視線を向けていた。

「どうし……」

ふと、遅れて違和感を感じる。

さっきまで聞こえていた木々のざわめきも、小鳥のさえずりも、まるで何かに怯えるように消えている。

「! なっ――!?」

茂みの奥から、影が弾かれたように飛び出す。

小柄な体に、灰色の皮膚。剥き出しの牙が月明かりを受けて光った。

「《蜂盾【ほうじゅん】》」

考えるより先に、体が動いていた。

「魔物……!?」

防御の魔法を唱え、身を守る。

小さな金に光る六角形が盾のように展開し、一撃を受け止める。

魔物は一定の距離を取り直すと、怪しく光る赤い目で、ぎろりとこちらを睨み付けた。

「この魔物って……『小鬼』? どうしてこんな所に……!」

小鬼――

かつてこの地方で頻繁に出没していたと記録にある、低級魔物の一種。だが、今はもう現れないはずだった。町長も「過去の話」と言っていたのに。

小鬼は一体だけではなかった。

次々と茂みの影から姿を現し、私達を囲むように広がっていく。

「囲まれて……っ!」

すぐに魔力を練り、手を広げて次の詠唱に入ろうとした――その瞬間、隣で鋭い金属音が響いた。

ハルトが剣を抜いた音だった。

「邪魔、どいて」

低く放たれたその一言は、冷たくも頼もしい。

次の瞬間、ハルトの身体が音もなく動いた。

無駄のない、研ぎ澄まされた動き。風を切るような一閃が、小鬼の一体を瞬時に斬り伏せる。

「強い……っ!」

今までも騎士とは何度もパーティを組んでいるけど、桁違いだ。

数の多さなど、彼にとっては意味を成さない。小鬼達は次々と斬り伏せられ、ついには恐れをなして一目散に逃げ去っていく。

ハルトは剣を軽く払って血を落とすと、何事もなかったかのように鞘へと収めた。

「……異変、現れたね」

「! は、はい」

呟くような言葉に、はっと我に返る。

「魔物が町に現れたら、大変なことになってしまいます」

焦りを込めてそう言うが、ハルトは心底、無関心に答えた。

「それはどうでもいいけど、異能を探す手掛かりになりそう」

……どうでもいいって、良くはないでしょう。本当に帝国騎士団なんですか、この人。

「……あの、ハルト」

「何?」

「言いたくはないですけど、騎士は本来、魔法使いを守るものではありませんか? なのに、完全に私を無視していましたよね?」

魔法使いは接近戦に弱い。だからこそ騎士と組む意味があるのに、ハルトはまるで私を放置していた。

思わず口をついて出た苦言に、彼は一瞬だけこちらを見た。

「『止まれ』と声をかけたつもりだけど」

「だからって」

「これくらい自分の身も守れないなら、第0部隊には必要ない」

……こいつ。

「それは大変失礼しました! 今後は、ハルトをあてにしないことにします!」

皮肉を込めて吐き捨てるように言うが、彼の心には何も響いていないようだ。

ハルトは変わらない無表情のまま、呟いた。

「さっさと行くよ」

言い終えるや否や、彼は迷いなく走り出す。

私も慌ててその背を追い、アイノウとノアが待つ宿屋に向かう。何かが起こりそうな、不穏な空気を胸に感じながら――