軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編61話 過去

「リスリアラナ砂漠には、転移魔道具を使って向かうぞ」

そう言ってフクロリー先生が指したのは、集合場所に指定された大きな噴水。

転移魔道具――――その名前の通り、空間を超えて移動する魔道具。

一般的なのは門を潜って移動する《転移門》だけど……噴水の形をしたものは、初めて見る。

「この『 蒼(あお) の 泉路(せんろ) 』 は、トルターン学校とリスリアラナ砂漠を結ぶ転移魔道具だ。水面に飛び込めば目的地に到着する仕組みになっている。心の準備ができた者から、順番に飛び込むように」

水面を覗くと、ゆらゆらと揺れる自分の顔が映った。

一見、ただの噴水にしか見えないけど……どことなく感じる魔力に、これがただの噴水でないことは分かった。

「なお、転移中にふざけたりすると予期せぬ場所に飛ばされて、最悪、二度と戻ってこられなくなるから、気をつけろよ」

いや、怖すぎるんだけど……!

私は思わず一歩後退さったけど、生徒の中には移動の噴水に慣れている人もいたようで、彼等は次々とためらうことなく水面へと飛び込んでいった。

「私も続かなきゃ……!」

躊躇している場合じゃない!

意を決して噴水の縁に足をかけると、そのまま水面へと飛び込んだ。

水の中に飛び込んだはずなのに冷たさは一切感じなくて、でも確かに何かを通り抜ける不思議な感覚。

次に目を開けて見えた景色は、今までいた場所とは全く異なる場所だった。

「初めまして」

「っ!」

少しも濡れていない制服。

トルターン学校にあった噴水と対になる噴水の前に到着した私は、そこで見た人物の姿に、思わず息を吞んだ。

黒と白を基調とした騎士団の団服――――この二色は「帝国騎士団」にのみ許された色であり、他の騎士団が使用するのは許されていない特別な色。

黒は魔法使いを、白は騎士を表し、第0部隊はその両方の色を纏う。

「皆さんの校外学習を担当させてもらう、帝国騎士団第0部隊所属《アイノウ=ドリエルラ》だよ。よろしく」

アイノウ様は、屈託のない笑顔で挨拶を交わした。

「アイノウ様はトルターン学校の卒業生で、今回、校外学習の引率を引き受けて下さった。皆、失礼のないように!」

「おやフクロリー先生 、随分立派になったんだねぇ! 嬉しいなぁ!」

「……アイノウ様は相変わらずですね」

親しげな口調で話しているのは、アイノウ様とフクロリー先生の間に、私達の知らない交流があるからだろう。「立派になった」という言葉から察するに、先生がまだ新米だった頃からの知り合いなのかもしれない。

……それにしても、アイノウ様って一体お幾つなんだろう?

見た目からして、二十代後半の陽気なお兄さんに見えるけど……。

「さてさて。今回、学生の君達には、我々第0部隊が三十年前に発見した異能【空の祝福】をなぞる形で、異能の重要性と危険性を説明していくよ」

アイノウ様が視線を向けた先に広がっていたのは、見渡す限りの砂の海。

噴水が建って いるこの場所には、木々が茂り、小さな町も見えるけど、先に進めば、方向感覚が狂わされそうなくらいの広大な砂漠が広がっていた。

「決してはぐれないようにね。じゃないと砂漠の中で一生迷子になっちゃうから」

それって、干からびて死んじゃうってことじゃ……!

危険なことをさらりと言ってのけるアイノウ様の顔には、満面の笑みが浮かんでいて――ゾッと背筋が凍った。

「異能の入手方法は色々あるけど、異能の捜索にも 危険が伴うことが多いよ。リスリアラナ砂漠は運良く魔物が出ないけど、魔物が蔓延る洞窟やマグマが吹き上がる火山に行ったこともあったなぁ。懐かしいね!」

しみじみと語ってるけど、全部怖い!

リスリアラナ砂漠の中を歩き始めたけど、焼けた地面が靴底を通してじわじわと熱を伝え、皮膚が焦げるように痛い。喉はカラカラに乾くし、風が吹けば砂が舞って目も開けられない。

進めど進めど、見渡す限り同じ景色。

「も、もう無理! 熱い!」

「帰りたいぃ…… !」

終わりがないゴールも見えない状況に、早くも生徒達から悲鳴やリタイヤの声が聞こえた。

「およおよ。まだ全く異能の説明が終わってないのに、最近の学生は根性ないんだねぇ」

「っ!」

この暑さで汗一つかいていないアイノウ様って、化け物なの……!?

「まぁいっか、話を続けるよ。異能を探索するだけでも充分に一苦労なんだけど、本当に厄介なのは、その入手方法にあるんだよねぇ」

そう言って、アイノウ様は指先を弾いた。

瞬間、空間に淡い光の粒が舞い、やがてそれらが集まり、一定の形を取っていった。色も形もまるで違うものたち……これは……?

「これは魔法で作った、『異能の結晶』を模したものだよ。毎回、姿も形も違うけど――リスリアラナ砂漠にあったのは、こんなものだった」

アイノウ様は浮かぶ結晶の中で、一つの結晶をそっと手に取った。

砂粒が幾重にも重なり合って形成された、雫の形をしている結晶……。

「……砂?」

「そう、砂で出来た雫の結晶。これを見つけるのはほんと苦労したよー」

木を隠すなら森の中って言うけど……こんな広大な砂漠の中から、同じ「砂」を見つけ出すって……どれだけ大変なの!?

他の生徒達も相当驚いたようで、矢継ぎ早に質問が飛び交った。

「そ、その結晶はどうやって見つけたんですか!?」

「異能を探知する魔道具《結晶の羅針盤》で、おおよその位置は探れるよ。でも異能に近付くにつれて魔力の影響なのか結晶の特性なのか、羅針盤が上手く機能しなくなるんだよね。だからオアシスに到着してからは自分たちの足で地道に探したよ」

「結晶って砂の中に埋まっていたんですか!?」

「そうだね。 砂を魔法で吹き飛ばすわけにはいかないから、手作業で探したよ」

手作業って……それって、すっごく大変なことなんじゃ……!

「どのくらい時間がかかったんですか!?」

「んー、探し始めて五時間くらいかなぁ。そこまでかかってないよ」

「五時間!?」

答えるアイノウ様の表情は余裕そのもので、灼熱の砂漠の中での捜索など、大したことじゃないと言わんばかりだった。

「異能には色々と種類があると聞きますけど、具体的にどんな違いがあるんですか?」

「良い質問だね。異能の特異性は、その色彩によって峻別されるよ。『赤・青・緑』といった基本色に属する異能は、習得の困難も必要な資格も様々だけど、特別な『金・銀・銅』の異能ともなれば、習得には厳しい試練が課されたりするんだよね」

「し、試練……? 資格?」

「そう。異能の習得には、試練や何らかの資格が必要な場合があるんだよ」

アイノウ様の手のひらに収まるほどの小さな雫は、微かに金の輝きを放っていた。

「特別な異能はラングシャル帝国にとって大きな恩恵を与えてくれるし、手に入れなくてはならない重要な魔法であることに違いはないけど…………空の祝福の習得には、先鋭であるうちの部隊から犠牲が数名出た。これだけで、どれだけ危険か分かってくれるよね?」

「犠牲に……っ!」

この地で発見された空の祝福の色は、最高レベルの「金」。

まるで日常の報告のように平然と語るアイノウ様の言葉に、骨の髄まで冷え込むような戦慄が走った。

「だからむしろうちの部隊の一番の仕事は異能を習得すること、または誰でも習得できるようにその方法を確立することだから、これくらいの探索は大したことないんだよ」

これで見つける方が簡単って……!

「異能を見つけても、死にたくないなら、下手に手を出さないことをお勧めするよ」

「……っ」

終始笑顔で語るアイノウ様からは、第0部隊として、過酷さも死すらも受け入れる覚悟が垣間見えた。

「……あの、アイノウ様。異能はどうやって発生するんですか?」

異能はある日突然、何もなかった場所に現れることが多い。

その発生には法則性がなくて、多くの事例が、予兆もなく始まっている。

「はっきりとしたことは分かっていないけど――――土地に宿る魔力に、自然か人為的かはともかく、何かしらの由来があるんじゃないかって考えられているよ」

「由来……ですか?」

「うん。今のところ一番有力視されているのが、その原因が、人の強い想いじゃないかって説だね。誰かの切実な祈りが、形を持って現れる。そんなふうに」

「祈り……」

なら空の祝福を生み出した願いは、いったいどれだけ切実で悲痛なものなんだろう。

終わりの見えない砂漠を見渡しながら、私は少し悲しい気持ちになった。

会話をしている最中にも、砂漠を進む足は止まることなく歩き続ける。

ふと周囲を見渡すと、生徒の数が目に見えて減っていて、既に何人かの生徒が脱落しているのに気付いた。

「っ、はぁはぁ」

かく言う私も、暑さに体力が奪われてしんどくて辛い!

魔法使いのクラスメイト達は、冷気の魔法で暑さを和らげながら歩いているけど、魔力の少ない私が同じことをすれば、魔力が枯渇して一歩も歩けなくなるのは明白だし……。

それに自分で言うのもなんだけど、運動神経も体力もないから余計に辛い!

でも、ここで立ち止まるのは絶対に嫌……!

「あら、リネットさん。この程度でそんなに辛そうにされるなんて、随分か弱いんですねぇ」

「セレアさん……」

「さっさと諦めて、尻尾を巻いてお帰りになればいかがですか?」

……しんどいから相手にしたくないのに……。

「心配して頂かなくて結構です」

「貴女のことなんて心配するわけないでしょう? 貴女が私達の足を引っ張って仕方ないから、文句を言っているんです」

「足を引っ張るって……」

「列の最後尾で亀みたいにノロノロと。貴女の所為で何度も足を止めているのが、分からないんですか?」

「それ……は」

言わずもがな、分かってる。

一人みっともなく汗だくで息を切らしながら付いていく私は……どれだけ滑稽なんだろう。

「今は学年二位の座におられているようですが、いつまでも通用なさると思わないことね。どうせ魔力が低い貴女は、落ちぶれるしかないんだから」

「――」

ハッキリと現実を突き付けられた気がして、胸が痛んだ。でもそれ以上に、頭がカッと熱くなった。

「セレア、いい加減にしろ!」

引率で付いてきたフクロリー先生が、セレアさんを止めるように私達の間に割って入ろうとしたけど――――私は逆に、フクロリー先生を押し退けた。

「余計なお世話です! セレアさんになんと言われようと、私は立派な魔法使いになってみせます!」

確かに心は傷付いた。

だけど「誰が負けるか!」と、次の瞬間に火が付いた 。

「はぁ? 魔力底辺の貴女ごときが立派な魔法使いになるとか、おこがましいにも程がありますわ!」

「底辺だから何ですか? それで私が諦める理由になるんですか? 大体、アレン殿下に相手にされないからって、私に一々突っかかってくるのは止めて下さい!」

「なっ!」

皆の前で図星を付かれ、顔を真っ赤に染めるセレアさん。

その様子を見ていた周囲の生徒たちは、私の発言に思い当たる節があるのか、「ぷっ」と噴き出して笑った。

「も、もういいですわ!」

セレアさんはそのまま、怒ったように私から離れた。

「へぇーあの子面白いなぁ」

「……」

同じく現場を見ていたアイノウ様は面白おかしく笑い、アレン殿下は我関せず、無表情でこちらを見つめていた。