作品タイトル不明
第18話 二つの帳簿
慈善の箱に入っていたはずの月白草は、帳簿の上で金貨に置き換わっていた。
ベレス薬材商会の帳場は、薬草院よりもずっと華やかだった。磨かれた濃色の机、金具の光る帳簿棚、窓辺に置かれた香木。薬材を扱う店にしては香りが強すぎると感じるのは、私が薬草院の無香の部屋に慣れたからだろうか。
その豪華なインク瓶の隣に、施療薬を運ぶための粗い麻袋が積まれている。金貨を払えない人々へ届く袋が、この店の美しい机を支えていた。
王妃府法務官の命令により、商会主オズワルド・ベレスは公式帳簿と在庫記録を提出した。彼は重い身体を椅子へ沈め、汗を拭いながら、すべて正規の契約に基づく取引だと繰り返す。
「月白草は年によって収穫が変わります。価格が上下するのは当然でございましょう。慈善向けゆえに安定供給を求められ、当方も苦労しておりまして」
アマーリエは彼の弁明を遮らず、公式帳簿をノエルと私へ確認用として回した。
私は薬材単価と納入量の欄を見比べる。薬草院で見つけた通り、特定の供給番号でだけ、月白草の代金が大きく、納めた量は少ない。ただ、公式帳簿には、品質保持のために加工費が増えたと補記されている。
「加工費の内容を示す記録はありますか」
私が尋ねると、ベレスは眉を上げた。
「公爵令嬢に商売の帳場を問われるとは、世の中も変わりましたな。乾燥と粉砕には熟練の人手が要るのです」
「私は薬草院の助手として確認しております。加工費の内訳があれば、粉末の納入量との整合を拝見したいのです」
肩書を正すと、彼の口元がわずかに歪んだ。アマーリエが視線だけで続きを促す。
「内訳は、倉庫側の管理になるでしょう。探させます」
返事は曖昧だった。
私は公式帳簿の余白へ視線を落とした。薬材には通常、乾燥後に失われる水分量を見込んだ換算が付く。月白草は灰紫根より乾燥減りが大きく、同じ樽数の粉を作るには、必要な原料量も違う。ところがこの帳簿では、月白草として支払われた原料が少ないのに、完成粉の数だけが予定通りになっている。
「もし月白草だけでこの数の粉薬を作ったのであれば、原料入庫は少なくともこちらの量が必要です」
私は計算欄を示した。
「納入量の不足は、加工の誤差では埋まりません。別の粉が加わらなければ、箱数が成立しないのです」
ベレスの額に浮いた汗が、こめかみを伝った。
ノエルは在庫記録の頁をめくり、同じ番号の搬出量を指で追った。
「公式帳簿では月白草粉末二十樽分の加工費となっていますが、在庫記録で搬出された月白草の原料は十二樽分です。残りの原料はどこから補われましたか」
「記帳の遅れでしょう。小さな店ではありませんから、誤差も出ます」
「八樽を誤差として扱うには大きすぎます」
私が言うと、ベレスは私を睨みかけ、すぐ侯爵夫人の名を出した。
「基金理事長室の承認を得て納めた品です。当商会だけを疑うのは筋違いでしょう」
その言葉を、アマーリエの書記が正確に記す。ベレスは自分を守るため、承認経路を口にしたのだ。
倉庫の確認へ移ると、帳場の光沢とは違う湿った空気がまとわりついた。天井近くまで麻袋が積まれ、棚札には薬草名と搬出日が書かれている。監査のため同行した倉庫主任は、顔を青くして鍵束を握っていた。
「この供給番号の原料入庫を見せてください」
ノエルが求めると、主任は表の在庫簿を差し出した。しかし、私が棚札を一つずつ確かめていると、奥の低い棚に灰色の札が束になっているのを見つけた。
「こちらの札は、何に使うものですか」
主任は答えず、ベレスが急に声を荒らげた。
「廃棄資材です。令嬢が触れるものではない」
アマーリエが静かに一歩前へ出た。
「商会主。監査対象の倉庫で、確認を妨げないでください」
主任の手が震える。やがて彼は、棚の背面に掛けられた小さな鍵を外した。
「申し訳ございません。こちらは、実際に入庫した原料を荷運び人へ支払うための控えです。表の帳簿と同じになるはずでしたが、理事長室の承認品については、記す名称を変えるよう指示がありました」
奥の引き出しから出された薄い帳面は、表帳簿ほど立派な革では綴じられていなかった。麻紐でまとめただけの頁に、月白草ではなく灰紫根の納入が何度も記されている。量は、公式帳簿で足りなかった分と重なった。
「誰から、名称を変えるよう指示されたのですか」
アマーリエの問いに、主任は唇を震わせた。
「商会主からです。基金の承認がある、余計なことを聞くなと」
ベレスが椅子を蹴るように立ち上がった。
「従業員の勘違いだ。安価な灰紫根を別用途で納めることはある。施療薬へ混ぜたとまでは」
「その点は、封印検体が示します」
私は机へ戻された供給番号表を開いた。第一と第二の汚染箱、公式帳簿の月白草加工、実納入控えの灰紫根。番号は同じ系列でつながっている。
倉庫主任は、灰紫根の袋が搬入された日には、通常の月白草棚ではなく奥の粉砕室へ直接運ぶよう命じられたとも証言した。粉砕後は袋が処分され、中身を見分けられる形では残らない。その手順が、温浸検査を省く慈善粉末に混ぜるためであったかどうかは、封印された現物と一致して初めて判断できる。
アマーリエは、証言と検体を同じ扱いにせず、別々の欄へ記録させた。何もかもを一つの悪意で説明しようとしない手順は、遅く見えて、かえって逃げ道を塞いでいく。
指で追う文字がぶれそうになったが、深く息を吸う。ここで見つかったのは、私の過去の記憶を慰める何かではない。今、患者へ渡りかけた薬の材料と金の流れだ。
「この頁と供給番号の照合を記録してください。灰紫根の入庫量が、施療薬箱の製造数とどこまで対応するかは、薬材重量を確認して算出します」
アマーリエは頷いた。
「原本を封印します。商会主には写しへの弁明機会を設けますが、原本の移動は法務室が管理します」
ノエルは私の計算用紙を受け取り、その上部へ算出者として私の名を書いた。
「単価と量の比較は、オフィーリア助手が初めに提示したものです。原票の欄を指して、確認印をお願いします」
私の名を消さないための言葉だった。私は頷き、公式帳簿と実納入控えの双方へ対応する欄を示した。
夕刻までの照合で、月白草として支払われた額と、実際に仕入れられた灰紫根の額には大きな差があることが分かった。差額の受領先として記された番号は、施療基金理事長室の承認番号で始まっている。
ベレスは、承認された指示へ従っただけだと言い始めた。自ら混入を実行した責任が薄れるわけではない。それでも、侯爵夫人へつながる経路は、彼自身の弁明によって露わになる。
帳場を出る時、倉庫主任が私へ深く頭を下げた。
「薬を待つ人のための品だと知っておりました。ですが、指定契約を失えば働き口を失うと思い、何も言えませんでした」
許せるとも、許せないとも、すぐには言えなかった。
「今日お話しくださったことは、受け取る方の安全へつながります。あとは法務官へ正確にお話しください」
主任はもう一度頭を下げた。
商会の表玄関には、慈善への貢献を讃える感謝状が飾られていた。去り際にそれを見上げたノエルは何も言わず、私は問いもしなかった。紙に書かれた評価は、紙に残された数字によって変わる。今日確かめるべきなのは、その変化を急いで喜ぶことではなく、施療所へ安全な薬が届くまでの経路だった。
帰りの馬車で、指先には古い紙と麻袋の埃が残っていた。ノエルが差し出した布で拭いても、数字の並びは消えない。
月白草の代金で買われた灰紫根。その差額を承認した先には、エルンスト侯爵夫人の執務室の番号が記されていた。