軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話 声を失わない日

一度目には閉じられた扉が、今日は私の証言を聞くために開かれていた。

王妃府の査問室へ至る回廊は、記憶の中と同じ白い石で造られていた。夏の日差しが高窓から差し込み、床へ四角い光を落としている。前の人生では、その光の上を歩きながら、私はまだ説明さえすれば分かってもらえると思っていた。

今日は、腕に書類箱を抱えている。

白樺小邸から同行してきた警護官は扉の外で止まり、ミナは控室で待つことになった。室内へ入るのは、私、セルヴァン院長、ノエル、施療所薬師のガルシア、法務官アマーリエと書記、それからヴァレリア・エルンスト侯爵夫人と代理人だった。

侯爵夫人は深い紺色のドレスをまとい、私へ悲しげな視線を向けた。

「このような席で再びお会いすることになり、残念ですわ、オフィーリア様」

私は立礼だけを返した。何を語っても、まず記録に載る部屋だ。

アマーリエが査問の開始を告げる。

「本日は、施療薬の汚染に関する二件の報告、およびラングフォード公爵令嬢が検体を汚染したとする申立ての初期審査を行います。対象者の人格や推薦辞退の是非ではなく、提出された物と行為の時系列を確認してください」

最初から、侯爵夫人が用いようとした道が一つ閉じられた。

それでもヴァレリアは落ち着いていた。代理人が告発状を読み上げる。私は妃候補推薦を突如辞退し、基金に不当な疑いを向け、薬草院で検査を担う立場を利用して灰紫根を混入させた可能性がある。慈善事業の停止により患者へ不利益を生じさせた。

文章は滑らかで、私が危険を止めた事実を、私が危険を作った動機へ変えている。

「ラングフォード公爵令嬢、申立てに対して述べることはありますか」

アマーリエに問われ、私は証言台へ歩いた。木の縁には、過去に誰かの爪が当たったらしい細い傷が残っている。指を添えると冷たかった。

「ございます。私が提出するのは、二件の薬材受領時に行った手順と、その前後の書類です」

声は震えなかった。最初に出したのは、第一ロットの封印採取記録だった。

「晩春末、薬草院へ届いたベレス商会由来の箱三件について、院長、監督官、入庫助手、配布係の立会いで未開封状態を確認しました。私は箱から選定された一包を温浸し、明礬紙の紫変を報告しました。院長判断で全箱を隔離し、検体を二部封印しております」

院長が立ち、採取記録の署名が自身のものだと確認する。ノエルは中央記録庫への送付時刻と受領印を説明した。

代理人が口を挟む。

「立会人がいたとしても、鑑定時に令嬢が灰紫根を加えることは可能だったのではありませんか」

私の肩が固くなる。しかし、アマーリエが答えを急かさずこちらを見た。私が説明する席は残っている。

「検体を取る前に、箱の粉末は院長と監督官の前で分割されています。さらに、第二の箱は別施設へ基金許可で直接搬入され、施療所薬師が開封まで管理しました。私が最初の箱へ何か加えたとしても、同じ供給系列の未開封箱に同じ反応が出た理由にはなりません」

第二ロットの採取記録と、基金の搬入許可書が提出される。

ガルシアは慣れない公的な室内に緊張しながらも、明確に述べた。

「当所は薬草院から共有された停止対象番号を見て、使用前に箱を留めました。搬入から検査まで、箱は当所倉庫で管理し、ラングフォード嬢が触れたのは私と監督官の立会い後です」

侯爵夫人の代理人は書類をめくり、別の点を突いた。

「しかし、薬草院の停止により供給が不足したのは事実です。緊急供給を妨げたことについて、令嬢は責任を感じておられないのですか」

感情を問われている。私が申し訳ないと答えれば、危険を止める判断が過失に見える。責任を感じないと言えば、患者を軽んじた冷たい娘にされる。

私は膝の震えを隠そうとせず、書類箱から会議議事紙と代替供給案を出した。

「供給が遅れることは重く受け止めております。そのため、検品を省く案ではなく、代替商会と薬草院の増員による供給案を提出しました。施療所からも安全確認を伴う配布を望む発言があり、議事紙に記録されています」

アマーリエの書記が該当箇所を確認する。さらに、ノエルが検品免除申請書を差し出した。

「こちらは、汚染確認後に基金理事長から提出された申請です。停止中の商会の粉末について、異常を発見した温浸検査を省略する内容であり、申請者署名と理事長印が付されています。薬草院側とラングフォード嬢は署名していません」

アマーリエが侯爵夫人へ問う。

「エルンスト侯爵夫人、この申請はご自身の判断で提出されましたか」

「患者を待たせないための措置として、理事長の責務を果たしました。わたくしは、危険と決まっていない備蓄まで滞らせることを避けたかったのです」

「第一の汚染ロットと同じ供給系列であることは、申請時点で報告されていましたね」

侯爵夫人は一拍だけ沈黙した。

「疑いは、確定とは違います」

「その疑いを確かめる検査を、省略する申請でした」

法務官の言葉は、責め立てる調子ではなかった。だからこそ、室内の誰も割り込めない。

侯爵夫人の代理人が、私の推薦辞退へ話を戻そうとした。

「そもそも令嬢は、王宮への推薦を拒まれた直後から、理事長へ敵意を」

「推薦辞退の是非は、未開封箱の汚染経路を説明しません」

アマーリエは短く遮った。

前の人生で、私を救ってくれる人はいなかったと思っていた。けれど今必要なのは、誰かが敵へ怒鳴ることではない。何が問題かを問題のまま扱わせることなのだ。

侯爵夫人は、初めて私を正面から見た。

「あなたは、ご自身の選択が多くの方を疑わせたとは思わないのですか。推薦を受け、慈善に力を貸してくだされば、こんな混乱は起きなかったかもしれません」

胸の中で、白い推薦状がひらく。けれど私は、証言台の傷へ置いた指を離さなかった。

「私が推薦を受けなかったことは、灰紫根が薬へ入った理由にはなりません。安全な薬を届ける仕事に、私の進路を条件として付けるべきでもありません」

言った後、室内が静かになった。長く説くつもりはない。この二つが、私がここで述べるべき全てだった。

査問は午後まで続いた。

最後にアマーリエは、提出された記録を閉じて告げた。

「現時点で、ラングフォード公爵令嬢が汚染を行ったとの申立てを裏付ける証拠は確認できません。一方、同一供給系列の二地点への搬入、汚染報告後の検品免除申請、基金許可による直接搬入は、契約と権限利用を調査すべき事情です」

ペンが紙を走る音が、耳に残る。

「よって、個人への処分判断は行わず、施療基金契約、支払帳簿、選定委員としての関係者接触を対象とする正式監査へ移行します。提出者および証言者への接触は、法務室への届け出を要します」

私を閉じ込める命令ではなかった。私を告発だけで裁かないとする、調査の始まりだった。

退出の回廊で、足が止まった。気が抜けたのか、証言台を離れて初めて身体が震え出す。

ノエルは腕を取らず、壁際の長椅子を示した。

「座りますか」

「少しだけ」

腰を下ろすと、抱えていた書類箱の重みが膝へ落ちた。彼は私の箱を奪わず、落とさないよう片側だけ支えてくれる。

「私の声が、書面に残りました」

つぶやくと、彼は小さく頷いた。

「はい。あなたが説明した順序のままに」

回廊の高窓から、まだ夏の光が差していた。白い石は同じでも、私はもう、そこを連れて行かれるだけの令嬢ではなかった。

控室から出てきたミナは、私が長椅子に座っているのを見て一瞬青ざめたが、私が自分で立ち上がると泣きそうな顔を隠すように外套を整えた。

「帰りましたら、冷たい果実水を用意いたします。今日は薬草の話をしなくてもよろしい日にいたしましょう」

「少しだけなら、したいわ。私が提出した順番を忘れないうちに、写しの保管場所を確認しておきたいの」

ミナは呆れたように息を吐き、けれど笑った。

「では、果実水を飲み終えてからになさってください」

私は初めて、査問の日の帰り道を自分の暮らしの話で埋められた。

正式監査の命令書には、施療基金の支払帳簿と、妃候補選定委員が候補令嬢へ送った文書の提出要求まで記されていた。