作品タイトル不明
第15話 法務官の封書
王妃府の封書には、私を呼び出す命令ではなく、私の証言を保護する手続きが書かれていた。
アマーリエ・ローデン法務官が薬草院へ到着したのは、告発状が届いてから三日目の朝だった。装飾を抑えた黒い馬車には王妃府の紋章が小さく刻まれ、降り立った女性は濃紺の公務服の袖を一度整えてから、入口で待つセルヴァン院長へ礼をした。
「ローデンと申します。施療薬の安全と、告発を受けた方の権利の双方を確認するため参りました」
言葉に飾りはなかった。前の人生に私を迎えた委員たちは、名誉を守るため、公正な扱いのためと言いながら、私の手元から書類を遠ざけた。法務官の声音には慰めがない代わりに、何をしに来たのかが明確だった。
会議室へ入ると、机の中央には薬草院が用意した証拠箱が並んでいた。第一の汚染ロットから採った封印瓶、中央記録庫の受領印がある複写帳の控え、検品免除申請書の写し、施療所から届いた第二の採取記録。
アマーリエは椅子に座る前に任命書を示した。
「王妃府法務官として、危険供給の経路、理事長による緊急免除申請、告発の根拠、選定委員との権限重複を調査します。個別の人物を罰するために事実を合わせるのではなく、確認できた事実の範囲で判断します」
侯爵夫人の告発が正しいことを前提にしない。それだけで、私の指が膝の上で少し開いた。
「ラングフォード公爵令嬢」
法務官は私に向き直った。
「あなたは告発対象であると同時に、汚染を発見した報告者です。証言中の護衛、移動経路の保全、居所の選択について説明いたします。証言のために白百合宮その他の王宮施設へ滞在する義務はありません」
白百合宮という名が、身体の奥へ冷たく落ちる。
「白樺小邸から薬草院へ通い、必要な時に王妃府へ伺う形を望みます。ミナも同居のままにしてください」
「承知しました。小邸から院までの同行警護と、書状の受領確認を手配します。外出の禁止ではありません。変更を希望する時は、あなたまたは代理人から申請できます」
私は一度、呼吸を置いた。
「ありがとうございます」
守るという言葉で閉じ込められないよう、彼女は一つずつ境界を説明してくれる。
証拠の受領が始まった。ノエルが封印瓶の番号を読み上げ、院長が保管記録を示す。アマーリエの書記は、封糸の色や蝋印の形まで記す。箱の中から小瓶を取り出す際も、全員の視線の前で行い、開封せず法務室の印を追加して戻した。
「第一ロットは、発見当日のまま未使用ですね」
「はい。配布前に隔離しました」
院長の返答を聞き、アマーリエは書記へ告げた。
「患者被害の有無と、危険供給の有無は別に記録します。被害が出なかったことは、供給の安全を意味しません」
私が止めたから誰も飲まなかった薬を、誰も害されなかったから問題ではないとされるのが怖かった。その恐れを言葉にする前に、彼女は書面の上で切り分けてくれた。
ノエルが検品免除申請書を差し出した。
「原本は法務室への先行送付済みです。こちらは薬草院保管写しです。理事長署名と公印がありますが、薬草院およびラングフォード嬢の欄は未署名です」
「未署名の理由を、ラングフォード公爵令嬢ご自身の文書として添える意思はありますか」
「ございます。未検品薬へ安全を認める署名はできないと判断した旨を、提出いたします」
アマーリエは肯定も賞賛もせず、用紙を一枚こちらへ置いた。
「では、事実として書いてください。侯爵夫人の心情を推測する必要はありません。あなたへ提示された書類と、あなたが行った返答だけで十分です」
その区別がありがたかった。前世の記憶がある私は、ヴァレリアが何をしようとしているかを知っているつもりになりやすい。だが公的な場で守るべきなのは、現世で私が見たものと、行ったことだ。
私は用紙へ、応接室での出来事を順に記した。申請書を示された時刻、同席者、私の署名欄が用意されていたこと、未検品薬であるため署名を拒んだこと。侯爵夫人が私を脅したとは書かなかった。母の名を出されたことも、書面の効力に関わる限りで簡潔に記した。
書き終えると、アマーリエは私の前で読み直し、一箇所だけ尋ねた。
「侯爵夫人は、薬草院が承認しなくとも基金独自で搬入すると明言なさったのですね」
「はい。院長と監督官、記録補助のリュシーも聞いております」
「では同席者の確認を取り、第二の汚染箱が届いた経路との関係を調べます」
言葉を足しすぎず、必要なつながりだけを拾う。この人が調べるなら、私の恐怖を証拠の代わりにしなくても進めるのだと思えた。
昼の休憩に入る前、アマーリエは私とミナを小会議室へ呼び、警護の選択肢をあらためて説明した。扉は開けたままで、廊下にノエルがいるのが見える。彼は話へ加わらず、求められれば書類を運ぶ位置に留まっていた。
「お嬢様が、ご自宅で眠れるのなら、私もその方がよろしいと思います」
ミナは緊張した声で言った。
「ただ、差し入れの食事や薬が届いた場合は、どうすればよろしいでしょうか」
その問いに、私の胸が詰まった。ミナは私の前世を知らないのに、私が飲み物へ身を固くした朝から、ずっと気にしていたのだろう。
アマーリエはすぐに答えた。
「調査期間中、外部からの薬品と未依頼の食品は受領簿へ記載し、必要なら薬草院で確認します。日常の食事まで法務室が管理することはありません。ご本人の生活を奪っては、保護とは呼べませんから」
私はミナの手元を見た。彼女はハンカチの端を握り、ようやく指をゆるめた。
「その形でお願いいたします」
私が言うと、法務官は書類に記した。決めたのは彼女ではなく、私だと残すように。
退出の前、アマーリエはノエルだけを呼び止めた。私は扉の外で待つつもりだったが、彼女は私にも同席する意思があるか尋ねた。
「監督官はあなたの勤務評価へ関わる立場です。同時に、証拠保全と警護の調整も担っています。調査中に私的な助言と職務命令が混同されないよう、相談事項は記録へ残すことを確認します」
ノエルは異議を述べず、むしろ自分から確認書へ署名した。
「必要な支援は行いますが、証言内容と居住の選択はラングフォード嬢ご本人の意思とします」
彼が私を気遣うほど、彼の職務上の力が私に影響する可能性もある。その危うさを見ないふりにせず、記録へ置くことが、私には誠実に感じられた。
午後、査問の日取りが提示された。
盛夏の終わり、三日後。
日付を目にした途端、記憶の中の回廊が蘇る。前の人生で私が拘束されたのも、陽射しが白く照り返すこの頃だった。窓のない部屋へ連れて行かれ、器具箱から見つかったという薬包を前に、どうしてこのようなことをしたのかと問われた。
手が小さく震えた。
ノエルが私の脇へ書類の写しを置いた。私の手に触れることはせず、紙の角を揃えて見える場所へ置く。
「当日、提出する記録の写しです。ご自宅に持ち帰るか、院の保管箱へ入れるか、どちらになさいますか」
問いの意味を理解するまで、少し時間がかかった。前世では、査問へ行く私に何の控えもなかった。今は、手元に持つことも、安全な場所へ置いていくことも選べる。
「小邸へ一部持ち帰ります。夜に読み直してしまうかもしれませんが、ミナに止めてもらいます」
ミナが後ろで小さく咳払いをした。
「必ず止めます」
ノエルの目元がわずかにやわらいだ。
「では、持ち出し簿へ記します。返却は査問当日の朝で構いません」
法務官の封書には香料が使われていなかった。乾いた紙と新しい蝋の匂いしかしない封筒を抱えて薬草院の門を出る。
三日後、私はあの季節の回廊へ戻る。
今度は、私の声と同じ数だけ、記録の写しがそばにあった。