作品タイトル不明
5. 早朝稽古
美香は珍しくかなり朝早く目が覚めた。
ホテルの窓からはうっすらと朝日が差し込んでいる。今日もいい天気になりそうだと思った。ベッドサイドに置いた眼鏡をかけ、カーテンを開けると綺麗な砂浜が見えた。彼女は愛用のカメラを片手にワンピースに着替え、外に向かった。
「こんなに綺麗なところに泊まれるなんて、一生一度かもだもんね」
美香の家もけして貧しくはない。どちらかというと平均よりは裕福な方だが、それでもここまでの高級リゾートホテルにはおいそれとは泊まれない。
「如月くんと神崎先生に感謝感謝」
おそらく、伝手などではなく本人たちの権利でここを借りてくれたのだろう。
Sランクの 探索者(シーカー) というのはかなり優遇されているとは知っていたが、こんなホテルに無料で何人も泊められるというのは凄いことだなと、美香は改めて思うのだった。
砂浜へ降りる階段がホテルの庭から続いているので、美香はそちらへ向かった。細い階段なので、部員全員での移動だった昨日は使わなかったのだ。
鼻歌交じりに歩いていると、遠くから何か甲高い音がする。気になってそちらの方へ向かった。
砂浜にいくつかの人影がある。
「こんな朝早くから?」
と不思議だったが、片方は霧崎桜子でもう一人は秋人だった。
二人は、互いに距離を取った状態で向かい合っている。
「あっ」
思わず岩陰に隠れる。二人は真剣で打ち合いをしていた。しかも、スピードが尋常ではない。構えを解くか作るとき以外、二人の姿をまともに捉えることができない。そのくらいのスピードだった。
剣を打ち合っているのだろう。甲高い音だけがそれを証明している。それ以外はまるで風が駆け抜けているようだった。
「すご」
思わず声が漏れた。
何度かの打ち合いの後、二人は場所を入れ替えるようにして、向かい合った。
ふと、桜子が右手を振り、構えを変える。秋人もそれを見て腰を落とした。その仕草は「ここまでは準備運動」と言っているようだった。
「秋人、魔法撃ってもいいぞ!」
桜子が叫ぶ。秋人はきょろきょろとあたりを見渡し、その人を見つけると、
「薫、いい?」
と呼びかけた。しかし、砂浜のすぐそばにいた薫が大きく腕で×を作る。
「ビーチの形が崩れるからダメでーす」
追い打ちをかけるように薫が叫ぶ。
二人は「ちぇー」という形で唇を尖らせた。どうやら、ダメ出しが出たらしい。魔法を使ったらどんな風になるのか、美香はちょっと見てみたかったので、残念だった。
「そろそろ誰か起きてくるから、次で最後な」
薫が言うと、二人はふっと離れて、真剣を構えた。それはぞくぞくするほど美しい光景だった。
美香が思わず一歩を踏み出す。
何が合図なのか分からないが二人は同時に最後の切り合いを始めた。それは先ほどよりさらに早く、力強く、そして変幻自在で激しかった。
がんっと一際大きな音がして、空中に衝撃波のようなものが発生し、美香の周りの木々を薙ぎ払う。
「きゃっ」
思わず身を竦めた。
「先輩!?」
秋人の叫び声がした。美香の目の前に薫が立っている。
「大丈夫」
その手には先ほどまでなかった美しい杖が握られていた。大きな緑色の球体がキラキラと光を放っている。
「先輩、すいません。怪我無かったですか」
慌てて秋人が駆けつけた。その背後から心配そうな桜子もいる。せっかくの練習を邪魔してしまったことに美香はショックを受けた。
「ごめんなさい。あんまり綺麗だったからつい…見とれてて」
しょんぼりと肩を落とす。
「大丈夫大丈夫。そろそろ終わりだったし。ホテルの人はともかく、部員さんたちに見られたらまずいからね」
薫がぽんぽんと美香の肩を叩いた。
「見られたのが、工藤さんで良かった」
と笑った。
その薫の手にある杖を見て、桜子がふと目を見張った。
「神崎さん、その杖…カスタムメイドですか?」
「ええ、そうです」
「見せてもらっても?」
「はい、どうぞ。」
手渡されたその杖の一番上についている魔石を見て、桜子の眉が寄る。
「これ、サンダードラゴンの魔石では…」
「うん。ギルドに持っていかれてたけど返してもらったから、薫の杖に作り替えてもらったんです。Sランク昇格のお祝いがどうしてもあげたくて」
にこりと秋人が言う。
「え?もしかして、削っちゃったの?」
桜子の顔が青い。おそらく元は人間の頭くらいあったのではないかと思う。今は大きめの拳大である。
「元々の大きさだと大きすぎるから、ちょうどいい感じにしてもらいました。いい出来でしょう」
秋人はニコニコである。
実は薫以外誰も褒めてくれなかったので、密かに寂しかったのだ。美しいオパールグリーンの魔石は薫にすごくよく似合っていると、秋人は自負している。桜子も褒めてくれるかなと思ったのだが、彼女の顔には困惑が浮かんでいた。
薫は嫌な予感がした。そういえば、この杖を持ってきた時の後藤と作った細工師の顔色が土気色だった。彼らの口調からして少々レアものなのだろうとは思っていたけれども。
「霧崎さん、これってもしかしてそんな凄い魔石なんですか?」
恐る恐る薫が尋ねる。桜子は可哀相なものを見る目で薫を見た。
「あー…聞かない方がいいと思う…」
「だって、僕が持ってる魔石の中で薫の魔力に負けない魔石って、これくらいしかなかったから」
秋人がすっと視線を外す。
ちなみに、秋人は価値を分かっていて加工したので、あまりその辺は突っ込まれたくなかった。
「んん…秋人、家に帰ったらちょっとゆっくり話そうか…」
薫が頭を抱えている。秋人は困った顔で笑って誤魔化した。美香は、そんな二人を笑って見守っていた。
怒涛の一日の長閑な朝の始まりだった。