軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4. 海

秋人が本物の海を近くで見るのはこれが初めてだった。

3月にアメリカに行ったときに飛行機の窓からみた時もその広さに唖然としたが、こうして間近で見る海は迫力が違った。寄せて返す波が延々と続いている。水平線のうんと先まで続いているのだ。

「ふわー」

と気の抜けた変な声を出してしまった。

ふと気が付くと、美術部の面々はバラバラに動いていた。単なるビーチを描くのが難しいので、皆自分の構図を求めて歩き出したのだ。轟学園の美術部は精鋭なだけあって、案外真面目である。

秋人も自分だけの画角を探すことにした。

しばらく歩くと砂浜が途切れて岩場が見えた。そこから連なる岸壁にはいくつか大きな亀裂が走っている。秋人はそれが魔力での亀裂だということに気が付いた。

亀裂の先に、大きな洞穴がある。その奥に、何かの圧力を感じたが今は動いていない。おそらく、昔に閉鎖されたダンジョンの名残だろう。秋人は遠くまで魔力を放ってその洞穴にもうダンジョンとしての力がないことを確認した。

今は昔の名残を残すその岸壁と海のコントラストが美しかった。

秋人はその風景が何となく気に入って、岩場に腰を下ろしせっせとスケッチを始めた。

「如月くん」

何時間か没頭して描いていたら、不意に声を掛けられた。

「お水ちゃんと飲んでる?こんな暑いところで描いてたら熱中症になっちゃうよ」

美香だった。彼女が日傘をさしかけてくれたのだ。

「え?ああ、なんかくらくらするなあって思ってたらそれだったのか」

という秋人の呑気な声に眉を寄せる。

「帽子は持ってきてないの?」

「うん」

「もー」

美香はぼやくと自分の頭に載せていた帽子を秋人に被せた。

「え?ダメです。工藤先輩の帽子です」

秋人が返そうとすると、美香は自分の日傘を振って見せた。

「私はこれがあるし、そもそも日陰で描いてるから大丈夫」

「日陰で…そっか、何も考えてなかった」

呑気な秋人の答えに美香はがっくりと肩を落とした。

「大丈夫ですよ、先輩。ほら、身体強化掛けながらやってるから。」

「え?魔法使ってるの?」

美香は慌てて周りを見渡す。

「ほんのちょっとだから、目立たないから問題ないです」

「うーん、まあそっか。そういうものなのかしら」

うーーんうーんと美香が頭をひねっている。その姿を見ると、なぜか秋人は胸が温かくなった。

自分の為にこの人は真剣に色々考えてくれているのだ。

「先輩はもう描けたんですか?」

「続きはそろそろ日が陰ってきそうだから明後日ね。如月くんも上がった方がいいわ。この辺、満潮になったら海に沈むわよ」

「え?」

慌てて秋人が立ち上がる。

確かに描き始めた頃は岩場はむき出しだったが、今はかなり水位が上がっていた。

「スケッチって色々考えて場所決めないといけないんですね」

秋人がため息を付く。知らない事だらけだ。

「写真撮っておいたらいいわ。最悪、家に帰ってから続き描けるから」

という彼女のアドバイスに従って、秋人はスマホを取り出して写真を撮った。そういえば、スマホで色々撮影するのを教えてくれたのは、美香だった。

「先輩、僕この前赤坂第二ダンジョン行った時に、写真撮ったんですよ」

秋人はスマホの画面を美香に見せた。

そこにはダンジョンの最奥、ごく一部の人しか見ることが出来ないガラスの世界が広がっていた。

「まあ、すごい。ダンジョンってこんなにきれいなのね」

美香は案の定、目を輝かせて喜んだ。眼鏡の奥の優しい目が輝く。

「最下層だから、普通の人は連れていけないけど、今度先輩にこの花を持って帰るね」

秋人は、そういって音梨草の写真を見せた。

「この花を最初にダンジョンの外に持って帰ったのは、僕の母なんです。ギルドでいつもお世話になってた女の子が喜ぶかと思って持って帰ったって聞きました。」

母はきっとその女の子を喜ばせたかったのだろう。今ならその気持ちがよくわかる。

秋人はいつか、美香をあの場所に連れていけたらいいなと思った。

「いい感じよね」

遠くから二人の様子を眺めていたのは、2年生で一番美香とも仲の良い鳥本華だ。

「そうね、珍しいわね。美香にしては」

同じく、こちらは佐藤輝美。

「美香って美術の事しか頭にない『美術バカ』かと思ってたけど」

「まあ、如月君は存在自体が 美術(アート) みたいなもんだからね」

「そうね。容姿も才能も 美術(アート) よね」

華も輝美もイケメンは好きだが、秋人に関しては別枠だ。どうにも近寄りがたい。恋愛の対象というより鑑賞対象である。だが、親友との関係はやはり気になるところだ。

「あの二人は付き合ってるんですか?」

不意に二人の背後から声がかかって、驚いて飛びあがった。

慌てて振り返ると、そこにはアークエンジェルの久美が立っていた。気配がないのは流石は斥候。二人は驚きで固まってしまった。

「あ、ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんですが、散歩していたらたまたま通りがかって」

にこりと笑う有名人に、二人はどきどきである。

桜子が一番有名なのは確かだが、アークエンジェルは美女集団としても知られている。当然、そのメンバーの久美もかなりの美女だ。女性同士なのに、華も輝美も心臓がバクバクした。

「んで、あの二人は付き合ってる?」

興味津々の久美に二人は肩を竦めた。

「いやあ、どうでしょう。なんというか、美香はかなり奥手だし、如月くんはなんか浮世離れしてますからね」

「私たちの中では、一番仲良くしてますが…男女の関係かというと…」

「うーん、そっかぁ」

久美は腕を組んで小さく頷いた。残る二人もうーんと首を捻った。

「あ、そろそろ夕飯だから戻った方がいいみたいよ。先生があっちで呼んでた」

久美は二人にそう告げると、「お邪魔しました」と去っていった。

「ありがとうございます」

二人は礼を言って、美香と秋人を迎えに行った。

そんな二人を眺めつつ、久美は呟く。

「うーん、やっぱ狙い目はあっちか」

うんうんと久美は頷き、一息に崖を飛び越えた。