軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3 嘘

「それよりも…」

ふと薫の気配が変わる。

「その話は秋人に尋ねましたか?」

「え?」

美月は驚いて薫の顔を見る。

「一方的に、木下くんの言葉だけを聞いて押しかけてこられたと受け取ったのですが、その話は秋人にも確認を取りましたかと尋ねております」

冷たい表情の薫に美月は息をのむ。

「いえ、でもそんなこと教師に聞かれて素直に答えるとは思えません」

美月は答えたが、薫はじっと彼女を見た。

「では、その時の状況をカメラで確認しましたか?一緒にいた美術部の先輩たちに話を聞きましたか?」

「…いえ」

頭に血が上ってしまった美月は、そんな確認もとらず正義感に突き動かされてここまでやってきてしまった。

しかし、確かに秋人の言葉も聞いていなければ、周りの状況も確認していない。

それは完全に美月の落ち度だった。

「それは、うちの倅が嘘を言ったとおっしゃりたいのですか?」

和幸が剣呑な空気を纏う。しかし、薫は動じなかった。

「ええ、あまりにも私が秋人に聞いた話とも、美術部の副部長に確認を取った話とも違うのでね。驚いています」

和幸は眉を寄せた。

和幸は元は反社会的勢力と言われているような団体の長だ。所謂組長という称号で、ひと昔前なら呼ばれていた立場だ。

今でこそ普通の企業の皮を被ってはいるが、修羅場だっていくつも潜り抜けてきた。そこらの優男が、その自分の脅しじみた威圧をまったく気に掛けないなどあり得ない。

素人なら何かしら恐怖を感じるはずなのに、この男は何も感じないらしい。

「どう違うと?」

和幸は不快気に問うたが、薫は淡々と続けた。

「まず、大前提が違います。秋人は絵を描くのが好きだから美術部を選んだと木下くんに言って、入部を断りました。しかし、木下くんはそこが美術部の部室であるにも関わらず、野球部の方が美術部より優れていると声高に叫び、美術部を罵倒し、先輩たちを侮辱し、その事を注意されてもなお引き下がりませんでした。」

その内容を聞いて二人は絶句する。

「このまま美術部ともめると木下くんのクラブ活動に影響が出ると思った秋人が、野球に興味がないから野球はやらないと断ったところ、それに激高した木下くんは、秋人に暴力を振るいました。それでもなお諦めない木下くんを断るために秋人は、放課後は私の手伝いがあるから美術部以外は無理だと返答しました。これは学内の監視カメラ映像を確認していただいたらすぐにも分かることです」

一息に薫は言ってのけた。

あまりの内容に二人は言葉も出ない。これが本当なら智輝の言葉は勘違いですらない。完全な嘘だ。

「何でしたら、今から確認されては?美術室にはカメラがあります。学内のことなので我々ではアクセスできませんが、先生は可能でしょう?」

薫の提案に二人は顔を見合わせた。

「どうぞ」

薫がタブレットを渡す。美月が教職員用のパスを使い、学内の監視カメラの映像にアクセスする。

「一昨日の放課後、美術部です」

薫が指摘すると、美月は頷いた。

確認作業は5分もしないで終わった。そこには、さきほど薫が説明した通りの光景が展開されていた。

青くなっている二人を「ふーん」という顔で薫が見つめる。

和幸は、あまりにも息子から聞いた内容との違いに眩暈を覚えた。

しかし、昨日本当に珍しいことに息子が自分に頭を下げ、友人を助けてやってほしい、野球をしたくても出来ないのはかわいそうだと懇願してきたのだ。

たとえ、それが独りよがりの勘違いだったとしても。何年も没交渉だった息子の頼みを叶えてやりたかった。

「どうして野球部はダメなのだろうか?」

「は?」

薫が眉を寄せた。

「息子がここまで頼んでいるんだから、野球部に入ってくれてもいいじゃないですか?」

和幸の言葉に美月が「え?」という顔をしている。

「なぜ?」

薫はこの手の自分の都合が正義という輩をよく知っているので動じない。微動だにせず、返答する。

「何故って…」

逆にこう返されると、途端に和幸は言葉に詰まった。

「秋人には好きなクラブに入る権利がないとあなたは仰るのですか?」

「そんなことは言ってない!」

「言ってますよ。あなたが息子さんを可愛いと思うのと同じくらいに、私も秋人の自由を尊重しています。彼が野球をやりたいのであれば、私はどんな手段を使っても応援しますが、彼はまったく、これっぽっちも、かけらも野球が好きじゃないんです。それなのにあなたの息子さんを満足させるためだけに、彼の貴重な青春の時間を浪費しろと?」

和幸は言葉に詰まった。薫の言葉に何一つ反撃できない。苦し紛れの言葉しか出てこない。

「息子は、甲子園に出たいんだ」

「知りませんよ」

「金なら出す。送り迎えなど、保護者がやらなくてはいけない世話だって、こちらで全部引き受ける。あんたは何もする必要はない。なんなら謝礼も出そう。」

和幸は薫の地雷を踏み抜いた。薫の気配が先程よりはるかに剣呑になる。

「いいかげ…」

「いい加減にしてください!!」

しかし、薫が言い出す前に、かぶさるように美月の厳しい声が跳んだ。

「お父さん、さきほどの映像をご覧になりましたよね?智輝くんは自分の目的のために肝心なことを嘘ついてました。秋人くんが野球にまったく興味がなくて断っているという一番大事なことをです。その上で話を大袈裟に盛って、友人の保護者のことも貶めました。それを諫めもせず、智輝君のいう事を聞けなんて、よく言えましたね!!」

「いや、しかし…」

「あなたのしなくてはいけないことは神崎さんに秋人くんの野球部への参加を強制することではありません。智輝くんの行為を叱ることです!!それから、ご迷惑をかけた神崎さんに謝罪することです!!」

美月の激高に和幸は流石に押し黙った。

「神崎さん、私の勝手な思い込みから大変申し訳ないことをしました。」

美月は深々と頭を下げた。

「いいえ。分かっていただけたら結構です。私は秋人がやりたいことをやってほしいと思ってますので、それを邪魔しないでいただけたら十分です」

薫は鷹揚に頷き、チラリと和幸を見た。

「も、申し訳ありませんでした」

和幸も不承不承頭を下げざるをえなかった。

「しかし、秋人君もわざわざあんなことを言う必要はなかったでしょう」

和幸が苦し紛れに指摘した。それは美月も同感だった。今回、彼女がここへ来たのは野球部云々というより、秋人がろくに小遣いももらえず、家事をやらされ、好きなことも出来ていないのではないかという義憤に駆られてのことだ。

「ああ、それなんですがね…」

薫は秋人が中学時代にあまり学校に通っておらず、人付き合いに慣れていないことを軽く説明した。そして、めんどくさい女子に絡まれたら自分は不遇なので彼女になってもつまらないよって遠回しに伝える方法として孤児だから大変だと言えば大抵の女子は尻込みすると教えたのだと説明した。

「めんどくさい女子…」

薫の言葉に美月は軽くダメージを受けている。同じく和幸も何とも言い難い顔で薫を茫然と見ていた。

「断っても断ってもしつこいし、先輩たちまで侮辱するし、秋人は困ったみたいでしてね…物理的に不可能だと伝えれば諦めてくれるかと思ったようです」

ふっと薫が微かに息を吐く。

「まさか、木下くんが先生やお父さんを焚き付けるとは思わなかったみたいで。秋人にとって、あなたの息子さんは『めんどくさい女子』より厄介なストーカーみたいなものですね」

ニヤリと薫は悪魔のような顔で笑った。和幸は沈黙するしかない。

「お帰りはあちらです」

薫は出口を指さしてそう言い放った。