軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2. 家庭訪問

あくる日、加藤法律事務所に電話がかかってきた。

「神崎先生、秋人くんの担任の先生からお電話です」

取りついだ楠本加奈子は怪訝そうな顔をしている。

「どうしました?」

薫は尋ねると、彼女は少し困ったように眉をひそめた。

「何かあまりいい感じの雰囲気ではなさそうです」

「?」

薫はいぶかし気に首を傾げた。転送された電話を己のデスクで取る。

「はい、神崎です」

『如月秋人くんの保護者の方ですね』

ツンとした居丈高な言葉遣いの女性だった。

「はい、さようです」

対して薫の物腰は丁寧だ。

『私はお前に敵意がある』ということを、初っ端の電話で告げてくる頭の悪い相手の応対は楽でいいと思ってはいたが。

『今日、如月秋人くんに対してのあなたの扱いについて、由々しきお話を学園で聞きました。ひいては一度彼の環境を確認したく、家庭訪問をさせていただきたく思います。』

「いつ頃をご予定ですか?」

『明日のお昼はいかがでしょうか』

「分かりました。スケジュールを調整いたしますので、しばしお待ちください。」

薫は予定表をずらしていく。秋人のことは最優先だ。

「明日の13時でしたら可能です」

『分かりました。では、明日13時にお伺いいたします』

がちゃんと電話は乱暴な音を立てて切れた。

「もしかして、さっそく呪文使ったのか?でも、なんで先生に話がいったんだろ?」

薫は首を傾げた。

もしも、秋人に群がるマウンティング女子を彼に教えた呪文で撃退した場合、おそらくその事を彼女たちの仲間内で広めることはあっても、他の生徒に吹聴したりはしないと思ったのだ。

相手の財政状況が良くないからと言って、それを理由に群がるのをやめたと言いふらすのは、言った本人のイメージを損なうだけだからだ。

「んー?」

薫はしばらく悩んだが、秋人が帰ってきたら話を聞けるだろうと後回しにすることにした。もうすぐ、依頼人がくるのでそちらに集中する必要があったのだ。

忙しくしているうちに、夕方になった。秋人が帰ってくる時間である。薫は定時に上がって部屋に戻り、食事の準備を始めた。

「ただいまー」

元気な声が玄関からする。

「お帰り、秋人。ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」

薫は秋人に呪文のことを尋ねるのだった。

「失礼いたします。轟学園1年B組担任、立花美月です。神崎先生はいらっしゃいますか?」

翌日、受付に尋ねて来た人物は、いかにも実直そうな女性だった。

地味なグレーのスーツ、今時珍しいくらい飾り気のない黒髪を後ろでまとめ、化粧も最小限だ。

受付をしていた当夜が、少し目を見張ったくらいに気合が入っている。さらに彼女の背後には壮年の紳士が立っていた。

「そちらは?」

当夜が尋ねる。身元のはっきりしない者を薫に近づけるわけにはいかない。

「こちらは、同じクラスの生徒の御父上です。生徒は授業がありますので、代わりに来ていただきました」

当夜は軽く相手に魔力を当てる。エコーと言われる作業で、相手の力量を図るものだ。特段魔力があるわけではない。だが、体格は極めて良かった。何か少しだけ暴力の匂いがした。

「私の息子の件で、本日はこちらに伺っております」

紳士はにこりと笑う。

さて、どうすべきか…としばし当夜が戸惑っていると、所長室から薫が出てきた。

「初めまして、神崎薫です」

ニコリと笑顔で挨拶を送る。

その容姿に美月の心臓が跳ね上がった。入学式で見た美形の父兄が立っていたからだ。

「今日はお時間を取っていただきまして、誠にありがとうございました」

美月は一応頭を下げた。なんとかぎりぎり教師としての矜持で、生真面目な態度をキープしている。彼女は自分の大事な生徒が虐待されているかもしれないことについて、憤慨してここまで来たのだ。

しかし、薫の姿を見た途端、入学式のときめきが戻ってきてしまって厳しい表情を浮かべることが難しかった。

所長室のソファに腰を掛けてチラリと薫を盗み見ることを辞められない。紳士はそんな教師の様子に苦笑を零した。

ごほんと彼が咳払いすると、はっと教師が顔をあげた。

「あの、昨日こちらの木下和幸さんの息子さん、智輝くんが放課後、私のところにやってきまして」

何とか本題を切り出せた。

「秋人くんが、帰宅後ご家庭の家事などを強制的にかなりさせられていて、ろくな小遣いももらえない状態で、すごく野球に興味があって部に入りたいのに保護者が家のことをしろと反対して入れなくてかわいそうだから何とかしてほしいという事でした」

「なるほど」

薫は涼しい顔で頷く。

あ、まずいとお茶を持ってきた当夜は思った。これは怒っているなと分かるくらいには、当夜も薫とそこそこ付き合っている。

「単刀直入にお聞きしますが、秋人くんに家事をさせているのですか?」

美月はできるだけ厳しい顔で薫に詰め寄った。

薫は鼻でフンと笑いたいところを、美しい笑顔で優雅に首を傾げて見せた。

「ええ、もちろんです」

「は?」

まさかここで肯定がくると思っていなかった彼女が思わず言葉に詰まる。隣で紳士も少し驚いて眉を寄せた。

「私は現役の弁護士です。仕事をしています。ですので、秋人と一緒に暮らす上で、何もかも私がすることは不可能です。彼と私で家事を分担して生活しております。主には私が料理を秋人が掃除や洗濯を、その他は気がついたらという感じです」

「しかし、彼は学生で…」

美月が言い募ろうとすると、薫は片手でそれを抑えた。

「親がシングルマザーやシングルファザーの場合、高校生の子供が親の代わりに家事をするなんて、普通によくある事でしょう?同じことですよ」

肩を竦める薫に美月は言い返せない。

確かにそんな家庭は五万とある。ダンジョン災害が増えたことで、片親世帯は50年前と比較してもかなり多いのだ。家族で助け合いなんて日常茶飯事である。

自分がうっかり、彼らの関係が血縁ではないという偏見から色眼鏡で見ていたことに気が付いたが、今更後には引けない。

何か言わなくてはと美月は思わず尋ねた。

「神崎さんの奥様は?」

「私は独身です」

その返事に一瞬美月の気持ちが大きく揺らいだ。

薫の唇にうっすらと笑みが浮かんだ。