軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4. ドクターストップ

秋人は、自分の担任が薫のところに押しかけたことを聞いてびっくりした。

「ごめん、薫」

しゅんと肩を落とす。美香の懸念が本当になったんだと気が付いた。

「いや、秋人は何も悪くないよ。しかし、智輝くんの執着が凄まじいな。ストーカーの域に達しているぞ」

薫は呆れたように肩を竦めた。

「うーん。もう僕が 探索者(シーカー) だって話しちゃった方が納得してくれるかなあ」

「そうだなあ。」

二人で頭を抱える。

探索者(シーカー) は甲子園には出られない。正直に本当のことを話すのが一番シンプルなのだが、相手の為人をほとんど知らない状態で、秋人の正体を話すのは躊躇いがあるのも事実だった。

「秋人が 探索者(シーカー) だって教えたら、そのまま如月秋人に直結しちゃいそうだもんなあ」

「後藤さんのお勧め通り神崎秋人で入学したらよかった」

トホホとしょっぱい顔をする秋人である。

後藤は如月秋人は少々名前が目立つから、薫の姓を名乗った方がいいのではないかとアドバイスしてくれていたのだ。しかし、秋人は小学校、中学校でも特に騒がれなかったから大丈夫だと、後藤の提案を一蹴したのだ。

ほんの少しだけ親と繋がる数少ないモノを手放すのが躊躇われたこともある。そのことを薫も後藤も察していたので強く勧めることはなかった。

「うーん…それじゃぁ、こういうのはどうかな…」

薫が次の策を伝授する。

説明し終えた薫は、しかしあまり乗り気ではなかった。

「でも、この策を使うと秋人は体育とか球技大会とかで活躍できなくなっちゃうからなぁ」

「いいよ、別に。活躍する気ないし」

秋人は薫が作ったコロッケを皿に積み上げながら、何でもないように答える。

なぜか食卓についている当夜が

「球技大会で秋人が本気出したら、女の子が鈴なりだぞ」

と茶々を入れるが、秋人はげんなりとした顔で。

「…なんか、こう…智輝の行動見てたら、やばい女の子とかに近寄られるのもめんどくさいなぁって思ってきた」

被保護者がどんどん女の子と疎遠になっていく。まずい、後でミドリに相談しようと薫は心に決めたのだった。

翌日、ホームルームが始まる前の雑然とした空気の中、秋人の目の前に智輝が立ちふさがった。さすがに秋人も顔を顰める。

「なんでだ」

「何が?」

智輝の問いかけが何を聞いているのか分からない。

「なんで、お前は野球やるって言わないんだよ。」

「はあ?」

もはや、言葉が通じない。秋人は深々とため息を付いた。

二人のやり取りをクラスメイトが遠巻きに見ている。

「僕は野球は興味がないからやらないって何回も言ってるだろ。」

「やってみたら面白いかもしれないだろ」

「なんというか、今はもう絶対にやりたくないって気分だよ」

秋人が肩を落とす。彼の中で野球の印象は日に日に悪くなっている。

「親父が金なら出してやるって、お前のダメな保護者に言ったんだ。金があればできるだろ」

ぴくっと秋人の眉が上がる。ぐっと剣呑な表情になった。

「へえ、薫にそんな事言ったんだ。金をやるから僕に野球やらせろって?」

酷く冷たい声だった。智輝が思わずうろたえる。

「賭けてもいいけど、薫は絶対にそんなこと了承しない。僕の保護者を侮辱するな」

智輝は昨夜父に言われた言葉を思い出した。

「あれはダメだな、諦めろ」

「なんでだよ」

「あの弁護士は覚悟がガン決まり過ぎてる。ヤクザも顔負けの度胸だった。」

しみじみとそんな事を言っていた。あまりにも言いえて妙である。

「それに、お前結構な嘘ついてただろう。担任に赤っ恥かかせる羽目になったぞ」

「俺は嘘なんて…」

視線が泳ぐ智輝の言葉を父は遮った。

「美術室の動画を担任と見た。かわいそうに、あんなイケメンの前で大恥かかされて」

「ぐっ」

智輝は言葉に詰まる。カメラの存在を美術部の部長に指摘されていたことを思い出した。

「秋人くんとやらは、はっきりと野球はしない、興味がないと断っている。」

「それは、きっと保護者に遠慮してるんだよ。」

なおも食い下がる息子に、父はため息を付いた。

「だとしたら、お前は彼の口からそれを言わせて、きちんと録画し、証拠として提出しなさい。それ以外ではもうこの話は覆らない」

黙ってしまった智輝に対して、周囲の空気も冷たい。

「あのさー、木下もそろそろ諦めろよ。如月は嫌だって何回も言ってんじゃん」

クラスメイトが智輝の肩を叩く。

「そうだよ。それに如月君の綺麗な髪を丸刈りにしちゃうなんて、あたしたち女子は反対だからね」

クラスのお調子者の女子がそうぼやくと、どっと女子から笑いが起こった。

秋人の髪は漆黒のストレート。大半の女子がうらやましがる美髪である。

「うるせえよ!!」

智輝が怒鳴ると再び教室が静まり返った。このままだと智輝はクラスから孤立することになる。クラスメイトの冷たい視線に秋人は気が付いた。

「…僕は本格的な運動クラブは医療関係者に止められてるからできない」

秋人がふうっとため息を一つついてからそう告げた。嘘ではない。薫が提案した理由その2はこれだ。ドクターストップ作戦である。実際は医者というより、秋人を 探索者(シーカー) であると判定した医局の担当者ということになるが、大まかに分類すると間違いではない。

「え?」

教室の空気が別の意味で静まり返る。

「身体的な問題があってできない」

再度、秋人が繰り返した。

しかし、その言葉に智輝は納得できなかった。

「嘘だ!お前この前スポーツテストで400メートル走ってたじゃねーか」

「だから、すごく怒られたよ」

秋人は後藤の説教を思い出して、苦い顔をした。

「秋人くん、タイムは平凡よりやや下に抑えてますけど、君、ラップタイム4で割りましたね」

「え?」

「普通の高校生は400メートルをスピード変えずに一定の速さで走ったりはできません。気を付けてください。神崎先生もきちんと説明してあげてくれないと困ります」

スポーツテストの記録を改ざんする羽目になったとぷんすこ怒っている後藤に叱られたのだ。薫と秋人はひたすら小さくなって謝った。

「とにかく、僕は激しい運動をするクラブに入れない。試合も出られない。」

「なんで…なんで今まで黙ってたんだよ。俺を馬鹿にしてんのか!?」

激高した智輝が叫ぶ。この問いかけも薫の予想通り。

「…っ、同情されたくないんだ」

そう少し俯き加減で言うと効果倍増と薫はアドバイスした。練習通りに秋人は告げた。秋人の容貌も相まって、何ともいえない悲しい雰囲気が教室に漂う。

智輝は

「悪かった」

と小さくつぶやき、自分の席に戻った。秋人はようやく解放されてやれやれと胸を撫でおろす。

もうこんなことがないように、放課後美香に体育の授業や行事について教えてもらっておこうと心に誓った。

「如月ってなんか浮世離れしてるなって思ってたけど、もしかしてそれで学校とかあんまり行ってないのか?」

クラスメイトが話しかけてくる。

「そうだよ」

と秋人は小さく頷いた。教室中に「なるほど」という空気感が流れる。

これをきっかけに秋人はクラスに馴染むことになった。何がいい方に転がるか分からないものである。