軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15. 告白

病室でアークエンジェルのリサがふうっと大きく息を吐いた。

「これで、もう大丈夫」

欠損を修復するのは術師にも負担がかかる。さらに範囲が広いと尚のことだ。

しかし、時間を置くとそれだけ再生できる範囲が狭まる。薫の目と左手指に関しては、傷つけられてからまだ時間がそんなに経ってないとはいえ、眼球と指だ。繊細な部分であることから、リサは最速で一気に再生することを決めたのだ。

「リサ、ありがとう」

桜子が頭を下げる。本来、リサの能力は主にパーティーのメンバーに使うべきものだ。それを桜子の婚約者とはいえ、薫に対して使ってもらったのだから礼を言うのは当然だと桜子は思ったが、リサは少し眉を寄せた。

「何言ってるのよ。水臭い」

「そうだぜ、神崎先生は桜子のいい人じゃん。言ってしまえば私らにも身内だよ、み・う・ち」

とヨナが桜子の肩をぽんぽんと叩く。

「まあ、ここは胡麻擦っとくしかないでしょ」

とは康子の弁だ。

病室にいるアークのメンバーは全員項垂れた。まだ彼にあのテレビ局でのでかいやらかしを説明していないからだ。

「あたし、当夜に知らせてくる~」

とやらかした当人のヨナが病室を後にした。当夜と秋人、冬由は待合室で待機している。

「ちょっと、悪い。みんな席外してくれる?」

と静かに桜子が言った。さもありなん、恋人があんな状態で帰ってきたのだ。何かこう感動的で情熱的な二人のやりとりがあるに違いないとその場の全員が思った。

「ほどほどにね」

と康子がニヤニヤしながら桜子の肩を叩き、全員が病室を出て行った。もちろん部屋の前で聞き耳を立てるのはデフォである。

「起きろ」

しかし、予想に反して桜子の声は氷点下だった。部屋の外で聞いていた全員が「え?」という顔をしている。

「起きろ、クソ弁護士!狸寝入りだろ?分かってるぞ!!」

と桜子が恐ろしい声で言うと、薫は渋々目を開けた。

「ああ、左目がよく見えるーありがとー」

と薫が笑って言うも、桜子の表情は冷たいままだ。

「弁解を聞こう」

「弁解?」

薫は言葉に詰まった。こんな恐ろしい尋問は生まれて初めてだった。

「わざと捕まったな!私のとこからはよく見えたぞ!!」

押し殺した声だったが薫はぐっと言葉に詰まった。

「ちょっとだけあの男の方に体を寄せただろう。だから秋人の剣より男の手の方が早くなった」

「・・・・・・」

「薫さん。どうして?どうしてそんなバカな真似をしたの?」

ぼろぼろと桜子の目から涙が溢れた。

「どんなに私や秋人が心配したか分かってる?おまけにこんな傷だらけで帰ってきて!!」

桜子の目から涙が止めどなく溢れている。

「秋人と私だけじゃない。当夜くんも金子さんもアークのみんなも後藤さんも、みんなみんなどれだけ心配したか、分かってる?分かってるの?」

彼女の叫び声に薫は困惑した。

本当のところ分かっていなかった。

無事に帰ってきたんだからいいじゃないかとさえ思っていた。

「ごめん」

小さく呟く。

「正直、分かってなかった。本当にごめん」

こんなに桜子を傷つけるとは思っていなかった。秋人があんな風になるとも想像していなかった。自分を心配している人が今はもうこんなにも大勢いるという事実をちゃんと理解できていなかった。

「申し訳ない」

心から薫は謝った。こんなにも真摯に誰かに許しを請うたのは、生まれて初めてだった。

「二度としません」

と薫が言ったところで、ようやく桜子はこくりと頷いてくれた。薫は心底ほっとした。

「それで、なんでそんなバカなことをしたの?」

「言わないとだめ?もうしないよ」

桜子の追及をかわそうとしたが、彼女は厳かに首をふった。

「今の所、あなたの信用はマイナスです。ちゃんと理由を説明しなさい」

薫はふうっと大きくため息を吐いた。この話をするのは色々と辛い。

「あの黒衣の男を偽赤城が『アズ』って呼んだんだ」

桜子は少し首を傾げて先を促した。

「前に偽岩井教授を尋問した時に、俺の師匠を殺した男は『アズ』という名前の男だと聞き出してた」

「そんなこといつのまにしてたの?」

ぴきっと桜子の笑顔に亀裂が走る。薫は笑って誤魔化した。

「あの男が師匠を殺したのなら、言質を取りたかった。いずれ捕まえて、司法の場に引き摺り込んで、なんとしてでも合法的に葬ってやるってそう思ったら…」

「たら?」

「なんというか、何も考えずに体が動いてました」

ふーっと桜子が毛を逆立てた猫のように唸る。

「いや、でも勝算はあったんだよ。ほら、俺の顔に教皇がご執心だって言うのは聞いてたからまず殺されないだろうし、エリクサーも万能薬も…なんならリサさんもいるから、多少痛めつけられても大丈夫かなって。秋人への救難信号発信機も持ってたし、ほんのちょっとだけ情報を収集して帰ってくるつもりだったんだよ」

「多少痛めつけられても?」

「いえ、ほんの一杯」

薫は小さく身を縮こまらせた。

「他には?」

桜子の声が冷たい。

「他とは?」

薫が困惑して桜子の方を見ると彼女は薫をじっと見つめた。

「で?」

「えっとですね…」

できれば話したくない黒歴史の新たなる1ページなのだが、桜子は容赦しなかった。

「あなたの婚約者として私には知る権利があります。そうでしょう?弁護士さん」

「・・・・・未遂です」

「嘘」

「嘘じゃないです。本当です。でも油断してたのは本当です」

しぶしぶ薫は答えた。何が悲しくてこんなことを恋人に説明せなばならんのだ。理不尽である。

「実はその…俺はだいたい相手が男でも女でも俺に対して性的な欲求をもってるかどうかは、もう一目みたら分かるんだよ」

薫がそう答えると流石に桜子は不憫そうな顔をした。

「それで、偽赤城もアズも俺に対してはそういう感情はなかったから、その点でも大丈夫だろうなって油断してた」

薫の言葉に桜子は眉を寄せた。

「それで?」

「うん。アズには言われたよ。甘いって。自分は暴力として男を犯すことができる。その上それを動画に撮って、ネットにあげるって言われた」

「・・・・・・・・」

桜子の顔が嫌悪に歪む。彼女も先日の元宮事件を思い出した。

「もうそう言われた時、俺パニックになったよ。そんなことになったら秋人がどれだけ傷つくかと思うと死にそうだった」

薫が一つため息を吐くも、桜子の表情は冴えない。

「幸い相手が本気じゃなかったのと冬由ちゃんが助けてくれたけど、まじで本当に怖かったよ」

と薫が締めくくると桜子はひどく悲しそうな顔をした。

「そういう時でも、自分は後回しなんだね、薫さんは」

「え?」

「普通は、そんなことになったらどうしようってまず自分の心配をするもんだよ」

「ああ、でもそれは俺の自業自得かなって…」

桜子はそっと薫の頬を撫でた。

「そっか…薫さんからまず自分を大事にしなさいって教えないとダメだったか」

桜子の言葉に薫は愕然とした。彼女の気持ちはまさに薫が秋人に常々思っていたことだからだ。

「あ、俺…」

思わず薫は呆然と俯いた。何か言いたいのに、何を言葉にしていいか分からなかった。ずっとこうして生きてきたから、当たり前だと思っていた。

桜子はふわりと薫の頭を抱き寄せた。

「まあ、いいよ。あなたが傷付いたら私も秋人もとても悲しい。それは理解した?」

「はい」

「じゃあ、今度からもっと自分を大事にすること」

「承知しました」

桜子の腕の中で薫はそう呟く。今一つ自信なさげだが、仕方ない。一歩ずつだと桜子は決意した。

「武士の情けで、あなたがわざと捕まったのは、秋人には内緒にしててあげる」

桜子はにこりと笑って薫の唇の上に指を載せた。どきりとする色っぽい仕草である。二人の間に珍しくいい雰囲気が流れた。薫の胸はかつてないほど高鳴ったが、

「いいえ、それには及びません。師匠」

という地獄の釜の蓋が開きそうな恐ろしい声に、その場の空気は一気に凍りついた。