軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14. 救出

薫がなお言い募ろうとした時、独房の建物を揺るがす爆発音が響いた。

「来た」

薫が顔をあげる。

「?」

冬由が周囲を見渡す。外を走り回る信徒の声が響いた。

「敵襲!敵襲!!勇者襲来!」

わあわあとあちこちから悲鳴があがる。独房の壁に亀裂が入った。

「凄く怒ってるな…」

薫は秋人の説教を覚悟した。

「どうやって呼んだ?」

冬由が鼻の頭にシワを寄せて尋ねる。先ほどのアズが言った通り、薫は秋人を呼ぶ秘密兵器を持っていた。

「このイヤーカフは工藤さんの不死鳥の 永遠(エタニティ) と同じく、秋人を瞬間移動させる力のある魔道具です」

片耳から薫が外して見せたそれは、無色透明の小指の先ほどの大きさだった。外すと存在がわかったが、嵌めていた時はまったくの透明だった。

「こんな小さなものに、そんな力があるとは思えないが」

「まあ、普通そうだよね。リヴァイアサンの魔石から削り出したもんだけどね」

はははと薫が笑いながら言った言葉に、冬由はぎょっとして少し距離を取った。おそろしい固有名詞を聞いたぞと表情が言ってる。

秋人の認識阻害眼鏡のレンズに使用する魔石の残りで、秋人が急遽作ったものだ。薫は誘拐されることが多いからつけておいてとのことである。早速役に立ってしまって申し訳ない限りだ。

「どうやって発動したんだ?」

耳を触っていた気配がなかったので、冬由は嫌そうに尋ねる。薫はぽりぽりと頬を掻いた。

「助けてやったんだから種明かしくらいしろ」

と冬由がもっともなことを言うので、薫は頷いた。

「呪文があるんだよ…」

「呪文?」

「『誰か助けて』って」

薫が先程叫んだ言葉にそんな意味があったとは、冬由は呆れた。

「さっきの情けない悲鳴は、呪文を不自然にさせない為のものだったのか」

「いやあ、日頃言わない言葉にしないと、しょっちゅう秋人呼び出しちゃうでしょ」

薫が苦笑して白状すると、冬由は憮然とした表情になった。それなりに焦って助け出したつもりだったのに。

「意外と冷静だったわけだ」

「いや、間に合わないかもって本気で焦ったよ」

本当に薫は心底反省していたので、殊勝な表情を浮かべていた。

「さて、冬由ちゃんや。よければ一緒に帰らないか?」

薫は痛みに顔を歪めながらもニコリと笑った。屈託のない気の抜けた笑顔だ。冬由はふいっと目を逸らした。そんな彼女に対して薫は困ったように首を傾げる。

「せめてここから出してほしい。俺を見つけたら秋人は攻撃をやめると思うよ。このままだと信徒の犠牲が多すぎるだろ?」

薫の言葉に冬由は渋々頷いた。

外までの道は混乱を極めていて冬由を咎めるものはほとんどいなかった。稀に質問されても

「危ないから捕虜を護送する」

と言えば、すんなり通った。それなりに冬由は名の通った戦士なのだ。

「こっちだ」

鉄製の重いドアを開けると外に出た。外とはいえダンジョンなのでうっすらと明るい。ここはどうやらダンジョンのオアシスで、最大規模の空間のようだった。コンテナのような建物がいくつか並んでいるの見てとれた。

「秋人…」

薫が見上げると建物の上空でホバリングするように止まっている秋人が見えた。

「おーい」

と手を振るその能天気さに冬由は若干呆れ顔だ。

しかし、薫の予想外のことが起きた。秋人が薫に気がついて降下しようとしてぴたりと止まったのだ。

「あれ?」

薫が思わず首を傾げる。

ぶわりと周囲の空気が変わった。秋人からものすごい魔力圧が押し寄せる。流石に薫にさえそれは物理として感じられた。通常の魔法師である冬由は堪ったものではない。

「きゃ」

と小さく悲鳴を上げた。あたりの信徒はおしなべて地面に這いつくばっている。

「秋人?」

薫が戸惑ったように上空を見つめている。

秋人はガタガタと震えていた。歯を食いしばって何かを耐えるようにしている。その華奢な体から信じられないような膨大な魔力が紡がれていた。

「あ、あ、あ…」

声が秋人の唇から盛れる。瞳がこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれ、地面に立っている薫に釘付けだった。

「あっ」

薫は慌てて今の自分の姿を確認した。

片目がない。左手指先もだ。それに服も髪も血だらけでボロボロである。

「やばい!冬由ちゃん、俺今どんなふうに見える!?」

薫が顔を顰めて秋人の魔力圧に耐えている冬由に話しかける。彼女は苦しい息の中、改めて薫の姿を確認した。それから一刀両断に切り捨てた。

「拷問されて瀕死の捕虜」

「うわああああ、やっぱりいいいいいいい」

薫は地団駄を踏んだ。アズがあの偽赤城を止めなかったのはこの所為だ。

「あいつ、わざとやったな!!」

薫は盛大にアズのことを罵った。連中はまだ秋人を暴走させることを諦めていないらしい。

ここはダンジョンだが、まだ日本だ。秋人くらいの魔力の持ち主が魔力暴走を起こしたら、下手したらSランクへ跳ね上がってしまうかもしれない。

必死に足に嵌っている魔封じの輪に爪を立てるが、ぴくりとも動かない。

「冬由ちゃん!あそこまで連れて行って!早く!!」

薫は混乱しながら少女に懇願した。

冬由はもうなんだかどうでもよくなった。自分の出生も、教団も、龍神族も。目の前のこの慌てふためいている男の情けない姿を見ていると、なんだかもう本当に何もかもがバカらしくなったのだ。

恨みも、妬みも、羨ましさも…何もかもが、些細なものに思えた。

「わかった。掴まって」

静かに苦笑をこぼす。そして、ふわりと空に舞い上がった。

秋人は自分の中から渦を巻いて吐き出されようとする巨大な魔力に必死に争っていた。今魔力暴走など起こそうものなら、薫を巻き込む。ただ、それだけの懸念のために必死に堪えていたのだ。

頭の中は真っ赤で、怒りのあまり吐きそうだった。

やっと呼んでくれたと思って 瞬間移動(テレポート) したら、薫は想像以上にボロボロにされていた。 こんな短時間で。

もっと早く、どうにか見つけられなかったのか。

どうしてあの時、薫の手を掴まえられなかったのか。

どうして自分は薫を助けられなかったのか。

そんな自分に対する怒りが理性を焼き切りそうになった

直前それはふわりと秋人の前にやってきた。

「ごめんごめん。遅くなった」

秋人の頭を抱き寄せる。

「薫…」

秋人は無意識にその名前を呼んだ。ぎゅっと薫の背中に腕を回す。薫は血だらけで痛々しい有様だった。

「大丈夫、大丈夫。怪我はリサさんが治してくれる。他の小さいのは冬由ちゃんが治してくれたよ。今回は本気でやばかったけど、冬由ちゃんが助けてくれたんだよ。お礼言って」

薫が秋人の頬をそっと撫でた。

薫を連れて浮遊している冬由は複雑な顔をしている。

「でも、疲れちゃった。連れて帰って」

薫はニコリと笑うと秋人の腕の中で気を失った。その力の抜けた体を秋人はぎゅっと抱きかかえた。

そんな二人を少し離れて見ていた冬由はひどく痛々しい顔をしていた。何もかも諦めた顔だった。2年ほど前によく鏡の中で見た顔だ。

「おいで」

秋人が薫を抱いていない方の手を差し伸べる。できる最大限に優しい顔をしてみせた。

「一緒に帰ろう」

冬由の目から涙がこぼれた。

秋人の手を、彼女は初めて自主的に取った。

二人を抱えて、秋人は大切な我が家まで跳んだ。