軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13. 平和ボケとは

男は静かに薫を見下ろしている。

「おそらく、君はなんらかの手段を持っていて魔力を封じられても助けを呼べる手段があるんじゃないかな?」

「・・・・・・」

「うん、たぶん勇者殿を呼ぶことができるんだね」

「・・・・・・」

薫は答えない。

「救出後は君には有名な婚約者がいる。彼女のパーティーには欠損を補える優秀な回復魔法師もいるし、最悪万能薬という手もある」

アズは薫の返事を待たずに続けた。

「君は私の言質が欲しかった。加藤を殺したという。君は審議官だから、私の言葉を証拠として押さえられる…そう考えたね?」

薫はなお無言だ。

「たったそれだけのために、君は何を支払うことになるかよく考えたかな」

男は無言で横たわる薫の首に手をかけた。

「今ここで私が君を締め殺すこともできるということはわかっている?」

男の言葉に薫はふんと鼻を鳴らした。

「俺の顔が必要なんだろ?」

薫の言葉に男は「なるほど」と頷く。

「殺される確率は限りなくゼロとは踏んでいたわけだ」

アズは苦笑を浮かべた。

「不本意ながら」

「その顔では苦労するよね」

「ほっとけ」

男の言葉はおそらく心の底からの同情で、薫はかなりムカついた。

そもそも加護だのなんだのとわけのわからない領域の話なので、薫にはどうしようもないのだ。

「まあ、でも本当に日本人という奴は甘いなぁ」

男はふっと唇の端に嘲笑を浮かべた。

「君のお師匠様はその点、かなりしっかりリスクヘッジしていたけど。君はダメダメだ」

男は嘆かわしいと言わんばかりに肩をすくめた。

「君は本当に、甘い」

アズは懐からスマホを取り出した。法衣には似つかわしくない最新機種である。

「私は確かに君に対して興味はないが、暴力としてその手の行為を行使することは可能だ」

薫の顔に初めて不安が浮かぶのを見てアズは少し笑った。

「そうして、その一部始終を動画に納めることもできる」

「・・・・・・・」

「それを動画サイトにアップすることもできる」

「・・・・・・・・っ」

薫の顔にかなり焦りが浮かぶのを見て、男はほくそ笑んだ。

「さて、そうした事態が起こった場合、どんな権力や財力をもってしても拡散されたものは取り返しがつかないことはご存知かな」

薫は必死に挽回する方法を考えようとしたが、半ばパニックになって思いつかない。

先日の元宮事件の折の女性問題で、その手の件は嫌と言うほど調べたが、自分にそれが当てはまるとは思っていなかった。間抜けな話である。

欠損は補える手段は考えていた。そこまでならそう大きなダメージではないと。しかしこれはまずい。どうしてもまずいのだ。

「君をこの世の誰よりも大事に思っている秋人くんは、その時どんな気持ちになるだろうね」

男の言葉は止めだった。

薫は心の底から焦って慌てて距離を取った。

「ちょっと、待った!タイム!!」

「今更」

「わー、ごめんごめん。すいません。勘弁してください!!」

「面白いね。君、そこで謝るんだ」

「これは許容範囲外!!!!」

アズは口の端をあげて笑顔ではいるが全然目が笑っていない。

「だ、誰か助けて!!」

薫が大声で叫ぶと、呆れたような声が独房に響いた。

「やめろ、アズ」

少女の声だった。

「リタか。どうした?」

「どうしたじゃない。これは教皇様へ送る予定だ」

薫は涙目で独房の入り口で呆れ顔で立っている少女の顔を見た。

「冬由ちゃん…」

本気で半泣きの薫を見て、少女がため息をついた。

「だから、言っただろう。お前は私たちを舐めすぎだ」

「反省してます」

薫の言葉にふっと息を吐いた。

「まあ、そういうことにしてあげよう」

薫自身は壁際までものすごい速さで避難した。その姿にクスリと笑う。

「では、またな。先生」

アズはそう嘯くと独房から立ち去った。その様子を見て、薫はずるずると壁際に座り込む。どうやら揶揄われただけらしいと知って、心の底からほっとした。

本気でもうダメだと思った。安堵のあまり涙が出た。

秋人を絶望させずに済んだことへの安堵だった。

秋人はどれほど傷つくだろう。どれほど悲しむだろう。それは想像すらしたくなかった。

震える声で薫は冬由に囁いた。

「冬由ちゃん、助かった。ありがとう」

「・・・・・・お前は本当に救いようがない」

冬由は深く、ふかくため息を吐いた。

独房にしばらく薫の泣き声だけが響いてたが、冬由は辛抱強く待っていた。

「ごめん、本当に助かった」

と薫はなんとか泣き止んでから再度礼を試みた。冬由はふうっと息を吐く。

「お前みたいなバカは見たことがない」

「すいません」

項垂れる薫に向かって冬由は手を伸ばした。

「回復魔法をかけてやるからじっとしてろ」

「はい」

「欠損は補えないからな」

「ありがとうございます」

やたら丁寧な礼に彼女は居心地悪そうに首を捻った。

「お前、もう一つ目的があっただろう」

「ん?」

暖かい回復魔法を感じながら薫は冬由の顔を見た。

「私を連れ戻すつもりだったな」

彼女がジロリと睨むと薫は無言で目を逸らした。それが答えだった。

「冬由ちゃんに一個ちゃんと話しておかないといけないことがあるんだ」

薫は少し困った顔で言い出した。

「なんだ?」

ぶっきらぼうに答える少女の目をじっと見る。

「君は秋人の妹だ」

「何を当たり前のことを…」

「でも、如月夏実さんは君を生んでない」

薫の言葉が冬由に浸透するまで少し時間がかかった。

「どういう?」

少し顔色が悪くなった彼女に対して、罪悪感がぎしぎし浮かんだが、薫はあえて心を鬼にした。

「君はおそらく遺伝的に秋人と同じ組み合わせで生まれてきた人間だが、如月春彦と夏実夫妻から生まれたわけじゃない」

再度、薫は冬由に向かって残酷な事実を告げる。

「な、なにをばかな…」

彼女は小さく震えた。それは自分のアイデンティティの崩壊への言葉だ。

「夫妻は 救世来神教(エルミネイト) から抜けた時、二人だけだった。そこから何年かして秋人が生まれている。君が秋人のお姉さんだというならまだ二人から生まれた可能性はあるが、君の身体特徴を見ると秋人の姉である確率は極めて低い」

「・・・じゃあ、私は?」

「おそらく、お二人の生殖細胞から人工授精で生まれた子供だと思う」

すとんと冬由の表情が抜け落ちた。

「君がその組み合わせで生まれたのはたぶん作為はなかったんだと思う。お二人は 救世来神教(エルミネイト) に秋人の存在をひた隠しにしてた節があるからね。君の年齢から考えると偶然か、研究の一環かだと思う。おそらく、後から判明して君を使って秋人を追い詰めようとした。連中は君の憎しみや怒りを利用した」

「・・・・・・・・」

「秋人は龍神族で君は違う。 救世来神教(エルミネイト) がいくら人工授精を繰り返しても龍神族は生まれなかったのには理由がある」

冬由は縋り付くような目で薫を見ている。薫は罪悪感を必死に押し殺した。

「龍神族の成り立ちは異界の神様がこちらの巫女を愛し、正式な婚姻をしたからだ」

独房に薫の声が響く。

「龍神族を生み出すには血統だけじゃ足りない。愛と正式な婚姻契約が必要なんだと思う。たぶん 救世来神教(エルミネイト) が生み出した能力者の中で、これまで如月春彦と夏実以外にその条件に当てはまる男女がいなかったんだろう」

春彦と夏実はある意味救世来神教の実験体の頂点に近い存在であり、その2人が愛し合い、戸籍を得て、結婚の誓約を交わしたことによって、秋人は龍神族に等しい生まれになったのではないか…それが、薫とAIの四季が出した結論だった。

冬由は静かに項垂れた。

教団はほとんどが人工授精で子供を作っている。稀に男女での組み合わせもあるが、義務や責務、仕事のようなものだ。愛などどこにもない。自分たちには正式な生まれなどなく、婚姻などという概念もない。

「じゃあ、私が龍神族に覚醒することはないんだな」

「うん」

救世来神教(エルミネイト) のナンバーズは龍神族の予備軍だ。擬似龍神族になるものはいても、本物はいなかった。

彼女の兄とされている男だけが、この長い救世来神教の歴史の中、唯一条件に当て嵌まったのだ。