作品タイトル不明
16. 大反省の極致
薫は油の切れたロボットのようにぎこちない様子で病室の入り口を見た。
そこには、完全に無表情の秋人と、困った顔をしている冬由、ごめんと手でジェスチャーしている当夜、明後日の方を見ているアークのメンバーが居た。
遅れてやってきた神崎家のメンバーは、部屋の外で彼らの会話を残さず拾っていたようである。
「あ、秋人…これは、その…」
薫は慌てて何かを言うとするも、うまく事態を誤魔化せる言葉が浮かんでこない。
俺、弁護士なのに!!
と内心焦っていると、傍に立っていた桜子がすっと離れた。
「冬由ちゃん、顔色悪いね。糖分欠乏症じゃないかな」
といきなり冬由に向かって言い出した。
「え?わたし!?」
慌てて冬由が自分を指さすと、コクコクと桜子は大きく頷く。
「ジュース飲みに行かない?お姉さん奢っちゃう」
うふふと笑って桜子は冬由の手を引く。冬由は
「あー、じゃあ、お願いしようかなぁ」
と棒読みで答えた。
「ささ、当夜くんも一緒に」
と桜子は当夜の手も引く。
康子がそっと秋人の肩を押し、ドアを閉めた。後には薫と秋人の二人がだけが残された。
薫は内心この酷い仕打ちに打ちひしがれていた。
今、この状況で秋人と二人にされるなんて、あんまりである。
「秋人…」
薫は恐る恐る秋人に呼びかけた。
秋人は無表情だ。その顔は途方に暮れているように見えた。
その顔を見たら、薫はもうどんな言い訳も無意味だなと察した。ここは素直に謝るしか道はない。
「こっちにおいで」
薫が手招きすると、秋人は夢遊病患者のようにふらふらと薫が座っているベッドに近づいてきた。後10センチくらいのところまで来た時、まるで、それ以上近づくのを恐れるように、秋人の足は止まった。
「僕、怒ってるからね」
「うん、さっき桜子さんにもすごく叱られた」
「怒ってるんだよ?」
「うんうん」
薫は困った顔で頷く。
「僕には自分を大事にしろなんて言うくせに、薫は?薫はちっとも自分を大事にしてないじゃないか!!」
秋人の大きな目に痛みが走る。こんな顔をさせたくなかったのになぁと薫は己の失態を呪った。
「ちょっとだけ、弁解させてくれ」
薫はなんとか自分の気持ちを言葉にしようと試みた。
「確かに、あれをわざと捕まったと言われたら弁解の余地はないんだけど、なんというか計画的にわざとやった訳じゃなくて、体が勝手に動いた感じでさ」
「・・・・・・」
「だから、その…ある意味自分の心に忠実な行動だったわけで、これもいわゆる自分を大事にしている生き方だったのではないかと…」
薫の言葉に秋人の眉が大きく寄った。
「薫はいつも僕の所為で酷い目に合ってる。本当は、 探索者(シーカー) なんてやらなくてもよかったし、こんな暴力沙汰に振り回される必要なんてなかったから、本来ならそんな生き方しなくてもよかった筈だよ」
弱々しく語る秋人に向かって、薫は苦笑を返した。
「いや、秋人。それはないね。俺の性格知ってるでしょ?きっと遅かれ早かれ 救世来神教(エルミネイト) との抗争の渦中には飛び込んでいたよ。秋人は忘れてるかもしれないけど、奴らは俺の先生の仇だからね」
薫がにこりと微笑む。秋人が二番目に好きな自信満々の方の薫の笑顔だ。
「秋人の所為にしてほしくないな。これは俺の戦いだ」
薫はようやく理解した。
秋人や桜子のように人生の大半を戦闘に注ぎ込んできた人より、はるかに己の覚悟が足りてなかったことを。
「連中はどんな手段でも使ってくるってことを肝に銘じるよ」
薫は覚悟を決めたつもりだったが、まるで足りていなかった。
「先生がなんであんなに俺を巻き込んですまないって謝ってたのか、やっと理解した」
肩を竦める。
連中はなんでもありだ。
そして、おそらく手も長ければ気も長い。忘れた頃に最悪の一手を打ってくるだろう。
潰すしかない。
完膚なきまでに潰して、未来永劫さよならするしかない。
救世来神教(エルミネイト) の教皇が勝つか、薫が勝つか。
どちらかの未来しか存在しないのだ。
そのことを、骨の髄までようやく薫は理解できた。
それは、初めて薫が 探索者(シーカー) として戦うということを悟った瞬間だった。
「でも、まあとりあえず…」
薫は秋人に笑いかけて、腕を引いた。
「妹の前だったから我慢してただろう。助けてくれてありがとう、秋人。泣いていいよ」
薫の言葉に一瞬、秋人は抵抗しようとしたが、薫の心音が耳に響いたらダメだった。
できるだけ声を殺して泣いた。妹に聞かせるわけにいかない。自分はもうお兄ちゃんなのだ。
「薫のバカ」
と秋人が呟く。以前のそれとは違う響きを持ったフレーズに、薫は苦笑を浮かべた。
「もう、二度とわざと捕まったりしないって約束して」
秋人が小さく呟くと、薫は天を仰いだ。
「それは、うん。さっきも言われたからね。しません」
「もし、体が勝手に動きそうだったら、僕と師匠が自暴自棄になって突っ込んでくるってことを思い出してね。もう僕も師匠も薫を待ったりしなからね」
と秋人が涙混じりに言うので、薫は降参と両手を上げて見せた。確かに、この二人はもう自分の合図を待てといっても聞かないだろう。信用は築くのには長い年月が必要だが、失うのは一瞬って本当なのだなと痛感した。
涙声で呟く秋人の頭を撫でながら、薫は心の底から反省した。
これはもう、本当に平和ボケと言われても仕方ないなあと、己の不徳を噛み締めたのだった。