作品タイトル不明
8. 就活
秋人たちがフードコートへ到着すると、なにやら壁が出来ていた。女性の壁である。
「秋人くん、あいつサングラスとかしてたかい?」
金子が尋ねると、秋人は「うーん」と思い返した。そういえばしていなかった。
「じゃあ、あの真ん中が神崎だな」
と金子が的確に指摘する。そのままずんずんと歩いて行くので、秋人たちも背後をついて行った。
「神崎、営業妨害だからサングラスくらいかけとけ」
と金子が薫に声をかけると、薫はうんざりした顔でため息を吐いた。
「屋内でかけると暗いから嫌なんだよ」
「そうは言ってもこのザマだぞ」
金子が辺りを見渡す。薫も同じく周囲をぐるりと見る。お店の人が困ったように眉を寄せていたり、親子連れが座れなくて困ったりしていた。
「反省」
薫が深くため息を吐き、サングラスをかけた。今更だがこれから訪れる人は避けれるはずだ。
「買い物終わったかい?」
と気を取り直して薫が尋ねたので、秋人は首を振った。
「文具とか小物はこれから。偶然金子さんに会ったから案内してきたんだ」
「弟がお前に挨拶したいって言うから…賢治?けんじ?」
金子が傍に佇む弟の腕を引くも、彼はぽかんと口を開けて薫の顔を見つめている。話には聞いていたが、薫の容姿は賢治の想像を超えていた。
「賢治、ほら。神崎薫。俺の大学時代の悪友で今の雇い主で、最低最悪に優秀な弁護士だ」
なにしろ、金子に数少ない黒星をつけたのは薫だ。
「あ、あの、はじめまして。金子賢治です。先日は病気の件でみなさんにお世話になりましてありがとうございました」
ようやく意識が戻った賢治は慌てて薫に頭を下げた。
「いや、礼は秋人に言ってください。薬を最終的に取ってこれたのは秋人がいたからなので」
と薫は苦笑を浮かべた。
賢治は改めて秋人を見つめる。この華奢な少年がこの中で一番の強者なのだと、ここにきてようやく実感したらしい。
「ほんとに高校生なんだ」
と呟く彼に秋人は困った顔をした。
「おじさんじゃなくてすいません」
と思わず謝ると、その場の皆が怪訝な顔をした。
「いや、なんかこの前解釈が違うって嘆かれて…」
と秋人が軽く音々とのことを説明すると、金子はなんともいえない顔になった。確かに自分は如月秋人を父くらいの年齢の人物と思っていた。
「解釈違いか…うまいこと言う人もいるもんだな」
と思わず感心してしまった。
「昼飯どこかで食べようかと思ってたけど、ここで食べないと申し訳ないか」
営業妨害を起こしてしまった薫としては、せめて昼食代くらいは落とすべきだろうと、フードコートでランチをとることになった。
秋人と美香、冬由の3人はハンバーガー、薫と金子はうどん、当夜と賢治はカレーというバラバラのメニューが成立するのがフードコートならではである。
秋人はこのシステムは初体験だった。
「なんでも食べられるのすごいね」
と感心しきりだった。彼としては、ハンバーガーもクレープもドーナツもアイスクリームも一緒に食べられて大変満足である。
「昼からは文具とバッグと靴かしらね」
美香がこの後の予定をフロアマップを見て確認している。冬由は気のない返事をしているが、耳がちょっと赤いので、おそらく嬉しいのだろう。神崎家の人々は既に冬由の機嫌の判定が完璧にできるようになっていた。
「そういえば、片伊勢さんの妹さんも轟学園の中等部に編入するらしい」
と薫が告げる。
「じゃあ、冬由と同じタイミングになるかな?友達になれるといいね」
と秋人が言うと、冬由はげんなりした顔になった。
「正気?」
「なんで?」
「私、あんたの敵なんだけど」
「でも妹でしょ」
と秋人が言うと冬由はさらにうんざりした顔になった。
「血が繋がってるからって、家族になれるわけじゃないわ」
「それはそうだね。でも逆に血は繋がってなくても家族にはなれるよ」
と薫が微笑む。
「君が 救世来神教(エルミネイト) を抜けたいのなら、俺も秋人も手を貸すことを躊躇ったりしない。それだけは覚えておいてね」
薫の静かな言葉に冬由は俯いた。
「私、あんたが一番嫌い」
と吐き捨てたので、薫は困った顔をしたが、どう聞いても反対の意味にしか聞こえなかった。
「ところで、金子たちは今日はどういう用事だったんだ?」
と薫が尋ねると金子は眉を寄せた。
「ああ、賢治が 探索者(シーカー) になるってきかないんだよ。それで、ギルドの説明会にきたんだ」
「このショッピングモールに受付があって、3時からなんです」
と賢治が嬉しそうに答えたが、金子は浮かない顔をしていた。やはり弟に危険な仕事をしてほしくないという気持ちが抑え切れないらしい。
「なあ、どうしても 探索者(シーカー) がいいのか?大検とって大学行ってもいいし、就職だってなんなら俺がどこか斡旋するぞ」
と金子が弟に言い募っているが、彼はどうやら聞く耳を持たないらしい。
「俺は瘴気中毒の所為で学校にも行ってないし、人とコミュニケーションとるの苦手だし、会社勤めなんて無理だよ。それに、頭悪いからプログラマーとかデイトレーダーとかにもなれそうにないし」
賢治は兄にずっと負担をかけてきた。このままおんぶに抱っこで一生兄の重荷になるなんて真平ごめんだった。
「なら、うちで事務員をするかい?」
薫の言葉に金子兄弟は「え?」と顔を見合わせた。
「近々募集をかけようかと思ってたんだ。最近、事務仕事もまあまあ忙しいからね」
と薫が言う。確かにここ最近は色々と忙しい。元宮の被害者の女性から弁護を頼まれるケースも増えている。
「うちでずっとは嫌だったら、しばらくアルバイトで社会経験詰むのも悪くないんじゃないか?」
と薫が続けた。
「兄貴と同じ職場は嫌かい?」
「いやってわけじゃないけど…本当に、俺あんまり勉強できないので、その…弁護士事務所で働けるかどうか…」
賢治はぼそぼそ答えたが、薫は当夜を指差して言った。
「彼もアルバイトなんだ。話聞いてみたら?」
「ちーっす」
と当夜が頭を下げる。
「俺も勉強とかまじで苦手。頭悪いし。賢い兄がいるとお互い苦労するよな」
とここでも賢治と当夜の「賢い兄に苦労している同盟」が成立してしまった。
「えええ、僕も薫の事務所でバイトしたいよ」
秋人が抗議の声をあげる。仲間はずれみたいで寂しい。
「うーん、そうだなぁ」
薫はしばらく眉間にシワを寄せていたが、ふっと笑った。気の抜けた柔らかい笑みだ。
「当夜と賢治くんは、まあ言ってしまえば己の食い 扶持(ぶち) を稼ぐためのバイトだからね。堅実で楽しくもない弁護士事務所の事務のアルバイトでも仕方ないと思うけど、秋人は将来弁護士になりたいのか?」
「うーん、弁護士はないと思う」
秋人の割と素早い否定に、内心ちょっとだけ傷ついた薫だったが、あえてにこやかに続けた。
「だよな。それなら、秋人がバイトするのは『将来』に向けての勉強になるような、楽しいのを選んだ方がいいと思うよ」
「楽しいバイト?」
「そう。何かここで働いてみたいなとか、こういう仕事ってどうやるのかなとかそういう動機で探してみたら?そもそも、秋人はアルバイト代を稼ぐ必要ないわけだし、時給とか関係なく選べるだろ」
「なるほど」
秋人は薫の言葉に思うところがあったのか、「わかった」と答えた。
「え、俺たちは楽しい職場じゃなくていいっすか?」
と当夜が思わず薫に問いかけると、薫は呆れたような顔をした。
「何を言ってるんだ、お前は。だいたい大学辞めたの自分だろう?」
と嗜められて撃沈した。