作品タイトル不明
7. 死者の訪ない
休日、薫は秋人と当夜、冬由、それから美香を伴って大きめのショッピングセンターに来ていた。
「悪いね、工藤さん。俺たちじゃよくわからなくて」
「いいえ、大丈夫です」
にこりと美香が微笑んだ。
今日は冬由の衣服や下着、文具、生活道具などを買いにきたのだ。これまでも持っていなかったわけではないが、とうとう彼女の中学編入が決まったので、ちゃんと今の女子中学生が持っているようなものが必要だろうということになった。
しかし、冬由の私服は彼女に通販で選んでもらったので、やたらと地味で暗い色ばかりだったし、流行にはほど遠いものだということは薫にさえ分かった。
「別に必要ない」
と冬由はぶっきらぼうに拒否したが、そこはやはり預かっている身として不自由させるわけにいかない。
薫は、当初はいつもと同じく楠本にお願いしようと思ったのだが、彼女の子供は全員男子なので、
「女の子はねぇ」
と難しい顔だったのだ。そこで、美香に白羽の矢が立った。
桜子も来たがったのだが、残念なことに本日彼女はテレビの収録である。
「じゃあ、俺と当夜はここで待ってる」
フードコートで二人は待つつもりらしい。結構長い時間になるという覚悟があったようで、薫はなんとノートパソコン持参である。秋人は呆れ半分に尋ねた。
「一緒に行かないの?」
「基本的に女性の集まる店は苦手」
と薫が遠い目をして呟いたので、全員事情を察した。冬由だけが分からず首を傾げていたが、薫はにこりと笑って誤魔化した。
薫は、音々に結局認識阻害アイテムを発注することが出来なかった。
「うーん…神崎さんの顔は私の手には余りますわあ」
と言われたからだ。
これは、おそらく以前に新潟の姫に言われた「加護」に関係するのではないかというのが秋人の推論だ。
とにかく、薫の顔に関して言うと、人間の美醜の意識が薄かった出会ったばかりの頃の秋人でさえ、その顔が綺麗なのがわかっていたくらいなのだ。
「僕、当初『美人』って薫みたいな人のことだなって思ってたんだけど、世の中そうじゃないってわかるまで半年以上かかったよ」
とは秋人の弁である。
そんなわけで、薫はフードコートの片隅でひっそりと過ごすしかないのだ。
美香は張り切って冬由に向かった。
「初めましてね? 工藤美香です。秋人くんの彼女です。一個下に住んでます」
ニコリと笑う美香に向かってふいっと視線を逸らす。秋人が困った顔になったが、美香は秋人に目線で「大丈夫だよ」と告げた。
「じゃあ、まずはお洋服からね。冬由ちゃんは何色が好き?」
「別に…」
「そっか。じゃあ、色々着てみましょう!」
がっと美香が冬由の手を握って引いた。珍しく強引な様子に秋人はびっくりしたが、冬由は嫌がらずついてきた。
ローティーン向けの女の子の服を扱う店が何軒か固まっているフロアに美香たちはやってきた。
「どっちのお店が好み?」
片方はギャルっぽい服、もう片方はロリータっぽいふりふりひらひらした服を扱う店だった。冬由は思わず眉を寄せる。
「どっちも嫌」
「じゃあ、こっちね」
と三軒目の無難そうな店を指さす。
前二軒よりは大人しめのデザインが多いので、冬由は仕方なく頷いた。へそやら肩やら出ている服とか、ピンクのヒラヒラしているのを着ている自分が想像できなかったのだ。
「冬由ちゃんは色は白いから水色とか似合いそうかなぁ。秋人くんはどう思う?」
「そうだね。ラベンダー色とかも似合いそう」
「あ、それいいね」
年長二人に促されてカットソーやらデニムやらプリーツスカートを渡された。
「パーカーとか、アウターもいるよね?」
「そうね。あと、ちょっとおしゃれなワンピースも」
次々と渡される衣服に溺れそうである。
「ちょ、いい加減に…」
と切れる寸前
「はい、これ。試着して」
と数枚の服と一緒に試着室に放り込まれた。
冬由は試着室で綺麗な色の服に囲まれて戸惑っていた。 救世来神教(エルミネイト) では変装する時以外は黒か灰色だ。こんな綺麗な色の服は持ったことがなかった。
「綺麗…」
淡いラベンダー色のスカートを手に取る。なぜか胸の奥が痛かった。
試着室を出ると、美香と秋人が並んで待っていた。にこにこと笑う二人の前に立つと彼らは、ああでもないこうでもないと色々と言い合い、結局この店ではラベンダー色のスカート、白いカットソー、ブルーデニム、ミルクオレンジのニット、薄い水色のパーカーなどを買った。
お代は秋人がカードで支払った。薫が買うよと言ったのだが、そこは断固拒否である。冬由は秋人の妹だ。妹の生活費は兄がもつ義務があると力説してこうなった。
次は下着売り場だった、流石に秋人は入りづらい。
「美香、指輪つけてるよね?何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
と念押しして送り出した。
下着売り場の前で熊のようにウロウロして待つのは流石に無理だったので、少し離れたベンチに座って目を閉じた。美香は魔力がないので本来なら分からないのだが、指輪の魔力をトレースすることはできる。ただ、そんなストーカーめいたことのために指輪を渡した訳ではなかったので、すぐに追うのはやめた。
しかし、あの狭い店の中をあちこちなんであんなに動き回る必要があるのだろうか。女の子の買い物は秋人にはミステリーだ。
さらに、暇つぶしにショッピングモール全体に索敵範囲を広げる。
「意外といるもんだな、 探索者(シーカー) って」
他にもいくつか魔力を持つ人の気配を感じた。フードコートの薫と当夜の反応は大きい。
そして、もう一つ。秋人がけして無視できない魔力を察知した。
その魔力を持つ人は、徐々に秋人に近づいてきた。そこまで大きな魔力の持ち主ではない。階下からこのフロアまで上がってくる。秋人の心臓は早鐘を打った。
そんな筈はない…その魔力の型の人物はもう死んでる筈だ。
秋人は知らず小刻みに震えていた。
あと少しで、秋人の視界にその人物が入ろうとしたその時、
「おや、秋人くん!」
と声がかかった。
「へ?」
秋人が間抜けた声をあげる。秋人の目の前に背の高い男性と華奢で痩せた少年が立っていた。いや、少年は若く見えたがおそらく20代にはなっているので青年と言うべきか。
魔力のある相手にここまで接近を許すなどあってはならないのだが、それくらい秋人は先ほどの相手に集中していたらしい。
改めて目の前の二人連れを確認した。
「金子さん…」
「うん、こんなところでどうしたんだい?」
「いや、冬由と美香の買い物を待ってて…」
金子は秋人のその言葉とチラリと見えた斜向かいの店舗の種類で、だいたいの事情を察したらしい。そこは華麗にスルーしてくれた。
「紹介するよ。弟の賢治。賢治、ほら秋人くんだよ。前に話しただろ」
「はじめまして。金子賢治です」
金子の弟は丁寧に頭を下げた。
「如月さんは命の恩人です。ありがとうございます」
賢治の言葉に秋人は慌てた。
「いえ、そんな。頭上げてください。金子さんには僕もたくさんお世話になってます」
秋人はそう挨拶を交わしながら、さきほどの人物の気配を探った。しかし、まるで夢でもみていたかのようにその人物の気配は見当たらなかった。
そのことに秋人は心底安堵した。
「神崎も一緒かい?」
金子の問いかけに秋人は頷く。
「女性の集まる店は苦手だってフードコードで仕事してます」
「ああ…」
金子の表情を見るに、薫の状態に思い当たる節があるのだろう。
「もうちょっとしたら、美香と冬由も買い物終わると思いますんで、一緒にフードコートに行きますか?」
と秋人が尋ねる。賢治は兄を振り仰いだ。
「兄さん、俺、神崎先生にもお礼言いたい」
「そうだな。じゃあ、秋人くん、悪いが案内頼めるか?」
「はい」
秋人は気軽に頷いた。
そこから20分経過するとは思わなかった。
「女の人の買い物って長いんだね」
と賢治がしみじみ呟く。
「うちは女手がないからピンとこないな」
金子がため息混じりにぼやいた。男3人所在なく座っていた。見た目のいい男3人が並んでいるのはかなりの迫力で、周囲の女性がちらちら伺っているのだが3人はまるで気がついていなかった。
「ごめんなさい、お待たせ」
美香と冬由がようやく出てきた。
「こちらは?」
美香が金子を見て尋ねた。そういえば、会ったことはないのだ。
「金子達也さん。薫の事務所の弁護士さん。こっちは賢治さん。金子さんの弟さんだよ」
と秋人が紹介すると、美香はにこりと微笑んだ。秋人が照れながら自分の彼女だと美香を紹介した。
「初めまして。工藤美香です」
さらに秋人は冬由を妹と紹介する。
「へえ、よく似てるな」
と金子が二人を見比べた。
「金子さんとこはあんまり似てないね?」
秋人の言葉に金子は苦笑を浮かべる。
「俺は父親似、賢治は母親似なんだ」
「僕も父さんに似たかった。チビなの最悪だよ」
ふうと賢治がため息を吐く。
「お前の背が低いのは瘴気中毒の所為だと思うぞ。これから伸びるかもしれないじゃないか」
と金子が弟の頭をぐしゃりとかき混ぜた。
「もう、兄さん。俺、21歳だよ。子供扱いしないでよ」
と賢治が言うと、秋人がからくり人形のようにコクコクと頷いている。
子供扱いされる者同志の友情が芽生えた瞬間だった。