作品タイトル不明
5. 不死鳥の永遠
夜の9時になる頃、秋人は美香にRINEを送った。
『今から少し出られる?』
と送信すると、すぐに了解の返信がきた。
「ちょっと出かけてきます」
秋人が玄関から薫に声を掛ける。薫は「わかった」と短く返事をした。
秋人の意図を察したのか、薫が門限がどうのこうのと言わないでいてくれたので、秋人はほっと胸を撫で下ろした。
「お待たせ」
階下に降りると美香がもう待っていた。
「どうしたの?こんな時間に」
と美香の問いかけに秋人はにこりと笑って手を差し出した。
「久しぶりに夜の散歩に行こう」
その言葉に美香は目を見張った。
屋上から秋人は美香を抱いてビルとビルの間を移動する。美香との夜の空中散歩は、夜風の心地よさ、ネオンの美しさも一年前と一緒だが、気持ちが全然違う。あの時は何ともなかったのに、今は胸が高鳴った。
秋人が向かったのはまだ秋人が一人きりだった時に、たまに訪れていたビルの屋上だった。当時はどうして自分の足がそこに向かうのか理解できなかったけど、今ならわかる。
「すごく綺麗!星の海みたい」
美香がその理由を言語化してくれた。
ここからの夜景は本当に見事だった。「綺麗だ」という気持ちが理解できなかったあの頃の自分。今はよくわかる。
「お気に入りの場所だったんだ」
秋人はぽつりと呟いた。
「一人でよく来てた」
それがおそらく薫と出会う前の話であろうことを、美香は察した。
「誰かと来れるなんて夢みたいだ」
綺麗だねって共有できて、一緒に楽しめる。そんな未来をあの時の自分は想像さえできなかった。
「これを受け取ってもらえるかな」
秋人は慎重に収納魔法から指輪ケースを取り出した。天鵞絨の小箱を美香に手渡す。美香は少々躊躇った。クリスマスのブローチよりあからさまに立派である。
「秋人くん…あの、私…」
美香の戸惑いを笑顔で押し殺して、秋人は「開けてみて」と勧めた。
恐々と美香が蓋を開ける。
「わあ…綺麗」
どんな高価なものが入ってるかと戦々恐々として身構えていた美香でさえ、思わず感嘆の声をあげるほど、それは美しかった。
薄い薔薇色の小さな石が連なって波打っている。表面で乱反射して光がキラキラと渦になっており、薔薇のように見えた。
「気に入った?」
にこにこと笑う恋人の頭に、美香は思わずチョップをしたくなった。どう見てもオーバースペックだ。
「秋人くん、前から言おうと思ってたんだけど、もうちょっと君はお金の使い方をですね、考えた方がいいと思います」
「無駄遣いはしてないよ」
小首を傾げる秋人の返答に、美香は大きくため息をついた。
「すごくすごく綺麗だし、嬉しいけど、流石に受け取れません。こんな高価なもの」
ある意味予想通りの美香の反応である。ここまでは薫とのシミュレーション通りだ。
「あのね、実はこれには訳があるんだ」
秋人は粛々と作戦行動に移った。
「この指輪はこっちの色が違うとこを押すと信号が流れて僕に届きます。そしたら、僕は美香の元へ瞬 間移動(テレポート) ができます。そういう魔法を保持するためには魔石を使う必要があるのです」
「秋人くんを自動で呼び寄せる感じ?」
「そう」
美香の問いかけに秋人は厳かに肯定する。
「実は 瞬間移動(テレポート) の魔法には結構な制約があって、ものすごく記憶している場所か、ちゃんと覚えている魔力の型をもっている人のところにしか本来は跳べないんだ。だから、普通ならあの時も魔法を持ってない美香のとこに 瞬間移動(テレポート) するのは不可能だった」
「・・・・」
美香は黙って秋人の言葉を聞いていた。
「でも、あの時美香に渡したブローチが発動してた。あのブローチに使ってた魔法は僕のオリジナルだったからそれを目標に無理やり跳べたけど、それは道理を曲げた行いだったから、僕の魔力回路にはかなり負担がかかった」
美香の顔色が青くなったので、秋人は慰めるようににこりと微笑んだ。
「今は美香のおかげの万能薬で治ったから、もう大丈夫だよ」
秋人の言葉に美香はうんと泣きそうな顔で小さく頷く。秋人は慌てて言い募った。
「でも、この指輪の信号があると、僕はそんな無茶をしなくても美香のところに 瞬間移動(テレポート) できる。美香がまた攫われたり、攻撃された時に、美香がここを押すだけですぐ駆けつけられる」
「これを私が身につけてたら、秋人くんはこの前みたいなことにはならないってこと?」
「そう」
美香は少し考えるように指輪を見つめた。秋人はもうひと押しだと思った。
「で、学校でも身につけてもらえるように、今度はこっちの反対側を押すとペンダントに変わるんだ」
ちょいと秋人が押すと、指輪は鎖に通された形に変化した。鎖はヒヒイロカネでキラキラと美しい。一見ピンクゴールドだが、希少金属の最高峰だ。
「これなら制服の下に付けられるでしょ?」
秋人の言葉に美香は少ししょっぱい顔をした。秋人は焦った。やばい、ウケてない。
「あ、あとね、もちろん収納魔法もつけたし、当然防御魔法もブローチより強力で長持ちだよ。これで大きな荷物運ばなくてもいいし、元宮の時みたいに車で誘拐されて、車ごと僕が攻撃しても美香は平気だから安全だね」
と秋人が言い募る頃には美香の眉間に深いシワが寄せられていた。美香はこんな多機能な魔道具を聞いたこともない。この前見せてもらった桜子の指輪よりも高機能な気がする。
「秋人くん、これ作るのどれくらいしたの?」
「ん?」
秋人は唐突に口を閉した。美香は秋人の目を覗き込む。
「正直に」
「え、えっと…ほんのちょっとだ…よ?」
「しょうじきに!」
「え、いやあ…いくらだったかなぁ。忘れちゃった!あはは」
「じゃあ要らない」
「あ、待って!3です!3払いました!!」
「単位は?」
「えっと、お…億です」
ぐらりと美香の体が傾いだ。美香の想像よりはるかに高価だった。
「秋人くーん…」
「だって、こんなの大塚さんしか作れないし、大塚さんは人間国宝だからちゃんと払わないと申し訳ないし、薫には値段は絶対に言うなって言われてたんだけど…僕、美香には嘘は吐きたくないから、でもこれを美香が持っていてくれたら僕はすごく安心できるんだ」
しゅんと肩を落とす秋人に、美香は深くため息を吐いた。
端正な顔立ちの美香の彼氏は、ものすごく強い 探索者(シーカー) のはずなのだが、こうしてしょんぼりしている姿にその威厳は欠片もない。迷子の子供のように不安そうな顔を見ていると、美香の胸はキリキリと傷んだ。
「… 結婚指輪(マリッジリング) はなしだからね」
美香の言葉に秋人はぱっと顔を上げた。美香は左手を差し出す。
「嵌めてくれる?」
「はい」
秋人は嬉しそうに微笑んだ。そしてうやうやしく美香の左手薬指に指輪を嵌めた。
美香は秋人の幸せそうなその笑顔を脳裏に刻み込んだ。今度こそ、この笑顔を守ってみせると強く思った。そのためならこの恐ろしい指輪を嵌めるのも吝かではない…はずである。
ちなみに、この指輪は以降「不死鳥の 永遠(エタニティ) 」と呼ばれるようになる。人の手で作り出した最高傑作の魔道具として密かに知れ渡った。