軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23. 契約違反

秋人はとりあえず美香の体をしぶしぶ離した。二人は壁に激突して止まったワゴン車を嫌そうに見つめる。

「あの連中、元宮のこと何か言ってた?」

「 自(・) 主(・) 的(・) に(・) 私を攫って彼に献上するつもりだったみたい」

「なるほど。そういう手段か」

契約では「負けた方が今後美香に自ら関わらない」という言葉を使った。これは、本宮と美香が同学年なので、学校の授業や活動によっては関わらなくてはならないかもしれないということを考慮して「自ら」という言葉を入れたのだ。そこを逆手にとったわけだ。

「情けをかけたのがまずかったか」

秋人はチラリと後方を振り返った。

「あと5分で追いつかれるな」

「誰に?」

美香が尋ねると、秋人は苦笑をこぼす。あの速さで走ってくるということは、おそらく桜子だろう。薫の走力ではまだここまでのスピードは出ない。

「薫と桜子さん」

「怒られる?」

「その前に蹴りをつける」

首都高のど真ん中で車を追いかけたのだ。途中から車がいなくなったから、おそらく薫が後藤に頼んで手配したのだろう。走行中の車は誘導してくれたようだ。なので、現在この辺りは無人である。まだ少し猶予があるはずだ。

秋人は美香を背後に庇いながら、大股に車に近づいた。

車中は地獄の様相だった。シートベルトなどというものをしていなかった連中は、開いたエアバックにうまく当たれず、車の外に放り出されていたり、シートに挟まれて血まみれになっていたりした。

「ひっ」

何とか意識のある男の一人は、秋人を見るなり失禁して、這いずりながら逃げようとした。しかし、その襟首を秋人は容赦無く捕まえる。

「ひいいいいいい」

と情けない声で男が叫んだ。

「ポケット見せて」

秋人は一人一人のジャケットのポケットを探る。

「あった!」

3人目のジャケットから白いイヤホンケースを見つけた。

「はい、美香。お姉さんに返してあげてね」

とそれを手渡す。美香は秋人が自分をどうやって追跡したのかそれで悟って、涙ぐんだ。

姉は暴力を振るわれている間も、美香のことを最大限守ってくれたのだ。

「さて…と。この人でいいか?」

秋人は一番軽傷そうな男の頭を掴んだ。

「ちゃんと答えたら再起不能にはしない」

「ひゃ、ひゃい」

男はガタガタと震えながら答えた。

「元宮からの依頼で工藤美香を攫ってどうするつもりだった?」

「いや、あの…」

「誘拐の主犯で逮捕される?もうすぐ僕のハイパー代理人がくるよ」

秋人は静かに笑みを浮かべている。その目が怖くて男は失神したくなった。

「どうする?」

ん?と秋人が尋ねる。

「元宮の依頼で工藤美香を攫ってそれから?」

「そ、それから、ほ、ホテルに連れて行って…その…」

ちらっと男が美香を見た。その先をさきほど自慢げに吹聴してしまっていたので、今更ごまかせないことはわかっていた。

「私のことを裸にして写真撮って言う事聞かせるって言ってたわ。一番最初に私に手を出すのはスポンサーだって約束もあるって」

美香が冷たく言い放つ。秋人の周囲の空気が一段と低くなったことを感じて男は震え上がった。

「へえ」

目が座っている。

不意に、秋人の表情が変わった。心底どうでもよさそうな無表情である。

「あ、もういいかな。うん。なんかこのまま裁判とかめんどくさい。 絶対零度地獄(コキュートス) で細胞まで粉々にして死体ごと消しちゃおう。僕3S 探索者(シーカー) 様だし、何とかなるよね?」

秋人が美香に問いかける。

「そうね。神崎先生が来る前にさくっとやっちゃいましょう」

と美香が言う。

もちろん二人のお芝居だが、男には本気に見えた。というか、半分くらい秋人は本気だ。男は折れた足をひきずって土下座した。

「すいません。すいません。元宮です。元宮に言われて美香、いや工藤様を攫いました。自主的とかじゃないです。間接的にでしたが頼まれました。恥かかされたから仕返ししてやるって言ってました。薬漬けにして外国に売っぱらうまで言ってました!あいつクズです。俺、いくらでも証言します」

「最初からそう言いなよ」

と秋人は呟き、男の頭に軽く踵を落とした。

あくまでも秋人の加減での軽くだ。男は地面にめり込むように崩れ落ちた。それを見ていた他の男たちは、恐怖に震え上がった。

「なんでも証言します!だから殺さないでください!!」

自分の尿の上に土下座している男たちを、汚物を見る目で秋人が見つめる。一歩そちらに踏み出したその時、

「ストップ、そこまで」

薫が秋人の頭の上に手を置いた。その背後で桜子が若干肩で息をしながら、美香を気遣っていた。流石に成人男性を担いで最速走行はきつい。

美香が体操着なのに気がついて、薫が自分のジャケットを桜子に手渡し、美香に掛けてもらっていた。それを見ていた秋人は、自分の未熟さにちょっと凹む。やはり薫は大人でスマートでかっこいい。

「証言取れた?」

「取れた」

「じゃあ、契約違反だ」

「うん」

秋人が頷く。

「自動判定にしなかったのは学生だし情けをかけたんだけど、ほんとクズに情けをかけるのは、たいがいバカを見るよな」

と薫が嘆き、杖を掲げる。

【 契約の門(カヴェナント) 元宮敬人を違約で訴える】

【判定 是(トゥルー) 】

【契約違反のペナルティーを課す 契約者前へ】

薫の言葉に秋人が一歩前に出る。

【如月秋人、契約違反のペナルティーに、彼に何を求めますか?】

薫が秋人に尋ねる声はいつもと少し響きが違う。誰か別の者が宿っているようだった。

「元宮敬人の足を潰してください」

秋人は淡々と告げた。元々こうすると決めていた。あの男にとってサッカーが上手いということが、アイデンティティーなのは最初から分かっていたからだ。

【了】

どこからともなく声が天上から響いた。無機質で厳かな声だ。

【ペナルティーを完遂しました】

と声はさらに何事でもないように告げた。

聞いていた男たちはぞっとして地面に這いつくばったまま動けない。今のやりとりで元宮が凄惨な罰を受けたことを本能的に理解した。

自分たちが何を敵に回していたのか、ようやく察したのだ。

Sランク 探索者(シーカー) の審議官の弁護士。そのパーティーメンバーは誰だったか…遅まきながら理解した。

「き、如月秋人が高校生だなんて、聞いてない」

震えながら小さく呟く。

「あ、それも口止めしないとね」

ニコリと美しい弁護士が悪魔のような笑顔を向けた。連中は強張って動けなかった。