軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16. 曽祖母とひ孫

結局その後も構築の話は収まらず、なんとレオネアも参加しての盛大な魔力回路構築についての談義となった。漏れ聞こえる会話だけでも一級品である。

弟子に聞かせてやりてえなと大塚が言ったので、秋人は快く了承した。レオネアは守秘義務の件が気になったようだが、以前に薫が魔法を使っていると言うと、安堵した。

神崎薫という人間の価値は分からないが、審議官の価値をレオネアはよく知っている。

伊達にアルデバルダを仕切ってはいないのである。

「じゃあ、この設計でいくぜ」

と大塚が設計図にサインを入れたのが夜中の2時だった。とうに終電は終わっている。秋人は途中でスマホに「まだ帰れない」とメッセージを送っていたので、薫も心配はしていないだろうが。

「泊まっていけ」

という大塚の言葉に二人は甘えることにした。電話の向こうで薫は大塚に

「すいません。お手数お掛けします」

と頼んでいた。

「お前が成人してたら、こっから飲むんだがなぁ」

と大塚が残念そうに呟く。秋人はお酒は飲んだことがないので、ちょっとだけ飲んでみたかった。ちょうど 保護者(かおる) もいない。でも、レオネアが

「ミスター神崎に頼まれてるので、そういうのはダメです」

と厳しく指導したので、秋人は結局またお酒はお預けになった。

「まあ、でも秋人は魔力が強いからアルコールはあまり効かないかもしれないわ」

とのレオネアの言葉にかなりがっかりしたらしい。

「浴びるほど飲めばいいだけさ」

と大塚が笑う。大塚自身もクラフト系のジョブながら魔力が高いので、かなり強い酒を好んでいた。

「飲めるようになったら、真っ先に声かけろよ」

というのが大塚からのエールだった。

秋人とレオネアは客間に案内された。家族と思われたようで同じ部屋である。布団が並べて敷いてあったのでレオネアは愕然としたが、秋人から日本の和風の客間ではこれは普通のスタイルと聞いて、心底ほっとしていた。まさかひ孫とカップル扱いは流石に勘弁してほしいところだ。

しかし、ここで思わぬアクシデントが。レオネアが寝巻きがわりの浴衣の着用方法が分からなかったのだ。秋人も流石に着替えを手伝うわけにいかないので、住み込みの内浜に夜分申し訳なかったが、着替えさせてもらった。

「まあまあ。今度から外国の方用にパジャマを用意しておいた方がよさそうですねえ」

と彼女は苦笑していた。二人は何度も頭を下げた。

並んで眠るのは不思議な感じだった。

つい二ヶ月ほど前には二人は殺し合っていたのだが。そういえば、冬由ともそんな感じだな…と秋人は、自分の因果に若干ため息をつきたくなった。

「普通に平和に暮らしたいだけなんだけどな」

と思わず独り言が漏れた。

縁側が珍しいらしく庭を見ていたレオネアが、思わず振り返った。

「秋人にとって普通ってどんなこと?」

レオネアの問いかけに、秋人は少し考えた。

薫と一緒に暮らし始めた時、秋人は普通の生活というものがよくわかっていなかった。

ただ、「普通に暮らしたい」と漠然と思っていただけだ。

「僕にとっての普通は、朝起きて皆でご飯を食べて、学校や遊びに行ったりして、友達とか彼女とかと楽しく過ごして、勉強したり運動したりして、帰宅してまたみんなでご飯食べて、眠りにつくこと…かな」

「他には?」

「ーんと、そうだなぁ。美味しい物を食べたり、綺麗なものを見たり、素敵だねって笑い合えること」

「そうね」

確かにねとレオネアが頷く。

遠い昔、夫と一瞬だけだったが普通の恋人のように過ごした短い日々を思い出した。

「大好きな人たちがいて、その人たちが脅かされないこと」

「・・・・・」

「なんで、僕たちには難しいんだろうね、レオネアさん」

秋人の声は一見普通に聞こえたが、根底にひどく荒んだものが潜んでいた。レオネアはひっそりと眉を寄せた。

「時々ね…僕は薫や美香のそばにいるのに相応しい存在ではないんじゃないかなって思うことがあるんだ」

布団に転がりながら秋人は片手を上げた。

「僕、たぶんあんまりいい人間じゃないからなぁ」

秋人はため息を吐いた。

「別に、もう誰かを攻撃するのにためらったりしないし、好きな人を守るためならなんでもできると思う。どんなことでもできてしまうような気がする。でも、それってたぶんよくないことだよね?」

秋人の言葉には半ば諦めに近い響きがあった。

どうやっても両親に守られてぬくぬくと生きていた頃の、無垢な自分には戻れないように。この手にはべったりと血がついていて、洗ったくらいでは拭えないように。

時々、秋人は何か叫びたいような気持ちに駆られる。なぜ自分だけがこんな目に?と誰かに問いかけたくなるのだ。自分を憐れんでいるのではない。純粋に、何故?どうして?と答えが欲しくなる。

もしも、その答えに納得できたのなら、時々飛来する孤独感や虚無感も許容出来るはずだ。

レオネアは秋人の横に転がって、同じように天井を眺めた。秋人が抱えている孤独感を、おそらく今この世でただ一人、正確に把握できるのは彼女だけだ。

しかし、レオネアは共感を表したりはしなかった。

何故なら、秋人は自分なんかよりうんとマシな人間だからだ。

「よく聞いてね、秋人。あなたは、あなたが思っているよりずっと善良で、優しい人間よ。少なくても私が見たことある人間の中で、10位以内には余裕で入ってるわ」

レオネアの脳裏にどんなクズ人間が詰まっているのか、若干秋人は心配になった。

「10位はちょっと上過ぎない?」

と秋人が茶化すように笑うと、案外真面目な顔をしたレオネアの視線とぶつかった。

「だいたい、よくない人間はそういうことに危機を感じないものよ。自分勝手に好きなように振る舞って、誰かを犠牲にしても、泣かせても気にならないの。世の中はそういう人間で溢れているの」

かつての自分がそうであったように。

レオネアはそっと秋人の頬に手を添えた。

初対面の時も同じ仕草で秋人の頬に触れたが、あの時と今では全然感じが違っていた。秋人は数度瞬きを繰り返した。優しい空気に心が満たされる。

「あなたの周囲にたまたま善き人が多いだけ。そして、それはすごく幸運なことなのよ」

レオネアは泣きそうな顔で笑った。

「私、初めて神様に感謝したわ。あなたとミスター神崎を出会わせてくれてありがとうって」

そうでなかったなら、この子はどんな地獄を歩むことになっていただろう。恐ろしい想像に、レオネアは身を震わせた。

「いい人があなたを導いてくれていてよかった」

心の底からのレオネアの言葉に、秋人は大きく頷いた。

「うん、そうなんだ。僕、すごくラッキーだったと思ってる」

「そうね」

二人はなぜかそこで笑い合った。

そんなことを面と向かって薫に言ったなら、彼はきっと何やかやと照れ隠しに誤魔化してしまうだろけど。

「おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」

しばらくすると秋人の健康的な寝息が聞こえてきた。

二ヶ月前に殺し合った者同志なのだが、こんな呑気でいいのだろうかと、レオネアは若干心配になった。しかし、彼にとってはおそらくレオネアでさえ敵ではないのだろうと思い直した。

月光かりに端正な寝顔を見つめる。長いまつ毛に縁取られた大きな目は、今は閉じられているが、エファネルと同じ形をしている。きっと彼の母親もそうなのだろう。

「私にも、エファネルにも生まれてきた意味はあったのね」

そう思うと、レオネアの心は今までになかったほど満たされたのだった。