軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14. 人間国宝

翌日は祝日で、秋人、薫、レオネアの3人はとある邸宅の前にいた。立派な日本家屋で、

「サムライの住処ね」

とレオネアが感嘆の声をあげた。いかにも外国人が想像する日本の古き良きお屋敷である。

当夜とマヌエルがいないのは、この屋敷では護衛は不要と言われているからだ。

木造の重厚な門に似つかわしくないカメラ付きインターホンがあり、秋人はそれを気軽に押した。

「こんにちわ。大塚のおじいちゃんいます?」

と何の遠慮もなくインターホンに向かって話しかけると、向こう側から

「ぎゃああああ」

という悲鳴が聞こえた。

「秋人…お前一体、何したの?」

と薫が眉を顰めて秋人に尋ねる。秋人は小首を可愛らしく傾げるだけだった。

師匠が作業部屋に籠っている時は、よほどのことがない限り声をかけてはならない。

それは、人間国宝・大塚幹久の弟子が入門即教え込まれる不文律だ。

しかし、今日は違う。この前、その条件の元に客間であの少年を数時間待たせたことが発覚した時、一番弟子の山本が泣いて許しを請う大騒動に発展したのだ。ましてや、自分のような下っ端ならば言われた通りにするしか道はない。

作業部屋の扉をほんのわずかに開けて、末弟子の幸田は師匠に必死に声をかけた。

「あの、師匠。如月秋人さんが来られてます。お会いしたいそうです」

と何とかかんとか要件を告げると、変化は劇的だった。

「おおおおおお、なんと!もっと早く言わんか!茶菓子は最高級のものを出しておるだろうな!」

「はい。家政婦の内浜さんが作ったおやつを出してます」

「そうか!よしよし!お前はなかなか見込みがあるぞ!」

師匠はぐりぐりと末弟子の頭を撫で、どたばたと作業部屋から駆け出した。

その後ろ姿を呆然と見送り、作業部屋で師匠と作業をしていた弟子の何人かは、深いため息をついた。

「納期の調整がいるな」

前回怒られた山本ががっくりと肩を落とした。

今師匠が作業をしていたのは、防衛省から頼まれている衛星のレーダーに装着する魔石の加工だ。極めて緻密なコントロールが必要なので、ここに回ってきている。しかし、もうこれに関しては師匠の中では、To Doリストから大きく外されたことだろう。

「あの、山本さん。如月さんってあの子が、まさかあの如月秋人なんですか?」

おずおずと幸田が尋ねると、山本は額を抑えて呻く。

「そうだ。そうなんだよ。だって誰も想像しないだろ?天下の3S 探索者(シーカー) が高校生とか」

幸田も愕然とした顔で頷く。

隣に恐ろしいほど美しい男がいたので目立っていなかったが、如月秋人は少女と見間違うほど綺麗な顔立ちの華奢な少年だった。漆黒の髪に大きな瞳が印象的な、10人が10人問われれば「美少年だ」と言うレベルの顔面である。

せめて、もう少し無骨な…いかにも武闘派な見た目の少年だったなら、ワンチャン気がついたかもしれないが。

山本が、手にした工具を箱に戻しながら、幸田に尋ねた。

「今日は何って?」

「不死鳥の魔石を加工して欲しいって」

「あああああああ、だめだ。先生は絶対そっちの作業を優先するううううううううう」

工程管理を任されている先輩弟子が頭を抱えた。ただでさえ、不死鳥の魔石など希少でなかなか手元にこない物な上に、依頼主が秋人である。

「仕方ないよ。あの子、本当にやばいからな」

その横でこちらも古株の兄弟子が天を仰いだ。

「そんなにすごいんですか?」

一応、幸田も噂だけは聞いているのだ。

魔法師としての知識と想像力、独創性が半端ないのだと。

「最初に来た時、師匠が加工に苦戦していた魔石の集約回路を一目見ただけで、コンマ3のずれを指摘したんだ」

山本が遠い目をする。

「ああ、あれ。すごかったですよね。なにげなーく師匠が持ってる魔石回路を見て、『集約回路の右のラインがコンマ3ずれてます。それだとまっすぐ光が通らないのでうまくいきませんよ』…でしたっけ?」

「もうあの時から、如月くんは師匠のアイドルだ」

「アイドル…」

「うん、本人が如月くんの依頼を優先するのは『推し活』だって言ってる」

「ああ、まあ如月秋人ですからねぇ」

世間一般では顔は出ていないが、十分アイドルである。

「顔、出たらもっとアイドルになりそうだけどな」

山本が深くため息をついて、師匠が出て行った扉を見つめた。

あの3S 探索者(シーカー) がアイドル張りのイケメンなどと言おう物なら大騒動だ。

しかし、ここにいる全員そのことを許可なく誰かに話すことはできない。

彼の連れていた弁護士の魔法をくらっているからである。

「なんで、本人だって十分強いはずなのに、パーティーにあんな恐ろしいの連れてるんだよ」

と山本はぼやいた。

世間では「サバ味噌弁護士」とか「霧崎桜子のヒモ」とか侮って嘯く輩もいるが、神崎薫は如月秋人を守るためなら、どんな苦労も厭わない超級の魔法師だ。一度彼の雷を見せてもらったが、泣きそうなレベルだった。

「今回はどれくらい徹夜続くかなぁ」

と山本は遠くを見た。

案内された最高級の客間には、上等の玉露と手作りのどら焼きが出されていた。遠慮なく秋人はそれにぱくつく。

「美味しいです」

と給仕をしてくれた家政婦の内浜に笑顔で感想を述べると、彼女は嬉しそうに目を細めた。

「まあ、ありがとうございます。先生がいつも『秋人がくるから用意しておけ』って言うんですよ。もうちょっと来てあげてくださいね。最近来なくて寂しがってましたよ」

と彼女が言うと、秋人は目を見開き困ったように笑った。

「部活と球技大会の準備で忙しかったんです。ごめんなさい」

と秋人が言うと、家政婦はうんうんと頷く。

「学生さんですものね。忙しいのは仕方ないですわ」

と柔らかい笑顔を浮かべた。

仲の良さそうな二人の会話を薫は神妙な顔で聞いていたが、内心では「どうやら秋人は老女キラーだな」などと益体もないことを考えていた。その反対側でレオネアは出されたおやつを興味深そうに見つめていた。

「黒いのは何?」

「あんこです。小豆を加工したもので、甘くて美味しいですよ」

と薫が説明すると、おそるおそる口に入れる。そのあと、劇的に表情が和らいだ。どうやら気に入ったらしい。

「こんな上品な甘さは初めて味わったわ」

とグルメ評論家のような感想を述べている。薫も一つ手にとって食べた。確かに美味しい。

「市販のどら焼きよりはるかに美味しいです」

とこちらも最大級の賛辞である。

仲良く全員でどら焼きを食べていると、奥からドタドタと誰かが駆けてくる足音が聞こえた。

ばあん

と音を立ててドアが開かれ、いかつい体型の老爺が大きく肩を息を切らしながら現れた。

「まあ、旦那様。そんな慌てて」

「離れにいたからな。待たせたな、秋人」

「こんにちわ。大塚さん。元気そうですね」

秋人は満面の笑みを浮かべた。秋人はこの古風な職人が大好きだった。