軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16. 弱点

秋人を乗せた黒い高級車は、見慣れない低階層の建物に入って行った。

「ん?」

秋人の眉が寄る。

「結界が張ってありますね」

「流石、お分かりですか。ここは色々な魔法の実験をしているところなので、 救世来神教(エルミネイト) などの攻撃や侵入を防ぐために、結界を張っているのです。許可なく入ることはできません」

「・・・・・」

秋人は両手に力をこめた。大丈夫。身体強化は出来ている。簡易結界も張れる。魔力を封じるようなものではなかった。

「ご心配なく。きちんとお返ししますよ」

マヌエルがそう笑うも、秋人はあまり安心できなかった。どうにも、この男を信用する事ができない。

「僕には妹がいたんです」

不意にマヌエルが語り出した。

「3つ下でとても可愛い、繊細で優しい子でした」

秋人は相槌を打つに止めた。彼が何を言いたいのかよく分からなかったからだ。

「ある日、素敵な彼氏ができたと私に話してきました。写真も見せてもらいました。すごくイケメンで優しそうな男でした」

マヌエルの発言は、しかしなぜか内容に反して不穏だった。

「それから数ヶ月して妹は消えました。色々調べた結果その男に連れられて島を出た記録が見つかりました。パスポートを偽造してまで家族に内緒で島を出ることにしたようでした」

「それは…」

「ええ。妹は騙されてましてね。 救世来神教(エルミネイト) の工作員に誘拐されたのです」

マヌエルの握った拳が震えた。

「ようやくの思いで見つけ出した時には、妹は麻薬漬けにされて廃人になってました。彼女は少し特殊な魔法を使える探索者だったので、連中はあの子の遺伝子がほしかったようです。子宮ごともっていったみたいでした」

マヌエルの言葉に秋人はぎょっとして彼の顔を見た。

「散々男の相手をさせられた上に、そんな風に切り刻まれて、さらに麻薬で精神を犯され魔力の供給源として連中のアジトの結界への動力源にされてました」

マヌエルの目が冷たい炎を吹き出していた。

「妹は助け出して1ヶ月で死にました。私のことも、両親のことも最後まで分かりませんでした」

秋人は黙って彼の話を聞いていた。

「ミスター・如月…あなたはそういう目にあった誰かから生み出されたものです」

冷やかな彼の言葉だった。この想いが彼の根底にあったからだろう。秋人はマヌエルからの微かな悪意を敏感に感じ取っていた。

「あなたからしたら理不尽な気持ちかもしれませんが、我々アルデバルダの人間は少なくてもあなたの存在自体が許せるものではないのです」

彼の言葉にしかし秋人は黙って首を振った。

「別にあなた方が僕を嫌おうと、憎もうと僕は気にしておりません」

はっきりと秋人が告げると、初めてマヌエルの表情が動いた。

「は?」

「だって、別に僕が嫌われるの初めてじゃないですしね」

ふっと秋人が笑って見せた。少年とは思えない達観した笑いだった。

「今でこそ普通に高校に行って友達もできて、色々な優しい人に囲まれてますけど、2年前まではドブねずみとか罵られたり、殴る蹴るは日常だったし、お腹減りすぎて万引きしようかなとか毎日考えてたし、たまに学校いっても髪も切ってないし制服もサイズ合ってないしガリガリで風呂も入ってないから臭いしで教室中から毛嫌いされてたし、なんというか悪意には慣れてるんで平気です」

マヌエルは驚いて秋人を見ていた。秋人がそんな生活をしていたなんて知らなかったのだ。

「僕、薫に引き取ってもらうまでは 探索者(シーカー) 連盟の人に騙されて虐待されてました。その人たちは最終的には僕に売春までさせるつもりだったみたいです。薫は僕に内緒にしてますが、顧客リストとかもう作ってましたよ。大人って怖いですね」

にこりと秋人が笑う。そのリストの存在は薫と巌との間だけの秘密のはずだったが、以前に秋人はそれを赤城たちがおもしろおかしく自分に見せたことを覚えていた。当時それが何か秋人はわかっていなかったが、今なら理解できる。反吐が出そうな振る舞いだった。

「僕は、自分はとても幸運だったと思ってます。薫にあの地獄で出会えた。そのことだけで人生勝ち組です。なので、それ以外はぶっちゃけどうでもいいです」

マヌエルは複雑な表情で秋人を見る。一見普通の少年のように見えていた秋人が、想定外に壊れていて驚きを隠せなかった。

「あなたは、さっきの話で僕が傷付けばいいなって思ったかもしれないけど、僕からしたら『ふうん』ってだけです。興味がない人に嫌われようと、憎まれようと気にもならない」

秋人の対応が予想外すぎて、マヌエルは困惑した。ここで怒らせて攻撃させ、正当防衛を主張するつもりだった。

秋人はにっこりと微笑んだ。場違いにもたいそう幸せそうな笑顔だった。

「僕は両親に愛されて生まれてきた。10歳まで大切に育ててもらった。その後、薫にものすごく大事にしてもらってる。それで十分なんです」

「普通の人間は謂れなく嫌われたり憎まれたりしたら傷つくもんなんだよ」

マヌエルが思わず言い訳めいたことを言うと、秋人は苦笑をこぼした。

「そうなんですよね。薫にも先日『理由もなく蔑まれることを受け入れてはいけない』って言われたんですけど…」

秋人は心底困った顔で頭をかいた。

「正直、めんどくさいなぁって思っちゃうんですけど。薫が悲しい顔をするので、薫の前でだけは取り繕うことにしたので、彼の前ではやらないでいただけると助かります」

秋人の返答にマヌエルは頭を抱えた。本当に心底どうでもいいと秋人が思っていることは伝わったからだ。

「君、もうちょっとなんと言うかまともかと思ってた」

マヌエルは薫がいない状態の秋人がここまで違うと思っていなかったのだ。

「まともな訳ないでしょう!」

あははと秋人が笑う。

「僕がどうしてこの年で3S 探索者(シーカー) なのかわかってないなら間抜けだ」

どんと衝撃音がして車の天井が爆ぜた。

「ぐっ」

マヌエルが思わずシートに叩きつけられる。

「僕は別に自分がどんな風に扱われても平気だけど、薫が悲しむから自分を大事にしています。それ以上に薫に対しての悪意を許すつもりはない。あなた方が僕をどうにかしたいと思っているみたいだったから、わざと一緒にきました。けりをつけるために」

走行中の車の屋根が飛んだのだ。ものすごい空気抵抗が生まれ、マヌエルはシートから起き上がることができなかったが、秋人は平然と立ち上がる。

「お話はそれだけ?」

と静かに聞き返すモンスターにマヌエルはぐっと言葉を飲み込んだ。

秋人も既に覚悟を決めた。一時期は自分のこれまでの人生で人を殺したこと、生き物を躊躇なく殺せることに対して怯えや罪悪感のようなものを抱くことも多かったが、今はもうそれはない。

無駄に命を奪ってきたわけではない。楽しみで殺したこともない。必要に迫られての結果だ。そもそも明らかに子供である自分に対して、そのような振る舞いをしてきた連中の方がはるかに罪深いだろう。

もちろん、これからも何の罪咎もない無実の人を殺そうなどと思ったりはしないが、敵と思われる相手には容赦しないことにした。

今更、後悔したところで自分は薫や美香のように美しいものに戻れはしないのだ。