作品タイトル不明
9. 往路3回目
3代目の飛行機はさらに豪華な内装になっていた。もはや空飛ぶ宮殿である。
「キラキラだな」
「うん、目が痛い」
薫の言葉に秋人も素直に頷いた。連行されている少女は終始無言だ。
「お飲み物は?」
と客室係の女性が丁寧に尋ねた。
「何がありますか?」
と秋人が尋ねると
「シャンパン、ウィスキー、ハイボール、チューハイ、ビール、ワイン、ジントニック、紹興酒、大吟醸、いも焼酎、オレンジジュース、リンゴジュース、グレープフルーツジュース、葡萄ジュース、マンゴージュース、トロピカルフルーツジュース、コーラー、レモンスカッシュ、カルピス、ココア、ルイボスティー、烏龍茶、紅茶、コーヒー、ミルクがございます」
言葉と同時に手渡されたパンフレットには錚々たるブランドの酒が並んでいた。薫だってドンペリやロマネ・コンティくらいは知ってる。
「じゃあ山崎25年をロックでお願いしちゃおうかな…」
恐る恐る薫が注文している姿を見て秋人は小さく笑った。
たぶん買おうと思えばダースで買えるくらいの金は持っている筈なのだが、薫は今でも晩酌の缶ビールを発泡酒から生ビールに切り替えたことにびびっている金銭感覚の持ち主なのだ。
「僕は赤の葡萄ジュースでお願いします。君は?何か飲む?」
隣に座っている少女に尋ねるも彼女はツンと横を向いている。
「脱水症状で体調崩して脱走できなかったりしたら、それって君の失態になるんじゃないの?」
秋人の指摘に彼女は憤慨の様子を浮かべるも、言い分には納得したらしい。
「なんでもいい」
ボソリと呟いたので、秋人は
「じゃあ同じものを彼女にも」
と頼んだ。乗務員の女性はにこやかに秋人と少女に葡萄ジュースを手渡す。
「美味しいー」
秋人が楽しそうに飲むのを恨めしそうに見つめた彼女は、仕方なくグラスに口をつけた。
「!!」
思わず声にならない声をあげてしまう。
「美味しいね」
にこりと秋人が微笑むと、少女は気まずそうに俯いた。どう見ても「美味しい」と感じたことがバレてしまう顔だったからだ。
少女はこんなに美味しい飲み物は生まれて初めて飲んだ。大人が飲むような赤ワインの色だったが濃厚で甘ずっぱく爽やかだった。
「僕も初めて果物のジュース飲んだ時はすごく驚いたよ。世の中にはこんな美味しい飲み物があるのかって思ったもん。薫が買い物の帰りに連れて行ってくれたんだ」
「え?」
少女が思わず声を漏らす。如月秋人が神崎薫と暮らし始めたのはまだ2年も経っていないはずだ。
「それまでは、飲み物って水道の水かダンジョンの水かって感じだったからね」
あははと秋人が自嘲気味に笑う。少女は少し戸惑った。如月秋人は親元で愛されて贅沢な暮らしをしていると聞いていたのだ。
山崎をちびちび飲んでいた薫が不機嫌そうに唸る。
「赤城が生きてたら絶対に 雷神の雷鎚(トールハンマー) の餌食にしてやったのに」
ぶちぶち言い出したので、秋人は肩をすくめた。
「ねえ、君はもうずっと 救世来神教(エルミネイト) にいるの?」
秋人が尋ねると少女は呆れたように顔を歪めた。
「何を当たり前のことを」
「何歳?」
「は?」
「いや、女性に年齢を聞くのは失礼なのはわかってるけど、秋人の妹ってことなら年齢くらいは確認しておくべきかなと」
薫の言葉に少女は「はん」と鼻で笑った。
「12歳!」
「おお、12歳なんだ!歳の割に大人だね」
「お前ら日本人みたいに平和ボケしてないだけだ」
少女が口角を上げて侮蔑の表情を浮かべた。
「その顔でその表情されると地味に凹むな。秋人に嘲笑されてる気分」
薫が悲しそうに眉を寄せた。
「いつから戦闘員ってのをやってるの?」
「8歳だ」
「もう4年も?みんなそんな感じ?」
「まさか!」
少女がひどく心外という表情を浮かべた。
「私たちはナンバー付きのエリートだ。普通はこんな戦闘員なんて10歳で終わる。次は特務隊の隊長クラス、私の能力なら本当は幹部候補生として作戦立案や参謀隊に入れるはずなのに、お前らの所為で」
少女が秋人を射殺せそうな目で睨んだ。
「なんで戦闘員をやめたいの?」
薫が柔らかく尋ねた。不意打ちの笑顔に少女は一瞬言葉に詰まる。
「だって…」
「だって?」
「だって殺さなくてもいいから」
思わず本音が漏れた。
「生き物を殺すのは好きじゃないんだ」
少女は小さく呟く。秋人の目が動揺に揺れた。
「そっか…」
薫が静かに頷いた。だがもう少女はそれ以上何も話そうとはしなかった。
とある島に近づいた折、飛行機が着陸体制に入った。シートベルト着用のランプが点灯する。
「やっとだな」
と薫が呻く。
「長い道のりだったね」
秋人もため息混じりに呟いた。
微かな揺れの元、飛行機が空港に静かに着陸した。
『 探索者(シーカー) 連盟(ギルド) 本部、アルデバルダへようこそ』
と手前のモニターに文字が浮かんだ。
「アルデバルダ? 聞いたことない名前だな」
薫が首を捻った。
「それは仕方ありませんわ。この名前はこの島の中でしか通用しませんもの」
客室乗務員の女性が苦笑を浮かべて教えてくれた。
「あ、じゃあやっぱり移動する島にあるって本当なんですか?」
と秋人が尋ねると、彼女は婀娜っぽい笑顔を浮かべて秋人の唇の前に指を立てた。
「ひ・み・つ」
とウインクまでついてきたので、薫は天を仰いで
「教育的指導」
と言い渡した。客室乗務員の女性は今度は声を上げて笑った。
空港のロビーに出ると一人の青年が立っていた。
「ようこそ、ミスター神崎、ミスター如月。遠路はるばるお手数おかけしました。私は 探索者(シーカー) 連盟(ギルド) 本部職員、総裁第一秘書のマヌエル・エヴァンスタインです。よろしく」
にこやかに握手をかわして彼は駐車場へと案内を開始した。
「こちらの少女がフランスで逮捕したという子ですか?」
マヌエルの指摘に薫が頷く。
「ええ。すいません。フランスで預かってくれなくて」
薫が心底困ったという顔をするので、秋人は「すごい」と心の中で拍手を送っていた。当然、秋人は薫が元々彼女を連れ帰るつもりだったことは知っている。
「ですが、子供で女性です。手荒なマネはしたくないので、できるだけ普通の扱いでお願いします。 探索者(シーカー) としての能力はこちらのアイテムで封印してあるので、ただの無力なお子様ですから」
という薫の言葉に少女がぎりぎりと歯軋りした。
「心得ました。それに、少々こちらも聞きたいことがございますので、ちょうどよかった」
マヌエルは冷たく呟くと、迎えの高級セダンに乗り込んだ。