作品タイトル不明
3. 緊急着陸
『大変申し訳ございません』
薫のデバイスにまた総裁からの直電が入ってきた。
「いえいえ。今度は事故なのでお気になさらず」
『そう言われると、逆に胸が痛みます』
デバイスの向こうからは悲痛な声が盛れた。どうやら飛行機のエンジンと計器に細工した人間がいたらしい。犯人はもう判明しているようだが、またも手痛い失態である。
『犯人は捕まえましたので、こっちに来たら煮るなり焼くなり好きにしてください』
などと恐ろしい事を言いだしたので、薫は苦笑した。
「すいません、私は弁護士なので、法的にそれはちょっと…」
『あ、そうですね。そうでした』
総裁は恐る恐る薫に尋ねた。
『あの…土下座は…』
「今回はあくまでも過失なので、しなくていいです」
と薫が返事したので、総裁は心の底から安堵の息をこぼした。
飛行機は緊急着陸してフランスの空港に止まった。
当初一機凍ったエンジンで出現したプライベートジェットに、空港の管制は度肝を抜かれたらしい。受け入れるか否かで多少揉めたが、人道的にノーとは言えない状況だった。
空港の滑走路付近では消防車が待機していたが、問題なく着陸した。機長の腕は確かなようだった。
「お見事!」
と薫が拍手する。秋人もそれに倣った。
「ミスター神崎、どうもありがとうございました。あんなすごい魔法は初めて見ました!さすがSランク 探索者(シーカー) ですね!」
着陸してからしばらくして機長が涙目でやってきた。
「あ、いえ。あの魔法は秋人がやったんですよ」
と薫が言うと機長はマジマジと秋人を見た。どうやら、秋人があの「如月秋人」だとは認識していなかったらしい。
「え?え?」
困惑中である。
「いや、確かに『如月秋人』って聞いてたんですが、てっきり本人じゃなくてご子息だと思ってました」
「ああ、隠し子説!」
ぽんと秋人が手を打つ。機長はうんうんと頷いた。
「何?その隠し子説って?」
と薫が尋ねたので、秋人は智樹から聞いた『秋人隠し子説』の説明をした。
「マジか」
絶句している薫はどうやらこの噂話は知らなかったらしい。それなりに辻褄が合ってるところを思うと、もしかしたらギルドの工作かもしれないなと薫は思った。
「失礼いたしました。ミスター如月、我々の命と機を救っていただきまして、誠にありがとうございました」
機長は気を取り直して秋人に向かって丁寧な礼をとった。秋人は照れくさそうに頭を掻いている。
しかし、問題はここからの移動手段である。
もちろんこの機は使えない。修理するにしても時間がかかるし、安全性にも問題がありすぎた。
「大至急代替えの機をまわしますので、しばらくこちらのホテルに滞在していただけますか?」
と薫と秋人は案内された。
もちろん、滞在に関しては全面的に 探索者(シーカー) 連盟本部のバックアップを約束してくれたし、入国手続きも問題なく済まされた。その上、ホテルにはフランスの 探索者(シーカー) 連盟のギルドマスターが面会にやってきた。
「どうも、初めまして。ムッシュ神崎。お噂はかねがね。 探索者(シーカー) ギルドフランス支部マスターのレオ・ローランです」
薫もにこやかに挨拶をかわす。流石にフランス語までは喋れないが、相手はちゃんと英語で話しかけてくれたので助かった。
「滞在は二日を予定されているとのことですが、どこかご案内いたしましょうか?」
とやたらと低姿勢だ。
現在、フランスにはSランクの 探索者(シーカー) がいない。何かあった時用に恩を売っておきたいのだろう。薫は傍の少年に尋ねた。
「どこか観光にでも行くか?」
ギルドマスターはその時初めて、薫の横に少年が立っていることに気がついた。
「お連れの方ですか?」
「はい」
誰とは言わない。せっかく分かってないのだから誤魔化すことにしようと薫たちは決めたので、秋人は例のメガネと魔力が分からないようにブレスレットを着用していたので、ギルドマスターにはただの少年に見えた筈だ。
彼もまた、あの最もらしい「如月秋人の隠し子」と認識したのである。
結局案内は断ったが、秋人の希望でルーブル美術館を見に行くことになった。
「わあ、すごいや」
ルーブルを前にして、秋人が歓声をあげる。
「美香も連れてきてあげたかったなぁ」
と秋人が残念そうに呟いた。
「そうだなぁ。 瞬間移動(テレポート) できるほどは覚えられそうにもないしなぁ」
と薫がのんびり答えたが、秋人はぽんと手を打った。
瞬間移動の魔法は魔力の型か正確に覚えている場所へのジャンプが基本だ。通常一回行った程度の場所では難しい。
「あ、そっか。その手があったか」
と秋人が言い出してルーブルの外壁に小さな魔法剣で何やら模様を彫った。
「おいおい」
「大丈夫。ほんの些細な細工だから。よほどの腕利の 探索者(シーカー) でも見つけられないって」
というので、薫は見なかったことにした。
「この模様は僕の魔力の型を刻んでるから、日本からでも跳べると思う」
と秋人は何でもないことのように話しているが、おそらく後藤や康子あたりに話したら、頭を抱えるだろうなということは、薫でも察せられた。
ルーブル美術館は秋人が行ったことがあるどの美術館よりも広く、作品もたくさんあった。有名な絵画から奇妙な作品まであらゆるものが展示されている。
「すごいねぇ」
とため息をつく秋人に、薫は嬉しそうに頷いた。しかし、秋人は知っている。薫がまったくこれっぽっちも絵画的な物にも彫刻的なものにも興味がないことを。
「ごめんね、薫。あんまり面白くないでしょ?」
「いや、そんな事はないよ。流石にモナリザくらいは知ってるしな。桜子さんとか当夜にいい土産話が出来た」
と薫は小さく笑った。
秋人は薫に付き合ってもらうつもりはなかったのだが、その場合薫を一人ホテルに残すことになる。護衛の関係でそれは不味かろうということで同行することになったのだ。
やはり当夜についてきて貰えばよかったと秋人は後悔した。
「まあ、でも流石に疲れたな。どこかでお茶でもするか」
「そうだね」
美術館を出て二人でフラフラ歩いて適当なカフェに入った。席は空いてるし、時間も問題なかったのだが、アジア人二人連れに気取った店員はいい顔をしなかった。
「わあ、これが噂の差別ってやつか!口コミ評価につけることにしよう」
と秋人がフランス語で呟くと、案内係はぎょっとして言葉に詰まった。フランス語を理解しているとは思っていなかったのだ。
その後、支配人らしい人が出てきて慌てていい席を用意してくれると言ったが、二人は断って店を出た。
秋人的には自分だけならともかく、薫に対しての態度にむかついていたのでの所業だったが、薫はこの前の秋人への忠告が効いていると思ったので、嬉しかった。
「それにしても、秋人はフランス語をいつのまに習得したの?」
と薫が尋ねると昨日ホテルでざっと覚えたというではないか。薫はつくづく養い子の才能に感心した。
「はー、もつべきは記憶力のいい家族だな」
との薫の言葉に、秋人は嬉しそうに微笑んだ。
「お待ちください、お二方」
と不意に背後から声を掛けられた。秋人は気がついていたが、薫はまったく無警戒だ。
「休憩でしたらよい店をご案内させていただきますよ」
とニコリとわらう赤毛の女性が立っていた。
「レア・ルフェーヴル、Aランク 探索者(シーカー) です」
彼女はそう日本語で名乗った。