作品タイトル不明
4. レア・ルフェーヴル
レアによる案内で二人はおしゃれなカフェで美味しいお茶にありつくことができた。
「薫、これすっごく美味しい」
目をキラキラさせて秋人が感嘆の声をあげた。どこにでもある焼き菓子のように見えたが、薫も目を見張る美味しさだった。
「はー、何が違うんだろうな。やっぱり本場だなあ」
と薫が感心したように呟いた。マドレーヌ、フィナンシェ、マカロンなど東京でも当たり前に美味しい店が山ほどあるのだが、どこか風味が違っていた。
「褒めてもらって嬉しいわ。この店はフランスで一番の菓子職人が臨時で切り盛りしてるの。因みに私の祖父ね」
赤毛の美女のウインクだったが、二人は焼き菓子に夢中である。レアは肩を竦めた。正直ここまで「女性」として意識されないのは屈辱を通り越していっそ清々しい。
レアは日本のアニメが大好きな典型的フランス人の日本オタクだ。なので、この二人の会話もある程度理解できた。二人とも完全にレアのことを忘れているようだった。
「ところで、何かご用ですか?マドモアゼル」
薫が唐突に切り出したので、レアは少し慌てた。すっかり二人して菓子トークに勤しんでいたと思ったのだが、いつの間にか皿の上が空っぽになっており、連れの少年は携帯を弄っていた。
「実はダンジョンの攻略を手伝って欲しいの」
レアは単刀直入に切り出した。
「もちろん、臨時のパーティーを組んでもらうことにはなるけど、報酬もしっかり払います。うちのリーダーが怪我で動けないんだけど、依頼はまだ生きてて…」
彼女たちのパーティーは男リーダー、女3人という編成だったが、現在肝心のリーダーが怪我で入院しており開店休業状態だ。
「依頼はパリ第一ダンジョンの間引きなんです。ここ最近ちょっと活性化していて閉じるところまではいかなくてもいいけど、できればダンジョンボスを一度叩きたい」
レアの話を薫は無言で聞いていたが、薫は首を捻った。
「しかし、ダンジョン閉鎖ではなく間引きというなら、他の二名と一緒に攻略されては?」
との薫の言葉にレアは肩を落とした。
「それが、その…お恥ずかしい話なのですが、残りの二人はリーダーの看病をするといって病院を動かず。このまま依頼不成立になると、うちのパーティーの信用にも関わるからと言っているのですが、だったらお前が何とかしろと騒がれた次第でして。途方に暮れていたら、たまたま貴方が通りかかって。かなりのランクの魔力だと推察しました。ぜひ手伝っていただきたいのです」
「はあ…」
関わり合いになるのは微妙な案件である。薫が断ろうとした時、スマホを見ていた秋人が動きを止めた。
「パリ第一ダンジョンってもしかしてルーブルの近くですか?」
「そうです」
「ああ、拙いな…」
秋人が眉を顰めた。
「どうした?」
「うん、あと三日くらいでダンジョンブレイクしそう」
秋人の言葉にレアは顔色を変えた。
「ちょ、いい加減なこと言わないで!」
「…別に信じなくてもいいけど」
そっけない返事にレアは返って真実味を感じてしまった。
こんな街中でダンジョンブレイクが起これば万の死者が出る。討伐を依頼されていたレアのパーティーは、おそらくスケープゴートとして世論や政府に糾弾されるだろう。
「私たちは今回飛行機のトラブルで足止めをくらっている最中でして、明後日には出発する予定です」
薫の言葉にレアは俯く。テーブルの上で揃えていた手が震えた。今更依頼を断ることもできやしない。お先真っ暗だ。
秋人はそんなレアの様子を見ながら、薫に視線を移す。
「薫…僕、春になったらルーブルに美香と来たい」
秋人の言葉に薫は深いため息を吐いた。神崎家のリーダーは基本的には薫だが、意思決定のアドバンテージは秋人の意向が反映されることが多いのだ。
「マドモアゼル、パリ第一ダンジョンがルーブルの近くでラッキーでしたね」
その言葉の意味をレアが知るのは、それから三時間後になる。
レアは薫と秋人と連れ立ってパリ第一ダンジョンに向かった。そこで、少年が呪文を唱えると、パリ第一ダンジョンの3D模型が空中に展開された。
「24階層。Dランク。Cになりかけ。これなら1日かからないね」
と少年が事もなげに言うのにも驚いたが、青年の方も
「そうだな。まあ何とか半日でいけるだろ」
と平然と肯定したのだ。レアは恐る恐る青年に尋ねた。
「これ、もしかしてパリ第一ダンジョンの地図なの?」
「そうですよ」
薫が短く肯定しながら、徐に 探索者(シーカー) ギルドフランス支部のギルドマスターに電話をかけた。
「…と言うわけで、今からパリ第一ダンジョンを攻略します。閉鎖はしない方がいいですか?」
『あ、いえ。ムッシュ神崎、そのダンジョンブレイクというのは確かですか?』
「はい、確かです。捜査員を派遣してくださってもいいですが、我々は明後日には出発しますので、チャンスは今だけです」
容赦ない薫の言葉にギルドマスターはため息を吐いた。
『あまりにもダンジョンのレベルが進化していたら諦めますが、可能でしたら閉鎖はなしでお願いいたします。報酬はこちらで支払います』
と言うしかなかった。
『同行者は?』
「フランス人の 探索者(シーカー) レア・ルフェーブルさんと私の連れです」
と薫はにこやかに告げた。
それから、パリ第一ダンジョンの入場ゲートでレアはまたも度肝を抜かれた。
薫が翳したカードが金色だったことにレアはもちろん驚嘆した。魔力の量の多さは把握していたが、Sランクだとは思っていなかったのだ。なんというかこの青年には強者が持っている覇気のようなものがまるでないのだ。
しかし、レア本当に驚いたのは少年がカードを翳したときだった。
「え?」
まだティーンにしか見えない彼が、ゲートに照合したギルドカードも金色だったのだ。
「ムッシュ神崎、彼は一体…」
レアの言葉に、しかし薫はにこりと微笑んだ。
「我々について干渉も推測も他言もなしというお約束でしたよね?」
薫に掛けられた魔法にレアはこの時すでに縛られている。魔法契約の一種だという説明だったが、レアが知るどんな魔法契約よりも強固だった。
不意に薫のデバイスに着信音が響いた。フランス支部のギルドマスターからだ。
『ムッシュ神崎、お連れの方の氏名が如月秋人となってランクがSって出ているのですが、あの如月秋人なのですか?』
どうやらゲートに照会された情報を速攻で確認していたようである。
「そうですよ。あの如月秋人です」
と薫は平然と返したが、ギルドマスターは絶句した。薫の傍にいたのはミドルティーンの少年だったはずだ。
『も、ものすごく童顔ですね…』
何とか自分の常識に折り合いを付けようとするギルマスに、薫は少々同情した。
「年相応ですよ。15歳なんで」
と薫が答えると、秋人は不機嫌に訂正をした。
「薫!僕もう16歳だよ」
「あ、そうだった」
レアとギルマスは場所は違っていたが、同時に呟いた。
「『嘘でしょう』」と。