作品タイトル不明
2. 往路2回目
『大変申し訳なかった』
探索者(シーカー) 連盟本部総裁から直電が入ってきたのは、自宅に 瞬間移動(テレポート) した薫と秋人がギルドに連絡して不法入国を帳消しにしてもらう手続きを済ませた後だった。
手続きと報告がてら 探索者(シーカー) ギルド日本支部の後藤の部屋でお茶をしていた時のことだった。
薫の外国からでも簡単に繋がるデバイスに掛かってきたのだ。
「あ、いえ。お気になさらず。一応お招きに応じて一度は出向きましたので、もうこれで終わりって事でいいですよね?」
と薫が機嫌良く返事をしていると、スピーカー通話を傍で聞いていた後藤は青い顔で額を抑えて俯いた。
こうなった薫を翻意させられる人間は、薫の隣に所在無げに座っている少年しかいない。そして、今回の薫のこの反応の原因が少年である以上、翻意はありえない。
『ミスター神崎、こちらの無礼は平に謝ります。何ならいらっしゃった折にジャパニーズ土下座しても構いませんから、もう一度こちらの招待に応じていただけませんか?』
「ああ、ご存知ない?土下座ってまったく意味ないんですよ。パフォーマンスですよね。こんなに謝ってるんだから許してくださいっていう」
『…すいません。二度と言いませんからそんなに怒らないでください』
薫の返事に電話のあっちとこっちの偉いさんが頭を抱えていた。
「そちらにそういう一派がいるということが、分かっただけで十分目的達成しました。あ、そこ 救世来神教(エルミネイト) のスパイがいるので、うちとのラインは閉じましたのであしからず」
地下のPCのネットワークはすでに断絶済である。総裁が息を呑んだのが分かる。物理的にも距離を置くとの宣言だ。
『ミスター後藤、すいません。本当に申し訳ないのですが、なんとかなりませんか?』
スピーカーで会話していたので、総裁は後藤に泣きついた。
「すいません、ミスター・ブラフォード。私には荷が重いです」
後藤が即答した。先方が弱り果てているところ、横から美麗な声が割り込んできた。
『ミスター・如月、そこにいますね?』
秋人が無言で首を傾げた。
『こちらの人員があなたに向けた態度は大変非常識、かつ非礼で非人道的なものでした。深くお詫び申し上げます』
女性の美しい声だった。どこか秋人の脳裏には懐かしいと思えるものだった。
『私はあなたのお母様の血縁関係にあるものです。あなたの顔を直接見たいの。会いにきていただけないかしら』
秋人の感覚を補強するような言葉を繰り出された。秋人はチラリと薫の顔を見る。薫は少し間を置いた。
「今度ああいう態度があったら、あなたが皆の前で秋人に土下座していただけますか?」
薫の言葉に総裁周辺がぎょっとしたのが分かった。どうやらこの女性は大変身分の高い人らしい。
『もちろんですわ。神崎先生。なんでしたら今、契約してもかまいません』
相手は躊躇わずに答えた。
先ほど薫が言ったように土下座には意味がない。だが、たまに意味がある場合もある。
薫は次に何かあったら、最高責任者であるお前が皆の前で秋人にひざまづいて詫びを入れろと言ったのだ。秋人の身分をお前が保証するなら行ってやるという宣言だ。
『お迎えを差し向けます』
との言葉に薫は了承を告げた。
二度目のチャーター機への搭乗は慣れたものだった。秋人も薫もさらに身軽だ。
「どうぞ」
一度目よりさらに丁寧に扱われて、プライベートジェットの中に招かれた。
「グレードアップしてる」
秋人がなかば呆れて呟くのも頷けた。
内装が一度目とは桁違いだった。一度目はまだ辛うじて飛行機の体を成していたが、二度目はもはや応接間である。
「シートがこんなフカフカでシートベルトの意味あるのかね」
と薫も半ば呆れ顔だ。
「なんか、ホテルみたいだね」
「うん。あるとこにはあるもんだな」
と二人は感心して眺めているが、おそらくこの二人の財力を知っている人からすると、巫山戯るなという話だろう。
「機長のジョージ・ヨコヤマです」
制服のダンディーな日系の男性が挨拶をしにきた。どうやら、今回はきちんと全員紹介してくれるらしい。
他のスタッフも全て挨拶を交わす。全部で10名だった。客室乗務員の女性はにこやかで秋人にも親切に振る舞っている。
「お飲み物はいかがしましょう?」
「何がありますか?」
という一度目と同じ質問が始まったが、
「シャンパン、ウィスキー、ハイボール、ビール、ワイン、オレンジジュース、リンゴジュース、葡萄ジュース、コーラー、レモンスカッシュ、ルイボスティー、烏龍茶、紅茶、コーヒー、ミルクがございます」
と種類が増えていた。
「うーん、じゃあシャンパンで」
と薫が言うと細長いグラスに金色の液体が注がれた。
「あ、僕はオレンジジュースで」
と秋人が告げると氷の入ったグラスに100%のオレンジジュースが注がれる。
「美味しい」
秋人は基本的には飲み物はあまり甘いものを好まない。ジュース系は100%飲料が好きだった。
「リンゴジュースも葡萄ジュースも全部100%ですので、またご注文ください」
女性はにこやかに秋人に声を掛けた。薫は秋人の好みを先方が把握していることを察して、今度は絶対に失敗しないぞというあちらの気合いを感じた。
しばらくは平穏なフライトが続いた。
映画やネット動画も見放題だし、横になって寝ることも可能である。秋人など座っているのに早々に飽きてしまって、ふかふかの寝台でゴロゴロしていた。
そうこうしているうちに夜になったので、薫もそろそろ寝ようかと思った時だった。
「ねえ、薫」
窓の外を見つめていた秋人が声を掛けた。
「どうした?」
「うん…」
躊躇いながら秋人が窓の外を指さす。
「僕、今回の飛行機で3回目なんだけどさ」
「前回を1回分にカウントするかは微妙だがな」
「まあね」
薫がまぜっ返すと秋人は苦笑を浮かべる。しかし、
「まあ、どっちでもいいんだけどさ。僕の記憶ではあれってエンジンだったと思うんだけど、火が点いてるのはあってるの?」
指差しながらそんなことを言い出した。薫は慌てて窓の外を見る。確かに左のエンジンが燃えてる。
「ワオ」
似非外国人のような反応をしてしまった。慌てず、薫は内線でコックピットに連絡をいれた。
「どうなさいました?ミスター神崎」
のんびりした機長の返事に薫は首を傾げた。
「あの、左のエンジンから火が出てますが、あれって通常運転ですか?」
「は?」
機長が真抜けた返事を返す。
「大変です!機長!エンジンが!左の!!」
どうやら副機長が気がついたらしい。
「バカな!計器は何の反応もしてないのに!」
と機長が内線を放り出して叫んだ。薫は思わず受話器から耳を遠ざける。
「燃えてるって」
振り返って秋人に告げると、秋人は
「やっぱりそうなんだ」
と微妙な顔をした。二人は腕を組んで顔を見合わせた。
「全員 瞬間移動(テレポート) で運べるかな?」
「うーん…ここダンジョンじゃないしなぁ。自力魔法だけしか使えないから、自宅まで跳ぶとして、僕は自分を入れて7人くらいなら」
「俺は自分入れて3、4人かぁ。まあギリギリだな」
二人がそんな話をしていると、控えていた客室乗務員が飛び込んできた。
「お客様、シートベルトと安全装置のご説明をいたします、きゃあ」
飛行機が大きく傾いた。薫が慌てて女性を抱き止めた。パニックになりかけていた女性に薫はニコリと笑って見せた。彼女の頬がいっきに赤く染まり、パニックは未発に終わった。秋人は素直に感心した。薫の顔の使い方としては、極めて真っ当である。
「あれ、爆発するとやばいよね?」
「うん」
秋人は薫に確認をとり、薫も頷いた。なので、秋人はできるだけのことをすることにした。移動するにしても今爆発されると困るのだ。
【 氷結魔法(フリージング) 】
秋人が唱えると、燃え盛っていたエンジンが凍りついた。ぎょっとして女性が秋人を見る。
「燃料を切ってないジェットエンジンを凍らせられるのですか?」
どうやら魔法の素養がある女性のようだった。
「あれくらいの出力なら大丈夫です」
秋人は平然と答えた。もっと強い火力の元を凍らせたこともあるのだ。3S 探索者(シーカー) は伊達ではないのである。
「この機はエンジンが3機あるんです。1つダメになっても飛べます。よかった」
女性は胸を撫で下ろした。
「機長に報告してきます!」
彼女は飛ぶように駆け出して行った。
「 瞬間移動(テレポート) しなくて良さそうだな」
薫の言葉に秋人は頷いた。