作品タイトル不明
19. 誕生日
結局、龍玉はそのまま薫の保管となった。
救世来神教(エルミネイト) が狙っているものだから、本来は神崎家の最強戦力である秋人が保管するべきかもしれないが、秋人自身も狙われている以上リスクは分散しようという結論になった。
AIの四季のアドバイスも大きかった。初めて見る四季に秋人は感動したようだった。
「この人が僕のおじいちゃん?」
「そうだな」
秋人は素直に四季の指示を受け入れた。多少それが薫には面白くなかったが、仕方ないことである。
さて、こうして神崎家の2月は終わろうとしていたが、最大イベントが残っていた。
秋人の誕生日である。
「当日は 工藤さん(かのじょ) と過ごすか?」
と薫が聞くと、秋人は無言で首を振った。
「じゃあ、うちでクリスマスみたいに招待するか?」
と聞くも、秋人は少し躊躇ってから
「薫と二人がいい」
と言った。
実は去年薫は秋人の誕生日をスルーしてしまった。自分の誕生日を祝う習慣がなかったのですっかり忘れていたのだ。高校入学の書類を見ていて気がついて、薫は真っ青になって秋人に謝った。
「来年は絶対にちゃんとお祝いしような」
と約束したのだ。そのことを秋人は覚えていたのだろう。
「わかった」
と薫は小さく頷いた。
当日は平日だったので秋人が家に帰ってきたら、既にキッチンに薫が立っていた。
「ありゃ。もう少し準備に時間がかかるんだが…」
「いいよ、待ってる」
秋人は笑って着替えに自室に向かった。その後、ダイニングの椅子に座って待っているように薫に言われた。
「今日は秋人が主役だから手伝いは不要」
という訳だ。
秋人は薫が唐揚げをあげている後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
もう何年もこうして過ごしたような気がするが、二人で暮らしてまだ二年も経っていないのだ。自分たちは 探索者(シーカー) で、普通の人たちよりも命の危険と隣り合わせだ。その上、 救世来神教(エルミネイト) という狂信者にまで狙われている。
秋人は薫が大切だ。何よりも。誰よりも。こればっかりは美香には口が避けても言えないが、秋人はおそらく薫がもしも自分から失われたら正気ではいられないだろう。
「お待たせ」
と薫が笑って唐揚げを盛り付けた大皿をテーブルに載せた。すごい量である。
「今日は当夜と桜子さんは?」
と秋人が聞くと
「適当に外食」
との簡潔な返事。申し訳ない気持ちになったが、秋人は今日だけは我儘を通させてもらうつもりだ。
「じゃじゃーん」
と薫が効果音付きで冷蔵庫からケーキを取り出した。
「わあ、綺麗」
「そうだろう、そうだろう」
フルーツがたっぷり乗ったバースデーケーキだ。色とりどりで華やかである。
「それじゃ、お祝いだな。秋人、16歳おめでとう」
「ありがとう」
薫が目を細めて笑う。
秋人が大好きな薫の気の抜けた笑顔だ。外では滅多にしない。こんな表情を他人に見せたら大変なことになると薫は知っているからだ。柔らかく、自然な本来の薫の優しい気性がよく表れている。
秋人は泣きそうになったのを堪えた。
これがおそらく薫の笑顔を見る最後になるだろう。
「俺からプレゼント。開けてみて」
封筒を一つ薫が差し出した。秋人は黙って受け取り中を開く。中には紙が入っていた。
「声に出して読んで」
と薫が言うので、秋人は素直にそこに書かれた文章を読んだ。
「私、如月秋人は成人するまでの期間、神崎薫の元を自ら離れることはしません」
読んだ瞬間、その場に魔力の網が構築された。
「え?まさか!?」
【契約成立】
と宣言が結ばれる。
慌てて秋人は自分が読み上げた紙を確かめた。裏面にさきほどまで見えなかった魔法式が小さな文字でびっしりと刻まれている。
「 契約の門(カヴェナント) を文字に起こすとそんな感じになるんだなぁ、これが」
薫はニヤリと笑った。秋人は呆然とその紙を見つめた。
「魔法の開発は自分の専売特許だと思っていただろう」
薫の言葉に秋人は言葉も出ない。
「魔力なんかこれっぽっちも感じなかった」
「そうだよ。苦労したんだ」
「発動も全然分からなかった」
「封筒を開けると同時に発動するようにセットしたんだ。大変だったんだからな」
「僕は…この契約は守れない!!」
秋人は今日を最後に薫の元を離れるつもりだった。 探索者(シーカー) としてなら、どこでも生きていける。もうこれ以上薫に迷惑をかけたくなかった。
薫に死んでほしくなかった。
桜子と幸せな家庭を築いて欲しかった。
今もってる全ての生活を捨てても薫を守りたかった。
探索者(シーカー) であるだけならまだ良かった。未成年のうちは秋人の面倒を見るという薫の意志の元、彼が 探索者(シーカー) として一緒に過ごしてくれるのは許容範囲だった。
でも、 救世来神教(エルミネイト) と龍神族の問題はだめだ。とても巻き込んでいい範囲ではない。人外の自分がこれ以上薫の人生を消費していい筈がない。
一人で 救世来神教(エルミネイト) に対抗するつもりだった。
そうして幸運にも全てを終わらせることができたら、帰ってくるつもりだった。
しかし、そんな秋人の決意などお見通しだった薫は容赦しなかった。
「そうか…残念だな。それだと、俺は明日には死んじゃうんだな」
「は?」
薫はしごく柔らかい笑顔を浮かべてそんなことを言うので、秋人は凍りついた。
「え?まさか!これ」
慌てて先ほどの契約書を見るが、何が書いてあるのかさっぱり分からない。
「私、如月秋人は成人するまでの期間、神崎薫の元を自ら離れることはしません」
薫はそこに書かれている細かな文字を形の良い指で指し示す。
「もしも、契約が履行されなければ、神崎薫の命をもって清算します。って書いてあるんだよ」
「なんでそんなことを!!!」
秋人の悲痛な声がキッチンに響いた。
「だって、秋人出て行くつもりだったでしょ」
薫の声が静かに響いた。秋人はただ薫の美しい表情を見つめる。
「なんで…」
準備など何もしていない。そんなことをしたらバレるのはわかっていた。別にクレジットカードさえあればどこでも生きていける。 探索者(シーカー) としての仕事をちゃんとするからと言えば、後藤だって自分の味方につくはずだ。そう思ったから気づかれるリスクは避けた。それなのに…
「俺の元にまず初めに後藤さんから電話がかかってきた。『秋人くんから問い合わせがあった。未成年でも仕事を一人で受けられるかって。何か喧嘩でもしたのか?』って」
「裏切り者ぉ」
秋人が唸り声をあげる。
「次に智樹くんから連絡がきた。『ご結婚されるんですか?でも追い出すのはどうかと思います』って。酷い誤解だ」
「と、智樹のばか…」
確かにちょっとだけお別れのつもりで挨拶はした。いつもと変わらない顔で聞いてたじゃないか。
「桜子さんと当夜からは責められた。いくら反抗期でももうちょっと歩み寄れないのかって。俺、何も悪くないのにすっかり悪者扱い。桜子さんはまた口を利いてくれなくなった」
「それは…その…」
秋人は俯くしかない。
「極め付けに工藤さんが事務所にやってきた。『秋人くんがどこかへ行くかもしれません。何か心当たりはありませんか?私捨てられるんでしょうか?』って泣いてたぞ。後で謝っておけよ」
秋人はもう言葉もなく項垂れる。
「俺は、その全員に言い訳をしながら、必死に今日に間に合わせるためにこの魔法式を構築した。手伝ってもらった四季やら小姫に『物知らず』『不勉強』『学習能力0』『才能なし』と罵倒され続けた」
「・・・・・・」
秋人は穴があったら入りたいという気持ちを、嫌と言うほど味わっていた。ここまで全員にばれるほど自分はあからさまだっただろうか。
「秋人は、ババ抜き勝てるようにならないと、俺を出し抜くなんて無理無理」
薫が悪魔のような笑顔で微笑んだ。秋人はその笑顔を向けられたことがなかったので、若干面食らった。嫌われたのかと一瞬身構える。
その秋人の顔に薫は少しだけ意地悪く笑ってから、すぐにいつもの綺麗で優しい笑顔を浮かべた。
秋人の心にどっと安堵が溢れた。こんなにも薫に嫌われたかもと思うだけで胸が苦しい。
薫は秋人の大切な宝物だ。小姫は正しい。薫は秋人の龍の珠だ。
「薫…僕…でも、薫に生きてて欲しいんだよ」
秋人の懇願にしかし薫は首を振った。
「生きていたら幸せなんじゃない。たとえ平穏無事に過ごしたって、大切な人が欠けてしまったら幸せになんか暮らせないだろ」
秋人の目から涙が溢れた。
「たとえ死ぬような目にあったとしても、それが結果じゃなければいいじゃないか。最後の最後にハッピーエンドで『それからみなで幸せに暮らしました」で纏められたらそれでいいんだ」
「薫、僕は…」
本当は出ていきたくなんてなかった。ずっと皆のそばにいたかった。だけど秋人は怖かった。自分のために愛する人たちが酷い目に合うのが見るに耐え難い。
「秋人、お前が苦しいのと同じように、傷つくお前をみるのは俺たちも辛い。でも、どこか知らない場所でお前がもっと辛い目に合っているかもと思うのはもっと苦しい。お願いだから俺のそばにいてくれ」
薫は秋人を初めて「お前」と呼んだ。
「僕は薫の傍にいたいよ」
「うん。それでいいんだ。お前はまだ子供だから、何を願ってもいいんだ。許されるんだよ」
薫は秋人の頭を優しく撫でた。
「ここにいなさい。大丈夫。今度こそ絶対に俺は負けない。俺はお前の代理人だからね」
秋人はもう我慢しきれず、声をあげて泣いた。
薫はずっと優しく秋人を抱きしめていた。