作品タイトル不明
18. 龍玉
薫たちは帰宅後、早速地下ダンジョンに向かった。地下は以前と比べて木が大きく育ち枝を張り巡らせているので、植物園のような状態に変化している。
「小姫」
秋人が呼びかけると、木の根本からひょっこりとピンク色の髪の少女が現れた。
【なんじゃ、お主ら。揃って】
小姫はふわふわと空中を漂って秋人の元にやってきた。
「これを見て欲しいのですが…」
薫が、徐に収納魔法から先ほど如月家から持ち帰った魔石を取り出す。小姫はそれを見ると途端に眉を寄せた。
【これをどこで手に入れた】
声色は硬く冷たかった。
「秋人の昔の住居にあったんです。遺言書やら大事な書類と共に保管してありました」
と薫が言うと、小姫はジロリと秋人を睨んだ。
【これが何かは知っているか?】
「いえ、知りません。ただ大事なものと一緒に保管してあったので、大事なものか或いはやばいものだというのが薫の見解です」
と秋人が告げる。
小姫は見透かすような瞳で秋人を見たが、その言葉に嘘がないと判断したのだろう。ふうっと小さく息を吐いた。
【これは龍玉というものだ】
「龍玉?」
三人は聞いたことがない単語に首を傾げた。
【平たく言うと神の一族の心臓だな】
秋人が思わず自分の胸を抑えた。自分の体内にもこんな魔石があると言うのだろうか?
【安心せい。そなたの肉体はこちらの素性に近い…と思っておったが、そなただいぶ作り変わっておるのう。一応見かけはちゃんと人の形状をしておるが、あまり世界から削り取って蘇生すると龍に近づくぞ】
「小姫…龍神族っていうのは人間じゃないの?」
秋人が俯きながら尋ねると、彼女は少し困った顔をした。
【そういえば説明してやるとこの前言っておったな。ふむ…いいだろう。話してやるが、その男は聞いてもいいのか?】
小姫が当夜を指差した。当夜はゴクリと唾を飲み込んで、秋人をそして薫を見た。
「ここで聞いたことは、朽木の家にも喋らない。先生、 契約の門(カヴェナント) で縛ってくれていい」
「後戻りできないぞ」
薫の言葉に当夜は小さく笑った。
「正式にパーティーメンバーになった時に、巌さんに言って朽木の血統魔法を解いてもらってきた。その代わり俺はもう朽木の家には戻れないけど」
「え?」
秋人が思わず声を上げる。そんなことをしているとは思っていなかった。薫も知らない話だったらしく呆然と当夜を見ている。
「いいんだ。俺が初めてちゃんと考えて自分で選んだことだ」
力強く当夜が告げると薫と秋人は大きく頷いた。
【そもそもの始まりははるか昔の一人の娘の祈りから起こったことだ】
小姫は間をおかず話し出した。
【その頃この世の人族は自然環境や病、飢饉などによって壊滅寸前だった。その中で一人の娘が神に祈った。神よ、哀れな私たちを救ってください…と】
よくある神話の始まりなのだがな…と小姫は続けた。
【その娘は祈りの力が強かった。というか、この世の人族は想いを伝える魂の力がやたらと強いのだ。なので、その祈りは神に届いた。ただ、問題は届いたのが我々の界の神にだった事だ。
神は弱く儚い人々を憐れみ、魔窟…所謂ダンジョンを授けた。この魔窟を利用すれば力を得ることもできるし、資源を得ることも可能だと我々の神は思ったのだ。
だが、それは我々のような存在だからこそだ。常世の者ならば大した苦労もなく魔窟を克服できただろうが、この世の儚い人々にとっては悪夢だった。なにしろモンスターに対抗できないのだからな】
姫の言葉に三人の心の中には「そんな無茶苦茶な」という感想しかなかった。
【娘は命懸けで神に祈った。この悪夢を晴らして欲しいと。そこでようやく神は、この世界の人には魔窟は負荷が強すぎると気がついたのだ】
薫の顔に呆れたような表情を浮かんだ。気まずげの小姫が咳払いをする。
【ごほん。言いたいことは分かるぞ、龍珠よ。だがな、界が違うと言うのはそういうことなのじゃ。それで我が神は己が失敗を挽回しようとこの世にやってきた。神は己に祈った娘の元へ顕現した。そこで…まあ、なんだ。恋に落ちた】
言いにくそうに小姫が渋い顔をする。
「ええええええ」
思わず秋人が不安の声を上げたのも仕方ないだろう。
【言い訳をするならば、その娘は大層美しく清らかで他者を尊び、弱き者にも優しく、そして歌舞音曲が得意であった】
「あー…そういう感じ」
と薫が妙に納得した顔で頷いた。秋人は居た堪れない。大体なんとなく己のルーツが見えた気がした。
【神は魔窟を整え、こちらの人が攻略しやすいよう調整した。大きな一つではなく複数にわけ、この世のあちこちに設置した。さらに、神の一族や我々のような眷属も呼び寄せ管理させ、乱してしまったこの世を復興させるために力を振るった。うん、まあなんだ。惚れた相手にいいところを見せたかったという点もある】
ジト目の三人の圧に耐えかねて小姫は自白した。
【この世は春を迎え、人々は幸せに暮らし、楽園のように満たされた】
小姫の言葉は不穏だ。だって今この世は楽園ではないのだから。
【誰かが幸せになればそれを妬む者はいる。それはどこの世界でも変わらぬ。我らが神が常世にしばし戻られている間に、神を愛していた眷属の一人が人々を唆し、神を誘惑する魔性だと娘を殺した。神は娘を伴侶としていたので嘆き悲しみ、全ての特権を取り上げこの世を去った】
秋人の顔がこわばる。美香を殺されそうになった時の絶望が嫌でも思い浮かんだ。あの破壊衝動のままに神が力を振るったのなら、それは凄まじいものとなっただろう。
【まさに地獄のような有様で、人の数は半分以下に減り、娘を殺すことを唆した眷属は生きたまま灼かれ、二度と常世に戻れぬようこの地の底に縛り付けられた。その者の苦痛と苦悩が、この世の魔力を維持する原動力となっておるのだ】
小姫はふうと大きな息を吐いた。
【だが、その裏切り者の他にも、この地の人間と結ばれていた神の一族や眷属も残った。神はこの世を常世と切り離すので生きては二度と戻れぬと仰ったが、愛する者を放り捨てて還ることなどできようもない。彼らは残り、この地の人を伴侶とし長い年月を過ごすこととなった】
「その人たちが龍神族ですか?」
秋人が尋ねると小姫は力なく首を振った。
【伴侶は人間だからのう。多少引き伸ばすことはできても共に生きていくことは出来ぬ。その喪失感に耐えかねて神の一族や眷属は徐々に弱り消えていった。龍神族と呼ばれているのは、人と神との間に生まれた血族の事で、それももう殆ど残っておらぬ。蔵の番人たちが、かろうじて血筋を残しているのみだ】
「じゃあ、これは…」
秋人が虹色の魔石を手に取った。
【神の一族が消える時に残した心臓だな】
「何に使うものですか?」
薫の問いかけに小姫はため息をこぼした。
【魂だけでも常世に戻りたいと願うものたちの為に、神は祝詞を授けた。あちらとこちらの血縁である龍神族が祝詞を唱える事と、龍玉の魔力が揃って初めて常世との扉が開くのだ。そうして一族たちの魂だけを常世に戻れるようにしたのだ】
「それじゃあ…」
【 救世来神教(エルミネイト) は、もう何百年にも渡って世界各地に残った血の薄い末裔たちを掛け合わせ龍神族を再現しようとしていた。おそらく、50年前不完全な龍神族でその試みが行われ、常世と歪な形で繋がったのだ。現在、ダンジョンがあちこちで顕現し続けているのはその所為じゃ】
「不完全な龍神族が行ったからですか?」
【そうじゃ。完全な龍神族が御霊還の術を行えば、常世とこの世は一瞬だけ繋がり、すぐに閉じる。この前の巨福呂坂のようにな。なので連中はお主を躍起になって手に入れようとしておるのだ】
秋人はぎゅっと唇を噛み締めた。
【どのような実験の結果かは定かではないが、私の目から見てもそなたは龍神族といって差し支えない存在だ。あ奴らは諦めぬだろう】
薫と当夜は厳しい表情になった。 救世来神教(エルミネイト) の組織力、破壊力は国際的なテロリストに等しい。難しい舵取りが必要になるだろう。
小姫は薫の手の中の龍玉に触れた。ふわりと光を放つ。
【おそらくこの龍玉は、もう一度常世と繋げる為に奴らが必死に世界中探索して見つけた物だろう。もはやダンジョンに繋がっていない独立した物としては、これが最後の一つだろうな】
「・・・・・なんでそれがうちの金庫に?」
秋人が不安そうな顔をする。
【言いにくいのだが…そなたの両親が 救世来神教(エルミネイト) から盗み出したのではないかと思う】
小姫の言葉に秋人はガックリと肩を落とした。
「あー、これかー、これ探してたのかー」
薫は心の中で、偽岩本教授の話していた内容を思い出した。元々我々の持ち物だって言ってたもんなぁと。