作品タイトル不明
15. 駄菓子屋の顛末
「そもそも、俺が早苗さんと秋人が探していた駄菓子屋の店主が、同一人物だって気が付いたのは去年の暮れなんだ」
と薫が憮然とした顔で言った。
「そこは私が説明するわね」
麗美が静かに割って入る。
「秋人くんが薫という保護者を得たので私は安心してた。これで少なくても衣食住に不自由するような生活にはならないし、薫なら秋人くんをギルドや政治家の思惑から守ってくれるのは分かってたからね」
麗美は当時、まだ薫に 救世来神教(エルミネイト) について話していなかった。加藤の仇を討とうとして自爆されるのが怖かったのだ。相手は加藤があれほど慎重に慎重を重ねていた相手だった。加藤の死に様も麗美の口を重たくさせた。許されるなら敵対してほしくなかった。
麗美にとって薫は加藤の家族であり、掛け替えのない息子のような存在だった。
しかし、しばらくして麗美は義母の駄菓子屋付近で不審な人物を見かけることに気が付いた。麗美が元 探索者(シーカー) でなければ気が付かないようなわずかな気配だったが、明らかに一般人とは異なる人間が、ほんの時々様子を見ていた。
「 救世来神教(エルミネイト) …」
麗美は戦慄した。
連中は秋人をつけ狙っていた。自分たちの陣営に心から忠誠を尽くさせるように、わざと赤城たちに秋人を虐待させて、心を折ってからいかにも味方面して秋人を救うつもりだったのだ。
そこに薫が偶然現れてすべてをひっくり返してしまった。連中はさぞ驚いたことだろう。
薫は加藤の関係者なことは把握されていたが、最近までは魔力を持っていなかったので手が出せない存在だった。お互いに何の意図もない出会いだったがゆえに、 救世来神教(エルミネイト) も邪魔することが出来なかった。
薫はあっという間に秋人の信頼を勝ち取り、しっかりとした関係を築いていた。連中は秋人を折るために今度は薫を狙うことになるだろう。
しかし、彼らは薫の他にも予備をいくつか設けるつもりだった。それが早苗である。
秋人はこれまでほとんど他人との接点がない生活を送っていた。故に現在秋人が愛情をもって接しているのは薫だけだが、もし他に何かしらの人質として使えるとした「駄菓子屋の店主」である早苗しかない。まだ、本格的に確保するまでには至っていなかったが時間の問題だろう。
麗美は昔の伝手や加藤とのやりとりで培った関係性を利用して、早苗を 救世来神教(エルミネイト) から隠した。しかし、やはり専門家ではない。色々と行き詰って焦っていた。その時スナックに様子伺いにきた薫に酷く心配された。そこで、麗美は専門家を頼ることにしたのだ。
『死んだ旦那の関係で、逆恨みされてストーキングされている義母を、上手く隠してほしい』と麗美が薫に頼んだ。逆恨みされている相手に関してはあまり言いたくないと麗美が誤魔化すも、長年の付き合いからか薫は詳しく聞くことなく二つ返事で引き受けてくれた。
いくつかの施設を渡り歩いてから、現在の老人ホームへ匿ってくれたのだ。
「俺の方はそんなことは知らないから、秋人のいう所の『駄菓子屋のおばあさん』を探してたんだ」
薫はいろいろな家庭を見てきているので、独居老人が行方不明ともなるとおそらく孤独死だろうなと判断していた。死んだのではないかなどとは秋人には口が裂けても言えなかったが、よくある話だ。
薫としてはとりあえず生死や居所を確認してほしい旨を、いつも頼んでいる探偵に依頼していた。しかし、いくつか他にも人探しの案件もあり、あまり優先順位を高くしていなかった。
もしも、死亡が確定してしまったら秋人がどれほど悲しむだろうと思うと、積極的に探し出そうとは思えなかったのだ。
しかし、依頼してから半年経っても見つかったという知らせはなかった。あまりの忙しさに忘れていたこともあり、ついには1年近くが過ぎた頃、薫は 救世来神教(エルミネイト) についての片鱗を鎌倉で知ることになった。
「もしかして…」
秋人への牽制に連中が彼女を確保しているのではないか…。そんな不安が浮かび、優先順位を上げて至急調べるように頼んだのだが、これがなかなか見つからない。
薫は困惑した。
「一体どうなってるんだ」
まったく痕跡が追えないと探偵が嘆く。これはますます拙いことになったと思い、薫自身も調査に乗り出した。
そこで、間抜けな事実に気が付いたのだ。
「あ、俺だ」
薫は麗美の義母を懇切丁寧に痕跡を消してかくまった。探偵の手口をよく知っているのでそういった調査から逃れられるようにあらゆる手を打ったのだ。
『駄菓子屋のおばあさん』が『麗美の義母』だと気が付くのに実に1年以上かかった。
「えっと、じゃあ薫はつい最近まで知らなかったんだ」
「うん。間抜けなことにね」
俺が優秀だから仕方ないと薫は嘯く。しかしである。そこからが問題だった。
「俺は秋人に見つかったって教えてあげたかったんだけどね」
薫の言葉に麗美と早苗が苦笑を浮かべた。
「私たちがね、秋人くんには黙っててってお願いしたの」
麗美がさきほど秋人に告げたのと同じことを言った。
秋人は俯いて肩を落とした。
「僕の所為で駄菓子屋さんを閉めなくちゃいけなくなったのを、知らせたくなかったんですね」
早苗は困ったように笑う。
「まあ、そろそろ店は畳もうかと麗美とも話してたところだったんだよ」
「一緒に住もうって何度も言ったんだけどね」
麗美が唇を尖らせる。
「あんたは確かに息子の嫁だったが、たった3年。子供もいない。いい人を見つけて新しい家庭を築いてほしかったんだけどねぇ」
早苗がため息をつくも、麗美はふんと鼻を鳴らした。
「あの頃はね、私は秋人君…あんたが訪ねてくるのが生きがいだった」
早苗が秋人を見つめながらぽつりと呟く。
「一人息子には先立たれ、孫もいない。嫁にはできれば新しい人生を歩んでほしい。この取り残されたような駄菓子屋で、一人死んでいくのだろうなとかそんなことを考えていた時に、あんたがやってきた」
早苗にとって、毎日毎日お菓子のケースを眺めにくる少年は、いつしか日々のなくてはならないイベントになっていた。
秋人がダンジョンに潜っていてしばらく来ない日などは、もしかしたらどこかで倒れているのではないか、万引きなどして捕まったのではないかと落ち着かなかった。
いかにも 育児放棄(ネグレクト) されているのが分かる恰好の痩せた少年を、いつの間にか毎日心配して過ごすことが孤独な老女の日常になっていた。
初めて声を掛けた日も、そんな日常の延長線だった。
「あの日は特にあんたが、本当に思いつめた顔をしていたからね。つい声を掛けてしまったんだ」
チョコレートを渡して帰らせた後、プライドを傷つけたのではないかとハラハラしていたが、秋人はそれ以来時々ふらりとやってくるようになった。野良猫を手懐けたような感覚だった。
「孫が生きてたらこのくらいの年かな…なんて思って、私は思いがけず楽しく過ごしていた。だから、自分の所為だなんて思ってほしくなかったんだ」
それで先生に迷惑かけちまったね…と早苗は恐縮したように頭を下げた。
「いや、依頼人の希望を守るのが弁護士の務めです」
薫は静かに首を振る。
「おばあさん」
秋人はベッドの近くによって膝を付き、そっと老女の瞳を見つめた。
「あの頃、僕は寂しくて辛くて本当に苦しかった。お腹が減って悪いことも考えてました」
「・・・・」
「でも、おばあさんがお菓子を分けてくれて『出世払いでいいよ』って言ってくれて、お喋りしてくれて本当に嬉しかった。あの頃の僕が生きていけたのは、あなたのおかげです。ありがとうございます」
秋人が深く頭を下げる。
「これからは、僕のことを本当の孫だと思って頼ってくれたら嬉しいです」
秋人の言葉に早苗は嬉しそうに頷いた。
「こりゃまた、イケメンの孫ができたね。ありがたい事だよ」
「旦那のご面相とは似ても似つかないけどね…」
麗美の言葉に早苗が苦笑した。
「義母さんが祖母ならあたしが母親だね。何か困ったことがあったらいつでも相談しにおいで。家出もできるよ。同じビルの4階だからね」
との麗美の言葉には、薫が乾いた笑いを浮かべていた。