作品タイトル不明
14. 説教タイム
秋人は麗美と当夜に連れられて施設に戻った。
居たたまれない気持ちでドアを潜ると、ベッドの横の椅子に美香が腰かけて、早苗の話を楽しそうに聞いていた。その横で所在無さげにぼんやりと薫が座っていた。
「連れて帰ってきたっす」
当夜が秋人の肩を押す。秋人はまともに薫の顔を見ることが出来なかった。
よく考えると当夜は薫の護衛なのだ。それを自分の傍から離して秋人を探しに行かせたわけだから、二重に迷惑をかけていることになる。
「まず、俺は言いたいことがある」
ぼそりと薫の低い声がした。秋人がぎゅっと目を瞑る。先ほどの麗美の言葉が蘇った。『愛情は無限ではない』
ましてや、薫と自分の間には何の公式的なつながりはないのだ。それなのに…
「秋人…」
呼ばれてびくりと肩が震える。きゅっと胃が縮こまった。美香が心配そうに秋人を見つめていた。
「デートの途中で彼女を置いて行くというのはどういう了見だ!そんなんじゃ振られるぞ!工藤さんは優しいから許してくれると思っているだろう。甘いぞ!大間違いだ!女の子は何を考えてるか分からないんだ!この世に絶対はない!!好きな女の子は常に最優先だ。分かるか?」
薫は真剣だった。本気の本気で説教しているつもりである。しかし、全員かなり微妙な顔をしていた。言われた秋人も若干困惑している。
「返事は?」
「は、はい」
「よろしい」
うんと薫は大きく頷いた。
「それから…」
今度こそ怒られると秋人はぎゅっと目を瞑った。薫が高々と宣言する。
「お見舞いに来たのに、相手に挨拶もしないで出て行くのはどうなんだ?秋人はもっと礼儀正しい子だろう。いくら怒っているとはいえ、ああいうのは良くないと俺は思う」
「え、えっと…うん。ごめんなさい」
秋人が思わず頭を下げる。
「俺にじゃない」
薫にチラりと視線を投げてから、ベッドに腰かけている早苗を見た。
2年ほど会ってないだろうか。記憶の中の彼女よりずいぶん小さくなったような気がした。
「おばあさん。すいませんでした」
ぺこりと頭を下げる秋人を見て早苗は苦笑を浮かべた。
「神崎先生はこんなに言うてますがね…」
早苗が今度はチラリと薫を見る。薫は慌てて「しっ」と人差し指を口の前に立てたが、老女はニヤリと笑ってやり過ごした。
「私とその彼女にさっきまで平謝りで土下座だったんですよ。秋人のことを許してやってくださいって」
秋人は大きな目をさらに大きく見開いて薫を見上げる。薫はバツが悪いのか微妙な顔をしていた。
「薫…」
秋人は声がのどに詰まって出てこない。そんな秋人の様子に薫は苦笑を零した。
「ごめんな、秋人。黙ってて悪かった。だけど俺は弁護士だから、仕事上知りえたことは家族にでも話すことは出来ないんだ。そういう因果な職業なんだよ」
ごめんな…と薫が再度優しく秋人に謝った。
「謝らないで…」
秋人はこの優しい人を何度傷つけただろう。それでも、こんな風に笑って許してくれるのに、自分は子供でその愛情に甘え切っていたのだ。恥ずかしくて情けなかった。
自分は子供じゃないなんてよく言えたものだ。
「ごめんなさい、薫。僕、薫が師匠とか金子さんに取られるみたいでちょっと…寂しかったんだ」
秋人の言葉が薫はよほど予想外だったのだろう。驚いて固まってしまった。
ここのところモヤモヤしていた最大の要因はそれだった。
秋人は桜子の事も金子の事も大好きだし、薫の傍にいてくれて嬉しいと思っている。でも、それとこれとは別で、今まで薫の傍には秋人しかいなかった。
その閉じた世界が開かれて、自分にも新しい関係が出来ているというのに、あの半年、秋人が高校へ行くまでの半年間、薫を独り占めしていた時間が大事で貴重で手放しがたかったのだ。
「馬鹿だなぁ…」
薫は柔らかく微笑みながら秋人の頭を撫でた。
「秋人以上に大事な人はいないよ」
優しく薫が笑う。その笑顔に秋人は無いはずの記憶が蘇った。
そう、知ってる。秋人はそれを魂の底から知っている。
ぎりぎりと心の深淵から込みあげてくる悔恨。
薫の言葉に偽りはない。
それを、秋人は2度味わっている。
知らない筈のそれは秋人を心から震え上がらせた。
「薫…」
不安そうに秋人が薫を見つめた。薫は秋人の目を見つめながら言う。
「大丈夫。 今(・) 度(・) は(・) 絶対に失敗しない」
薫の静かな決意を秋人は受け入れるしかない。薫はもう覚悟を決めている。それならば、自分も戦うしかないのだ。
「分かった」
秋人がそう呟くと、不意に金色の光は二人の間に走った。
「え?」
薫が驚きの声をあげた。当夜も不思議そうな顔をして二人を見ている。
「うそ…」
秋人は今の光をつい最近見た記憶がある。先日美香との間にリンクが繋がったような感覚を覚えたが、今それは薫との間にもしっかりと構築されている。
酷く複雑そうな顔の美香を見て、それから困惑している薫を見る。
『気の多い龍だのう』
という姫の声が脳裏をよぎった。
「誤解!!」
と秋人は美香に叫んだ。美香は困ったように首を傾げる。
「本当に誤解だから。僕が好きなのは美香だから。薫は、薫は大事な人だけど、違うの。そういうんじゃないんだよ」
必死である。
当夜は思わず「浮気現場を見られた男の言い訳にしか聞こえねえ」と呟いていた。ぎろりと秋人が殺気の籠った視線を送ってくる。
「理不尽」
と嘆いた。薫は薫で、若干放心状態である。麗美と早苗は何かよく分からなかったが、微笑ましく見守っていた。
そこから、少し間を置いてゴホンと薫が咳ばらいをして、今の一連の出来事をなかったことにした。
「それじゃあ、みんな揃ったし、色々と説明しようか」
と薫は静かに宣言した。何とも言い難い空気を強引に押し流すのは、流石敏腕弁護士だなと当夜は妙な感心を覚えた。