作品タイトル不明
13. 流石に
秋人と美香はそこから列車に乗って数駅移動した。いつもは乗らない路線で、1区間が長い。少し都心を外れる方面へ向かった。
「結構綺麗なところだね」
「そうね…この辺は再開発が進んでるし、人も多すぎないから静かね」
二人は駅前から徒歩で移動する。目指す施設は駅近の高級物件で何人も順番待ちをしている人がいるという、人気の老人ホームである。
あの駄菓子屋の老女がどうしてこんな高級ホームに入っているのか、秋人は少し疑問だった。
「能登早苗さんの面会に来ました」
受付でそう秋人が尋ねると、係の女性は何かのリストを確認して頷いた。どうやら見舞に制限がかかっているようだ。
「お名前は聞いております。305号室ですよ」
ふと彼女は秋人の顔を見て首を傾げた。
「お孫さん?」
「いえ。昔の知り合いです。体を壊されてこちらに入所されたって先日聞いたばかりで」
と秋人が答えると、係の女性はにこりと微笑んだ。
「まあ、そうなんですね。彼女、今日はいつもお見舞いにいらっしゃる方も来ているから、賑やかで嬉しいわね」
どうやら麗美が来ているようだ。秋人の事を先に話してくれているのだろう。
二人は3階へのエレベーターに乗った。エレベーターから降りると明るい廊下に出る。窓が大きく設計されており、冬の日差しが柔らかく床に陰影を描いていた。
廊下にあった案内板を見て目的の部屋への角を曲がったところで、そこによく見知っている人物を見つけ、秋人は思わず足を止めた。
「え?なんで、おま、嘘」
彼が思わずそう呟くも、秋人は一気に目的の部屋へ駆け出す。秋人はこの先にいる人物の予測はついている。その人の魔力を己が見間違えるはずがないのだ。でも、違っていてほしいと願った。
「ちょ、待て!秋人!!誤解!」
彼の言葉を無視して秋人はノックもなしにドアを開けた。
「え?」
傍若無人な振る舞いに驚いて、振り向いた人の美しい顔が驚嘆に固まる。
「え?秋人!?なんで?今日はデートなんじゃ!?」
と薫が茫然と呟く。急に走り出した秋人を追いかけて美香と当夜がドアから現れた。
「こ、こんにちは」
思わず美香が頭を下げる。
「いや、デートって普通もうちょっとこう…煌びやかなところに行かん?」
と思わず当夜が額を押さえて呻いた。
秋人が俯いて拳を握る。
「薫…流石にちょっと酷くない?」
秋人の声が震えている。
「僕が…おばあさんの事心配してたことも、会いたかったことも知ってたよね?」
「・・・・・・」
薫は表情を動かさない。
「ここに居るって知ってたのに黙ってたなんて信じられない!どうして?!」
涙が溢れた。酷い裏切りだ。心が切り刻まれるように痛かった。
「…すまない」
静かな声で薫が謝罪するも、まるで言葉が入ってこない。言い訳も釈明もないのかと思うと悲しくなって、頭の奥がガンガンした。
秋人は何か得体のしれない恐怖に駆られて踵を返した。
「秋人くん!!」
美香が叫んだが、秋人は何かが徹底的に壊れるのを恐れて逃げ出した。
気が付くとどこか知らない道をトボトボ歩いていた。
「最悪だ…」
よりによってお見舞いに行った先で騒ぎを起こし、美香を置いてきてしまった。ため息をついて周囲を見渡す。小さな公園が見えたので、ベンチに腰掛けた。冬の寒さが身に染みる。
「何やってんだろう」
思わず呟いた。
薫に裏切られた?
そう思うだけで吐き気がするほど辛かった。頭の中が真っ白になって何も考えられなくる。そんなことを思うだけで死んだ方がマシだとさえ思った。
じわじわと涙が溢れてくる。身の置き所がなく、寄る辺ない気持ちでいっぱいになった。
孤独が押し寄せてきて秋人は恐怖した。
「あれ?秋人くんじゃない」
俯いて涙を堪えているところに、呑気な声がかかる。顔を上げると麗美が立っていた。
「あ、もしかしてお義母さんのお見舞い?悪いね。喜んだでしょ」
買い物をしてきたのだろう。スーパーの袋を抱えている。しかし、秋人のただならぬ様子に気が付いて眉を顰めた。
「やだ、何かあったの?お義母さん、もしかして秋人くんのこと覚えてなかった?」
麗美が慌ててベンチに駆け寄ってくる。秋人はもうどうしていいか分からなかった。
何と答えていいのやら…そもそもお見舞いにすらなっていないのだ。自己嫌悪と情けなさのダブルパンチである。
「麗美さん…僕…もうどうしたらいいのか…」
思わず彼女に相談する羽目になった。藁にも縋る気持ちというのはこういうのかもしれないと、秋人は思った。
秋人の話す内容を、麗美は寒い中真剣に聞いてくれた。
それから、深く、ふかーくため息をついた。
「まず、私はあなたと薫に謝らなくちゃならない」
「?」
麗美の言葉に秋人は思わず顔を上げる。涙で目の周りが真っ赤になっている秋人の痛々しい顔を見て、麗美は辛そうに顔を歪めた。
「あなたに黙っていてほしいとお願いしたのは、私とお義母さんなのよ」
「え?」
気まずそうな麗美の表情を見て、秋人は困惑する。
「薫は弁護士だからね。守秘義務ってもんがあるのは知ってる?あの子はどれだけあなたに教えてあげたくても、依頼人である私とお義母さんが黙っていろと言えば黙ってるしかないのよ」
「そんな…どうして…」
秋人の声が震える。
「私とお義母さんは、ほんの少しの間だけでも、あなたに不安のない少年時代を送ってほしかったの」
秋人は心臓の奥がヒヤリとするのを感じた。秋人が気が付いた事に麗美は辛そうに顔を歪めた。
「そうよ。お義母さんが駄菓子屋を畳む羽目になったのは、 救世来神教(エルミネイト) が噛んでいるのよ」
秋人はその言葉を半ば予期していながらも、ショックが隠せなかった。
「秋人!!」
遠くから己の名前を呼ぶ声がして秋人がそちらを向くと、当夜が一人駆け寄ってきた。
「お前な、少しは人の話を聞けよ。先生はな…」
「今麗美さんから聞いた。守秘義務だって」
「そうだよ!もうずっと先生はお前に教えてやりたくて仕方なかったんだ。だから今日早苗さんに説明に…」
「当夜も知ってたんだ…」
「…っ!」
思わず当夜が言葉を飲み込む。
「薫は言えなくても当夜は言えるんじゃないの?」
思わずそんな身勝手な言葉が秋人の口から漏れ出した。言った秋人自身がぎょっとした。
そんな筈はない。
当夜だってバイトとはいえ加藤法律事務所の一員だ。守秘義務があるのは同じはずなのに。自分だけが知らなかったことに対して嫉妬したのだ。それで子供のように駄々をこねたのだと気が付いて、秋人は情けなくなった。
そんな秋人の頭を当夜がぐしゃぐしゃと撫でた。
「まあ、そういう事を俺にも言えるようになったのは、いい傾向だよ。お前はちょっとばっかり我慢しすぎてるからな」
ふっと当夜が笑う。
「先生にはこれでもかって甘えてるくせに、俺には何もねーなーって思ってたんだ」
「あ、甘えてるって…」
「甘えてるっしょ。お前、先生には何言っても嫌われないって高括ってるだろ」
当夜の言葉に、秋人は雷に打たれたくらいショックを受けた。
何かが腑に落ちて、秋人はぐっと拳を握った。
「だって…」
「ん?」
当夜が優しく聞き返す。
「だって、薫はずっと僕だけの薫だったのに」
本当はそうじゃないと気が付いてしまった。でも、薫が一番心配している対象は自分だ。大切に想われているのも自分だ。そう納得したかったのだと気が付いた。
「試し行為はよくないわよ。愛情は無限じゃないわ」
麗美の冷静な突っ込みに秋人は撃沈した。フラフラとベンチに腰を下ろす。
「僕、すごく子供だ」
「そりゃあ、そうだろ。だってお前まだ15歳だもん」
「もっと大人だと思ってた」
がっくりと肩を落とす秋人を、当夜は少し苦笑して見つめた。
本来如月秋人は大人とか子供とかで括れるような存在ではないのだ。少なくても世間一般ではそうだろう。ギルドも社会も敵も味方も、彼をそんな物差しで測ろうとはしないだろう。
あの懐の深い男以外は。
「薫はね、自分が誰にも守ってもらえない子供だったから、あなたのことをせめて子供であっていい年齢までは子供として扱うつもりなのよ」
麗美が静かに呟く。
「あの子の我儘かもしれないけど、自分みたいな子供時代を秋人くんに味合わせたくないって思ってるの」
彼女の優しい手が秋人の髪を撫でた。
「その気持ちだけは汲んであげてね」
麗美の手は温かく、何か遠い日の少し懐かさのようなものを感じた。