作品タイトル不明
10. 初デート
「お帰り」
帰宅した秋人を玄関で迎えた薫の声は緊張に満ちていた。
その姿を見た秋人はしばらく無言で玄関に佇んでいた。呆れ半分のため息をつく。
「薫、それ家でつけるの反則」
「え?だって俺は秋人が帰ってきても分からないんだもの」
薫はなんと 片眼鏡(モノクル) をかけて秋人が帰ってくるのを待っていたらしい。
「朝は怒って行っちゃったし。帰ってきたらすぐに謝らないと…って思ってて」
と項垂れて居る。
秋人だって悪かったなとは思っているのだ。でも、こんな風に甘やかされると困ってしまう。なんだかんだと言って、薫は秋人に甘い。
「馬鹿って言ってごめんなさい」
と秋人が昨日と同じ言葉を繰り返す羽目になった。
「薫はもっと僕に怒っていいと思う」
と小さく呟いたのだが、どうやら薫の耳には届かなかったらしい。薫は嬉しそうに頷いた後、
「俺もごめんね」
と謝った。
キッチンで一緒に夕飯を作りながら秋人は尋ねた。
「小姫とはあの後何か話したの?」
「ああ、今朝ダンジョンに行ってみたら、えらいことになってた」
秋人が学校に行った後、薫と当夜で地下ダンジョンの様子を見に行ったのだが、適当な場所に植えた小枝は大樹になっていた。加藤が設置していたPCなどを邪魔することなく枝を伸ばして一大ジャングルのようになっていたのである。
「先生に怒られたよ」
例のPCは、当初録画した映像を答えによって出し入れするプログラムを走らせていると薫は思っていたのだが、発見から数か月経つとそれでは説明不可能な回答が多数見られた。
「先生、これってもしかしてAI?」
とPCに尋ねたところ、今までに答えたことがない音声が反応した。
『そうです。初めまして。神崎薫』
音声と共に現れた映像は加藤の顔ではなかった。痩躯に白髪の60代前後の男の顔だった。
「もしかして、如月四季さん?」
と薫が聞くと彼は少し笑った。
『その人格を模したAIですね。私を組み立てるのに加藤は苦労してたようです』
プログラムの振りをしていたのは、薫が本当に薫かどうかを確認していたようだった。PC側もかなり警戒をしていたようである。自身をAIであることを薫に宣言したということは、薫が薫であるということをこのPCは認めたということらしかった。
薫も知らなかったのだが、加藤はかなりAI関連では有名な男だったらしい。しかし、ある時期を境に一切表では活動しなくなったが原因は不明だ。
『私を再現するのは、加藤の趣味のようなものですね』
と四季はコンピューターらしからぬ苦笑を見せた。
そこからはAIとして四季と加藤のどちらかが相手をしてくれている。特に 救世来神教(エルミネイト) に関する対応などでは、このAIを利用して薫は対策を模索していた。
その事は秋人にも伝えられている。秋人は四季の顔を見たがったが、まだ会えていない。マスターの四季はあまり顔を出さないのだ。
「とにかく、物騒なものをいきなり持ち込むなって怒られたよ」
と薫が肩を竦めた。
「小姫は?」
「当夜と部屋でゲームしてる」
薫の答えに秋人はうーんと唸った。家がますますカオスになっていく。
「夕飯は食べるのかな」
「それは、気が付かなかったな。聞いてきてくれ」
と薫が言うので、秋人は当夜の部屋へ向かった。ノックと同時にドアを開く。
「小姫、夕飯食べるのかって…」
ドアを開けたと同時に秋人は反射的にドアを閉めた。
「ま、待って!秋人!誤解だ!俺は悪くない!!」
部屋の中から当夜の声が響く。秋人はしばらくためらった後、そっとドアを少しだけ開いた。
「えっと…小姫は当夜のことが好きなの?」
【悪くはないがな…ちょっと魔力回路を見ていただけじゃ。ほほほ】
幼女が大の男に馬乗りになって顔に顔を寄せているのだから、誤解されても仕方ない体勢だと秋人は思っている。
【夕飯か…食してやろう。準備するがよい】
小姫の言葉に秋人は無言で頷いた。反論するととばっちりを受けると即時判断、撤退を決意したのだ。当夜が「待って!」と手を伸ばしていたが、見なかったことにした。
小姫は薫の料理の腕を絶賛して満足してダンジョンへ帰って行った。
「このビルのどこでも出現できるらしい」
と薫が言うと当夜がゲンナリした顔でため息をついていた。
「俺は体のいいおもちゃです」
と傍から聞いたら誤解を生みそうな事を言っている。桜子は今日は泊まりの仕事なので、久しぶりに三人だ。
「明日、美香と初デートなんだ」
徐に秋人が言うと薫は何か言いかけて、チラリと当夜を見る。当夜は厳かに首を振った。
「…っ行ってらっしゃい」
と薫が簡潔に返事すると、秋人は不思議そうな顔をした。完全にお口チャックな状態の薫と当夜を交互に眺めてから、一つ大きなため息をついた。
「何着ていったらいいと思う?」
上目遣いにそう聞いてくる被保護者に大人二人は棒でも飲んだような表情になった。
「よりによってその質問かっ」
というのが二人の共通認識だった。服装についてまったく興味のない薫と、興味を持つ手前で止まっている当夜は、秋人の切実な質問にアドバイスできるだけの能力がない。そして、こんな時に限って桜子がいない。
「ちょっと待って。先生に聞いてくる」
と薫が地下へ向かおうとするので、秋人は全力で止めた。
土曜日、待ち合わせの場所に美香が向かうと秋人が既に待っていた。
「ごめんなさい。待たせたかしら?」
美香が慌てて駆け寄ると、秋人は嬉しそうに首を振った。
今日の秋人はいつものブルゾンとデニムにキャップのカジュアルな姿と違って、薄いグレーのロングコートに白いカシミアのマフラーをしている。手には美香がクリスマスにプレゼントした手袋をしていた。駅前のレンガ壁前に立っているだけで、メンズ雑誌のスチールのようだ。女の子たちがちらちらと視線を送っている状態だった。
「大丈夫。僕が早く来ただけだから」
と笑う秋人に美香は苦笑をこぼした。そのまま秋人の頬に触れる。ひやりとして冷たい。
「だいぶ早く来てたでしょ」
少し咎めるように言うと、彼は困ったように微笑んだ。
「嬉しくて早起きしちゃったんだ」
とはにかみながら答える秋人に美香は何も言えない。
「じゃあ、あったかいとこへ早く行きましょう」
と促して、そのまま秋人の手を握った。秋人は嬉しそうにそのまま手を繋いだ。
「今日はちょっといつもと違う感じでかっこいいね」
と美香が言うと、秋人は照れくさそうに笑った。内心、昨晩の薫と当夜とのあーでもない、こーでもないに心から感謝した。ちなみにコートは薫ので、マフラーは当夜のだ。帰りにお土産を買って帰ろうと秋人は誓った。