作品タイトル不明
8. 小姫
四人はそんな話をしてから、急遽例の居住区域に向かった。薫の網膜と指紋パターンでエレベーターのロックを解除する。
「電気とかまだ通してないから、ちょっと暗いな」
と薫が言うと、秋人が
【 光点魔法(ライティング) 】
を唱えた。
「おお、便利」
と薫が感嘆するも、後藤と麗美はため息一直線だ。
「言いたくないけど、薫はもうちょっと魔法を勉強した方がいいと思うわ」
と麗美が言うと、後藤も頷く。
「パーティーの魔法使いはあなたでしょう。秋人くんの魔力は攻撃に温存するべきですよ。こういう面倒なのはあなたの領分です」
パーティーを組むなら役割分担がある。成り行き上組んだ『神崎家』はかなり適当な集団だったが、オーソドックスなパーティーを経験している二人からすると歪な事この上ないようだ。
薫が「すいません」と謝ると、秋人が笑った。
「大丈夫。僕の魔力はこのくらいで影響するような量じゃないから」
との事だったが、二人は厳しく首を振った。
「秋人くんの魔力は確かに多いが、その分高位の大技で使用する魔力量も多いということだ。今までは何とかなっていたかもだが、これからもその幸運が続くとは限らない。事実、この前君はかなりの重傷を負ったと聞く。常に余力をもてるように役割分担するのがパーティーを組むという事だよ」
と、ギルドマスターらしい指摘に、秋人と薫は「はい」と了承するしかなかった。
「ここに住んでいたのよ」
麗美が指摘したのは、エレベーターから二つ目の住居だった。薫がマスターキーで玄関ドアを開ける。長年締めきっていた事で籠った空気の匂いがしたが、フロアごと締めていたからか、あるいは何かしらの魔法の所為なのか不思議とかびなどの嫌な臭いはしなかった。
「ここに…僕住んでたんだ…」
秋人が感慨深く周囲を見る。2LDKの住まいはきちんと片付けられており、生活の匂いはなかった。
「秋人君が歩けるようになったら引っ越したからね」
麗美が懐かしそうに窓の外を眺める。
「その後はどこに住んでいたか知ってますか?」
秋人は実は10歳の頃住んでいた住居を思い出せないでいた。
「うーん、どっかの地下にダンジョン作って住んでたみたい」
麗美はぼそりととんでもないことを言い出した。ぎょっとして後藤が麗美を見る。
「ここじゃない所ですか?」
地下のダンジョンの事を知っている薫が眉を顰めて尋ねると、麗美は小さく頷いた。
「うわー、どこだろう」
薫が頭を抱える。秋人も困ったような顔をした。どうりでどこか覚えてない筈である。
「たぶん、出入り口は瞬間移動の魔法を使ってたと思うのよね…」
と麗美。後藤はとうとうがっくりと膝を付いた。
「どこかのビルの下に、まだ未発見のダンジョンがあるという事でしょうか…」
半泣きで尋ねる後藤に麗美は「うーん」と首を傾げた。
「あの二人デパートが好きだったからねぇ。その辺かなぁ」
という恐ろしい発言に三人は青くなった。東京に一体何軒のデパートがあるだろうか。
「なんでデパートが好きだったんですか?」
と秋人が尋ねると麗美はちらっと秋人を見た。
「秋人くん、デパ地下好きでしょ」
「うん」
デパ地下のデザート売り場は秋人の聖域だ。綺麗で美味しいお菓子が沢山ある。
「まさかと思うんですが…」
薫が思わず呟く。
「あの二人もキラキラしたものが好きで、美味しいものに目が無かったのよねぇ」
麗美の言葉を受けて、その場にいない筈の5人目の声がした。
【まあ、それが龍の習性だからしかたあるまい。この者の親なら不完全ながらも龍だろうからな】
「は?」
思わず秋人と薫が振り返るとそこに幼女が立っていた。薄いピンク色の髪の美しい幼女である。ただ、向こうの景色が透けていたが。
「もしかして、樹のお姉さんですか?」
と秋人が尋ねると、彼女は鷹揚に頷いた。
【小姫と呼ぶがいい。ちなみに本体は姫と呼べ。…というか、貴様らは何故さほど呑気なのじゃ。妾がせっかく分体を託してやったのに放置とはどういうことじゃ】
「すいません。私と秋人は仕事と学校がありまして」
と思わず薫が言い訳をすると、小姫は胡散臭い物を見る目で薫を見た。
【酒飲んでくだ巻いている余地はあったようだがな、龍珠】
「龍珠?」
薫が聞き返すと秋人は慌てた。
「違う!それは違うから」
新たな誤解を生みだしかねないことに秋人は大慌てだ。
【龍の珠を龍珠と呼ぶ。主に龍の伴侶だが、そなたはちょっと毛色が違うのう。普通龍珠は一つなのじゃが、やれやれ…気の多い龍なことよ】
「えっと、龍っていうのは秋人の事ですか?」
薫はどうやら珠のことについては保留とした模様である。秋人は少しほっとした。
【なんじゃ、龍はそこもまだ話しておらんのか】
「聞いてません」
【それは、一応龍神族の末裔じゃ。だいぶ人工的に手を加えられておる故、ホンモノには遠く及ばぬが、こちらの人とは比較にならぬ】
小姫の言葉に秋人が思わず俯く。あまり積極的に薫にしたい話ではなかった。しかし、そんな秋人の心境を他所に薫は真剣だ。
「秋人の再生能力もその所為ですか?」
と薫が尋ねると、後藤はぎょっとして薫を見た。
【そうじゃ。魔力が生まれつきあったのも、呪歌で蔵を還せたのも、 救世来神教(エルミネイト) に身柄を狙われているのもその所為じゃ】
彼女の容赦ない言葉に秋人はぎゅっと目を瞑った。
後藤は聞いたことがない重大事件の匂いがする発言に顔色を変えている。麗美はさっき生まれた時から秋人に魔力があったことを誤魔化したことが、あっさり無駄になって眉を寄せた。
「うーん。プラマイゼロって感じですね。いいことばっかりじゃないって事か」
との薫の言葉に三人は驚いた。心情的には「そこ?」という気持ちである。
「他にデメリットは?」
【キラキラしたものが好き。美味しいもの、美しいもの、楽しいもの、かわいいものに弱い】
「ハニートラップに注意って事ですか?」
【龍珠がおるからそこは気にせんでいい。一人に決まってしまえば、あとはよそ見はせぬものじゃ。あの娘はいい子だ。大事にしておやり】
小姫が秋人を見る。秋人はコクコクと頷いた。
「ってことは、宝石系とスイーツ系に注意ってことですか」
冷静に薫が続けると、後藤と麗美の表情が引きつっている。そんなレベルの話なのだろうか。
【そうじゃな。それは要注意じゃ。歴代の龍も宝石は大好きじゃったな。特にあれを加工する職人に惚れるのが多かった。龍は人の手が生み出す美しいものを尊ぶ】
「ああ、だから工藤さんなのか…」
と薫が言うと、秋人は真っ赤になった。工藤美香は初めて秋人に絵を描くことを教えてくれた先輩だ。
【まあ、習性だけに惹かれるわけではないが、惹かれる一手になることは多いからな。あの娘は芸術の担い手なのだろう。見た目も美しいし、『もろに好み』という事じゃな】
「ちょっと、ちょっと待って…」
秋人が慌てて二人の会話が止めた。これ以上自分の性癖を他人の前で議論されたくない。
「薫も小姫もデリカシーってものがないよ!ひどいよ!薫の馬鹿!!」
と秋人は叫んで走り去ってしまった。
「また、馬鹿って言われた…」
薫ががっくりと肩を落とすも、後藤と麗美は
「いや、今のはお前が悪いだろう」
という意見で一致していた。