軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6. 行方不明

秋人が寝室で枕を虐めていた時、不意に部屋のドアが勢いよく開いた。

「どうしたの?」

入ってきたのは当夜だった。顔が真っ青である。

「先生がいない」

「え?」

当夜が頭を抱えて叫んだ。

「お前と話してたから全然油断してた。なんで、あの人夜中に出て行ってんだよ。しかも一人で!!」

秋人はひゅっと喉の奥に悲鳴を飲み込んだ。

つい先日美香が誘拐されたばかりだ。その前にも薫は 救世来神教(エルミネイト) の襲撃を受けている。あの時薫は秋人の目の前で刺されたのだ。幸い命に別状はなかったが、それは薫の機転が利いただけの事だった。

「探せるか?」

当夜の声に我に返った。

「う、うん。やる」

秋人は【 迷宮探索(マッピング) 】を唱えた。一度前にやっているので、今回は簡単だった。

「あれ?」

ガラス細工のような構造物が構築されていく。部屋を出て家の玄関を抜けエレベーターまでを構築。それから、4階で止まった。

「え?」

当夜もびっくりして秋人の手元を見つめる。

「このビルの4階にいるっぽい?」

当夜の声と同時に、秋人が手元に構築した構造物を握りつぶした。

「ひえ」

当夜が思わず飛び上がるような魔力圧である。

「もう、何やってるかな!!」

叫ぶと同時に 瞬間移動(テレポート) を唱えて秋人が消えた。

「お、お前、誰が一緒にいるかも分からないところに跳ぶな!」

と当夜が止めたが間に合わなかった。南無阿弥陀仏と当夜は念仏を唱えた。

秋人が跳んだ部屋は薄暗いどこか退廃的な雰囲気の店だった。そして、恐ろしい数の酒瓶が転がっていた。

突然の秋人の出現にスナックのママは動じなかったが、後藤は開いた口が塞がらなかった。

話に聞いてはいたが瞬間移動の魔法を初めて見たのだ。そりゃあヘリのパイロットが操縦をミスりそうになるはずである。

「ほんとうに何やってるんでしょうねぇ。あんな素敵な婚約者ができたっていうのに」

やれやれとママは肩を竦めた。

「全部そばに置いておきたいなんてわがままなんですよ、ね、あなたもそう思わない?」

唐突に声をかけられた秋人は絶句した。

この女性は秋人が扉も開けず、いきなり現れた事をさして不思議に思ってないようである。秋人も頭に血が上っていて、薫の周囲に人がいるかもということをすっかり失念していた。

後藤はともかくこの女性は魔力が欠片もない一般人だ。秋人は返事に窮した。

「えっと…あの…これはその…」

手品? サプライズ? 動画の撮影? 何と言い訳しようか数少ない知識から必死に単語をかき集めたが己の失態を上手くごまかす案は思いつかなかった。

「あの…か、薫を迎えに…きました」

秋人は己の失態をなかったことにした。方法をすっとぼけたのである。後藤が額を押さえて呻いている。秋人は心の中で百回くらい謝った。

「あら?自己紹介はなし?3S 探索者(シーカー) の如月秋人さん」

スナックのママはクスリと笑った。秋人の中で警戒心が跳ね上がった。

彼女と自分では彼女の方が薫との距離が近いのである。いつでも剣を抜けるように身構える秋人に、彼女は両手を挙げて見せた。

「何もしないわよ」

それでも警戒を解かない秋人に彼女は苦笑する。

「あらやだ。失敗しちゃったわ。やっぱり薫に紹介してもらえばよかった」

スナックのママは困った顔で首を傾げた。

「神崎先生…薫から話を聞いてるのよ」

と彼女は言ったが秋人は首を振った。

「薫は勝手に僕の事を知らない人に話したりしない」

秋人の両手に水色の剣が現れる。

後藤は止めるかどうするか迷った。この女性は明らかに薫の知人である。

チラリと一番解決してくれそうな相手を見るが、彼はカウンターに突っ伏している。

「うふふ。そうね。今のは嘘」

彼女は小さく笑った。

「でも、私あなたの事知ってるの。覚えてない?」

「え?」

秋人は一瞬ためらった。

彼女がまとめていた髪のピンを抜く。豊かな髪がばさりと揺れて腰近くまで広がった。それを無造作に後ろで一つに束ねる。その姿を見て秋人は目を見張った。

「駄菓子屋のおば…お姉さん?」

「正解でーす」

彼女はパンパカパーンと口でファンファーレの音を付け加えて両手を挙げた。

秋人がまだ薫に出会っていなかった頃、当時の生活は悲惨だった。

そもそも生活費がまともに貰えていなかった。流石に10歳の子供が銀行でお金をおろしていたら不審がられるということくらいは、赤城たちも分かっていたらしく、当初はそれなりに衣食住の面倒は見ていた。しかし、それも中学に入った頃からは放置されることが多くなった。

銀行に少ない生活費が毎月振り込まれたが、秋人は月の半分は常に空腹を抱えている状態で過ごしていた。

さらに、中学生になった頃から秋人のレベルが上がり魔力が上昇したため、糖分欠乏症にも悩まされた。ダンジョンに入る前に砂糖を舐めるような生活が続いており、栄養失調でボロボロだった。

秋人は家の近くの駄菓子屋の前でぼんやりとお菓子を見つめていることが増えた。鄙びた店で客は滅多にいない。盗って逃げてもおそらく店の人には気が付かれないだろうという誘惑が何度も頭をよぎった。そのたびに、母の教えを噛みしめ耐える日々だった。

「坊や」

ある日、駄菓子屋の奥に座った老女に声を掛けられた。秋人は自分の悪だくみを見透かされたと思い、慌てて逃げようとしたが、彼女は黙って手招きした。観念して秋人は呼ばれるまま店の奥に進んだ。

「お金、持っておらんのかね」

老女はそう尋ねた。秋人は黙って頷く。

「出世払いでええよ。もっておゆき」

彼女はそう言ってチョコレートの入ったケースを丸ごと秋人に差し出した。秋人は驚いて声も出なかった。

「お腹が減ったら寄りなさい」

彼女はそう優しく秋人に言った。おそらく、秋人の困窮を見過ごせなかったのだろう。秋人は泣きながら頷くしかできなかった。

それから秋人はどうしても空腹が我慢できなくなった時には、彼女の店を訪ねた。人恋しかった所為もあった。老女と少しでも話ができるのは楽しかった。

何回目かの訪問時、老女の他に中年の女性が隣に座っていた。

「あ」

老女以外の人がいたことに驚いて秋人が戸惑うと、彼女は澄ました顔で笑い、いつものように自分の隣に座るように促した。

「わたしのボーイフレンド」

と老女が自慢げに言うと、隣の女性は胡散臭げに老女を見た。

「どうみても、孫じゃん。なにがボーイフレンドよ」

彼女はそう言ってから、秋人に向き直った。

「義母の様子を見てくれてありがとうね。いつくたばってもおかしくない婆さんだから、もし何かあったらここに連絡してね」

と彼女は秋人にメモを渡した。そこには電話番号が書かれていた。

秋人が自分は携帯電話を持っていないこと、家にも電話がないことを話すと彼女は肩を竦めて、公衆電話の使い方を教えてくれた。それから、

「こんな肉にも骨にもならないものばっかり食べてちゃだめ。成長できないでしょ」

と言って、台所でおにぎりと卵焼きを食べさせてくれた。さらに、こども食堂などでご飯が食べられることも教えてくれたのだった。

中学生の秋人が何とか生き延びれたのはこの駄菓子屋の義親子のおかげだった。

薫に出会って一緒に暮らすことになった時、秋人は駄菓子屋に足を運んだ。出世払いができるようになったので、お礼をしたかったのだ。

だが、秋人が訪問した時駄菓子屋は閉店していた。ショックで2,3日眠れなくて薫に酷く心配をかけたことを、秋人は思い出していた。