軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5. 依存

後藤が薫からのプライベートな呼び出しを受けたのは、夜の22時を回った頃だった。

「珍しいな」

ギルドマスターは忙しい職業だが、流石に何の事件もない状態なら22時には仕事も落ち着いている。

呼び出しに従って小さなスナックに向かった。薫のイメージとはあまり結びつかない、場末感のあるスナックだ。

「あらまあ、ごめんなさいね」

やってきた後藤は、いきなりスナックのママに頭を下げられた。髪を結いあげた年齢不詳の美人だった。

「どうしたんですか?」

はっきり言って神崎薫はざるである。彼にとってもはや酒は水に等しく、酔いが回る可能性は極めて低い。しかし、薫は今完璧に酔っぱらっていた。

「先生、うちの在庫全部飲む勢いなのよー」

スナックのママがぼやきながら、その辺りに林立しているボトルを指さした。

「うわー」

後藤が顔を顰める。彼は元々は 探索者(シーカー) ではあるが魔法職ではなかったので、そこまで酒は強くない。しかし、歴代の強力な魔法師の酒豪っぷりを知ってるだけに、後藤は薫の飲みっぷりも多少免疫があった。

後藤は薫の座っているカウンターの隣に腰を掛けた。どうやら客は自分と薫だけのようだ。

「何かあったんですか?」

と後藤が尋ねると薫はブランデーを手酌でグラスに注ぎながら呻いた。

「秋人に…馬鹿って言われた。二回も!!」

ぐすんと鼻を鳴らす。

「意外だな、泣き上戸なのか」

と内心後藤は一つ神崎薫についてのメモに付け足した。

それから、後藤は根気よく薫から事情を聞き出した。

「そりゃあ、秋人くんが怒るのは無理ないでしょう。あの年頃の男子に『お前は子供だ』なんて一番言ったら揉めるワードじゃないですか」

呆れ半分にそう呟く。ママも大きく頷く。

流石に子育てはもうとうに終えている後藤は、しかし3人の子供の父で、2人の孫の祖父でもある。ミドルティーンの少年の自尊心については、薫よりははるかに詳しかった。

「でも、子供なのは本当でしょ。秋人はまだ15歳。あと少しで16歳になるけどまだ高校生だし、お子様です」

後藤は意固地になっている薫にため息をついた。

「天下の3S 探索者(シーカー) を捕まえて、『お前はお子様だ』って言える神崎先生が、ある意味凄いとは思いますけどね」

瓶の底に残っていたウィスキーで作ってもらったハイボールを口に含みながら、後藤は隣にしか聞こえない程度の小さな声で嘯いた。

「そんなの関係ないです。秋人は子供で俺の大切な家族です。守ってやるのが大人の義務です。守ってもらえない子供は辛いです」

薫の言葉に後藤はしばし考える。

「先生、もしかして寂しいんですか?」

ぼそりと呟いた言葉がクリーンヒットだったらしく、薫は「うっ」と小さく呻いた。

「…そうかもしれません」

小さく情けない声でそう呟く。こんなに弱った薫を見るのは初めてで後藤は少々面食らった。

「秋人の世界が広がって、色々な人と交流を持つのはすごくいいことだって分かってるんです。彼には彼の社会があるし、そのうち俺の傍から離れていくものだっていうことも理解しています」

ぽつりぽつりと薫が心情を吐露しだした。後藤は無言で聞いている。

「それがちょっと寂しいとかいうのは、俺の我儘だって分かってるんです。でも、あと少しだけは…彼が大人になるまでは傍に…」

薫の手からグラスが離れるのを、後藤は慌てて受け止めた。中身はほぼ無いので服が汚れたりはしなかったが、割れたら大変である。薫はカウンターに突っ伏して眠ってしまった。

「あらあら、先生ったらすっかり潰れちゃって」

スナックのママは困った顔で笑った。

「馴染みなんですか?」

と後藤が尋ねると店主はフフフと笑った。

「私、加藤の愛人でしたの」

「え?」

加藤というのは薫の師匠で事務所の創設者の弁護士だったのでは。愛人とは穏やかではない単語に後藤が思わず声を上げた。

「薫は寂しい人なんです。こーんなツラしてるのに結局この歳になるまで、自分の家族ができなかった」

「それは…こんなツラだったからでは…」

思わず呟いた後藤の言葉にママはあははと声を上げた。

「まさか!私が知ってるだけで、薫の顔に関係なく彼のことが好きな女なんて1ダースはいましたよ」

彼女はため息をついた。

「でもね、さっぱり気が付かなったんですよ、この人。その挙句にあんな女に引っかかってね」

薫の婚約者の評判はどこでも最悪だった。知らなかったのは薫だけだ。

「こう…」

ママが顔の横に両手を当てて、前倣えをするようにまっすぐ伸ばす。

「なぜか女のことになるとこういう視界になる人でしてね。相当酷い目にあってたみたいで、加藤と出会った頃は、その女と幼馴染の小山ちゃん以外はゴミを見るみたいな目で見てましたよ」

後藤がため息をつく。

実は、桜子とくっつくまで薫はギルド職員の中で、女性人気がすさまじかったのだ。後藤が抑えて居なかったら、おそらく薫の中でギルドの評価は地に落ちていただろう。

「でも、本人は心の中では分かっていたんじゃないかしら。愛されていなかったこと。代わりに加藤との疑似親子関係に安らぎを得ていたんだと思います」

ママは店の奥から薄い毛布を取り出して薫に掛けた。

「加藤が死んでからは、特に周りに人を寄せ付けない雰囲気でした。情けないことに、私たちにはどうすることもできませんでね」

彼女は後藤をチラリと見た。

「貴方、少し加藤に似てるんですよ」

後藤は目を見開いた。

「年齢もあの当時の加藤と同じくらいですしね。子育てに悩んでるって言うから『じゃあ、年輩の友達にでも聞いたら?』ってちょっと冗談のつもりで言ったら、迷わず電話をしだすので、誰を呼ぶんだろうって。あなたが入ってきてちょっとびっくりしました」

彼女は切なそうに笑った。

「薫はまだ全然、本当は加藤の死から立ち直っていなかったんですね…」

ママの指が薫の髪を優しく撫でた。

「加藤はものすごく愛情深い人でしたから、薫に与えられるだけ与えていました。あ、変な意味じゃないですよ。家族愛です。薫にとってはあれくらいの量じゃないと足りなかったんでしょうね」

十代初期に家族も家も育った町も思い出も何もかも無くし、容姿の所為で孤独を強いられ、愛した人には愛されず、大切に思っていた加藤も失った。

そんなときに現れたのが秋人だった。

「秋人くんは薫以上に何も持ってない子だったから、あの子からの愛情は薫にとっては砂漠の水みたいなものだった」

後藤は今初めて薫が秋人をどれほど想っているかを理解したような気がした。なぜ、あそこまで他人のたまたま知り合っただけの少年に、尽くせるのかずっと疑問だったのだ。

「本当に何やってるんでしょうねぇ。あんな素敵な婚約者ができたっていうのに」

やれやれとママは肩を竦めた。

「全部そばに置いておきたいなんてわがままなんですよ、ね、あなたもそう思わない?」

店主が振り向いた先には真っ青になって突っ立ている秋人がいた。