作品タイトル不明
4. 反抗期再び
薫はさらに収納から一本のスクロールを取り出した。
「それから、これを渡しておく」
帰還のスクロールだった。
「これ…」
「ああ、俺は持ってたけどお前には持たせてなかったからな。別々にダンジョンに入るのは想定してなかった」
以前にアイスドラゴンと戦った時は、念のためにと薫と秋人で1本ずつ所持していたのだが、あの時薫が昏倒したので秋人が所有していた方を利用して帰途に就いた。
その後、補充していなかったのは痛恨のミスだった。これがあれば、美香をダンジョンの外に連れ出すのにあそこまで秋人はボロボロにならなくて済んだのだ。
「そっか。これ持ってたらもっと簡単だったよね」
秋人がしみじみ言う。薫も眉間に皺を寄せて頷いた。
「まあ、おそらくこんな事は二度とないとは思うけど、他のシチュエーションでもダンジョンから急いで脱出しないといけなくなる場合もあるだろうしな」
との薫の言葉に秋人も頷き、スクロールを受け取った。
しかし、ふと、秋人は気が付いた。エリクサーがあの値段なのだ。当然、この帰還のスクロールもかなり値段の張るものではないのだろうか。
「薫、これっていくらくらいするものなの?」
「え?」
不意打ちに薫の表情が少し固まる。すぐにいつもの表情に戻ったが秋人は見逃さなかった。
「えっと、10万円くらい…かな」
「魔力の波動が3パーセントくらい跳ね上がってる。嘘だよね」
秋人がジロリと睨む。
「あー、俺の職業的スキルが秋人に通用しないー」
薫の言葉にしかし、秋人は追及を緩めない。
「ちょっと気になったんだけどさ、さっき話してたエリクサーの代金もどうなってるの?」
先日、美香へのプレゼントにアンティークのブローチを買った。
クレジットカードで通常買うのは 探索者(シーカー) としてのツールがほとんどだったので、いつもと違うジャンルの高額な買い物に、クレジットカード会社から問い合わせがきたのだ。
その事自体は別にいいのだ。クレジットカード会社さん、お仕事ご苦労様です、ちゃんとチェックしてくれていてありがとう…というだけのことだ。
しかし、一応気になって秋人は口座をチェックした。
不審なものは何もなかった。討伐報酬やら依頼料やらで入金の項目はいくつかあった。桜子救出の礼金などもしっかり記載されている。
しかし、秋人は不思議なことに気が付いた。
引き落としがほとんどないのだ。
衣食住に関する経費、光熱費などの引き落としもない。轟学園の学費も引き落とされていない。絵具や本やお菓子などの些細なものを秋人はスマホで購入していたが、それらの引き落としはどこから落ちているのか。
秋人が自分でカードを使って買った 探索者(シーカー) としての武器やツール、高額なスイーツなどの項目以外は何もない。
先日の薫パパラッチ騒動で金子に頼んでどどーんと出版社を買収してもらったが、それに関しては何か難しいいろいろな手続きを経ているので、秋人がいくつか持っている何かしらの資産を元に運用しており、この口座には関係していないと聞いている。
なので、大きな支出は年度始まりにギルドと政府から繰り越されている弁償金が振り込まれ、その5パーセントが薫の元へ行く。それだけだ。
「秋人からはいっぱい報酬をもらってるからね」
と薫はにこやかに答えたが、そういう事ではない。
「それは薫の代理人としての利益だよね?さっきの話からしたらエリクサー漬けはどう考えても僕の為の作戦じゃないか。だったらエリクサーの代金は僕からもらうべきじゃない?」
「えっと…それは」
「百歩譲ってそれはパーティーの備品だって言うなら、僕らの折半じゃない?これも!」
秋人は手元の帰還のスクロールをくるくると回して見せた。
「いやあ、まあ…そうかなあ?」
薫は何とか誤魔化したいらしい。
「えっと、税金対策…かな」
薫が遠くを見ながら言うが、秋人にはバレバレだ。
「魔力の波動が1割上がってる。嘘だね」
「秋人が強すぎる」
薫が降参と両手を挙げた。
「僕お金は沢山、たぶん使い切れないくらいあるんだよ。だから変なところで遠慮しないでよ」
と秋人が言うと、薫は首を捻った。
「いや、だって俺は秋人の保護者だからね。生活全般の費用は俺持ちが普通でしょ」
「違うと思うけど」
「いや、そうだよ」
薫はすまし顔で答える。しかし、秋人としては納得がいかなかった。
「僕、 探索者(シーカー) としては一人前だよ。薫より経験値高いし強いからね」
少し魔力の圧力をあげて見せたが、薫はきょとんとしている。
「ああ、そっか。薫には効かないんだった」
秋人が頭を抱えた。
「とにかく、子供扱いしないでよ。僕もうすぐ16歳だよ」
秋人の誕生日は2月の末だ。もうすぐ16歳である。しかし、そんな秋人の言葉を薫は首を振って否定した。
「まだ成人じゃない。秋人は子供だ」
その言葉は微妙にカチンときた。
「なんでだよ!薫の馬鹿!」
と秋人は叫んでキッチンを走り去った。
秋人の後姿を見送った薫は、困ったような顔でダイニングテーブルに肘をついた。
「難しいなぁ」
とため息をついた。
秋人は部屋に戻ってベッドに倒れこんだ。
「また、馬鹿って言っちゃった」
さっき謝ったばかりなのにである。
秋人は薫の助けになりたいといつも思ってるし、負担になりたくないのだ。頼ってほしいのである。
しかし、薫にとっていつまでたっても秋人は庇護対象。なかなか「仲間」扱いしてもらえないのが悔しかった。
「薫の馬鹿…」
ぼそりと呟いて枕をぼかぼかと叩いた。喧嘩をしたい訳じゃないのだ。いつだって心配ばかりかけているのも分かっている。
でも、守られてばかりなのは悲しい。秋人は誰かを守ることができるはずなのだ。そして、守るなら大切な人がいい。沢山大切なものは増えたけど、それでも一番大切なのは薫だ。
一つ、深くため息をついた。