軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15. 龍

秋人は目の前の光景が信じられず何度も瞬きを繰り返した。

美香が自分を庇って立っている。震える声で、泣きながら、怖いだろうにそれでも秋人を守ると言ってくれた。

それでもう十分だった。

秋人はフラリと立ち上がり、美香を後ろに下がらせた。

「如月君!」

「大丈夫。ありがとう」

秋人は穏やかな顔で美香を見つめた。これからおそらく嫌われるだろうけど、もうそれでもよかった。

秋人は深呼吸を一つする。そして、おもむろに切り飛ばされたほうの腕を掲げた。

びしっと何かが割れるような音がして、物理法則を無視したように秋人の失われた腕が出現する。足も同じく音とともに復活した。

「え?」

美香は驚いて声もなく立ち尽くした。明らかに魔法ではない。唐突にその現象は起きたのだ。

男はにやりと顔を歪めると腹を抱えて笑い出した。

「あはははは。いや、まじ?それはない。トカゲだってもう少し慎ましいぜ?如月秋人、お前人間か?腕とか足とか生えてくるとか、爬虫類でもないわ」

男の嘲弄に、しかし秋人は眉一つ動かさない。

「言いたいことはそれだけか?」

心底震えがくるような冷たい声だった。

先ほどまでの動きとは比べ物にならない速さで秋人が剣を打ち込む。男は防戦一方に追い込まれた。

「まじかよ、化け物め」

男が小さく唸る。秋人はまるで何も感じていないような無表情で男を追い詰め、切り刻んだ。

男の剣技は 救世来神教(エルミネイト) の中でも群を抜いていたが、それでも本気の秋人の足元にも及ばない。簡単に追い込まれた。さきほどまでの有利は秋人が美香をダンジョンから連れ出すのを最優先していたからで、本気の秋人には敵わない。

その事が男のプライドを大きく傷つけていた。

「くそ、こんなバカな」

男の失望は深かった。

少し前までの秋人の腕前なら男は余裕で勝つことができただろう。

しかし、男は知らない。秋人は毎朝桜子に稽古をつけてもらっていた。その技量はきちんとした理論と技術に裏打ちされた指導を受けることで、数か月前とは比べ物にならないほど向上していたのだ。

男の腕が飛び、剣が離れた。秋人は躊躇わず、男を袈裟懸けに大きく切り裂いた。

「くっ…」

男の体が崩れ落ちる。さらに追い打ちをかけるように反対側からも秋人は切りつけ、とどめを刺した。

静寂が訪れた。秋人の粗い呼吸音だけが周囲にある音だった。

秋人は少し躊躇った後、そっと逃げるように一歩を踏み出した。

今はまだ美香の顔を見る勇気がなかった。人外の化け物だと罵られるのが怖かった。彼女の顔に嫌悪が浮かんでいることを考えるだけで恐ろしかった。

だからこの場をあとにしようとした時、秋人の背後にどんと熱い何かがぶつかった。

「行かないで!如月君!行かないで」

美香が秋人の背後から縋りつく。もの凄い力だった。溺れる人が何かに必死に捕まるような強さだった。

「如月君が好きなの!如月君じゃないとだめなの!桜子さんが好きでもいい!」

秋人が振り返ると涙でぐちゃぐちゃになった美香が秋人の腕をつかんで離さなかった。そのまま、彼女は秋人の頬を包むと、渾身の力を込めて秋人の冷たい唇に自分の唇を合わせた。

「如月君が人間じゃなくてもいい、化け物でもいい、宇宙人でも妖怪でもなんでもいいの。そんなこと関係ないの。私は如月君が好きなの!!!今度こそ絶対に間違えない!私はあなたが好きです!」

美香が必死の力で秋人の体を抱きしめる。秋人は訳が分からず混乱しながら、美香の背中に手を回した。

温かい

これは現実なのだろうか…

「僕、たぶん人間じゃないと思う」

秋人の言葉に美香は黙って首を振る。

「それでも、許してくれるだろうか」

秋人の目から涙が零れた。誰にも、薫にさえ言ってない秘密だ。

美香は渾身の力を込めて、強く秋人を抱きしめた。

「油断大敵」

その言葉と共に美香の体が秋人の腕から奪われた。取り返そうと必死に伸ばした手をあざ笑うように、秋人の体を長い何かが貫き地面に縫い留めた。よく見るとそれは己が男に投げた杖だった。

「如月君!!!」

美香の叫び声が聞こえた。秋人は地面でもがきながら必死に顔を上げる。体を動かすと、自分の肺を貫いた杖の感触がざりざりと耳の中に音を立て、秋人の口元から大量の血が溢れた。

「いやあ、如月君!」

震える体で必死に美香の声を探す。

あの男が美香の髪を捕まえその首元に折れた剣を構えていた。

「再生能力がお前の専売特許だと思うなよ」

男は斬られたはずの体をどうにかくっつけたらしい。衣服は裂けていたが、体は斬れていなかった。

「せっかくの美しい場面を邪魔して悪い悪い。感動したねー俺」

ふざけた物言いだったが、男の顔色は悪く土気色だった。かなりの無茶をしているようだった。剣を支えている腕が震えて、美香の首筋に何度も小さな切り傷を刻んだ。

そのたびに男の体にも傷が走るが、男はまるで動じていなかった。

「やめろ…」

肺から空気が漏れ、声がかすれる。秋人は必死に地面と自分を繋ぎ止めているものに手をかけた。力の限り腕に力をこめて何とか動こうとするも、もう力が出ない。

「この女を殺せば、俺も死ぬがまあいい。龍の珠と無理心中とは俺の無駄な人生にも意味があるってもんだ」

男は美香の頬に唇を寄せた。美香が必死に顔を背ける。

「よっく見ておけ。お前の女が死ぬところを」

男はもうどうでもよかった。おそらく自分は死ぬし、下手したら宗主の首も跳ぶが知ったことではなかった。

たった一つの拠り所、ホンモノより強い剣の腕前というのが幻に終わった時点で、男は自分の人生の価値を見失っていた。

男の手がゆっくりと剣を引く。美香の首に強くそれが押し当てられた。

「やめ…ろ」

秋人の精神が崩壊する。ぐるぐると世界が混乱して吐き気がこみあげた。自分から美香を取り上げる全てのモノに対する憎しみで世界が染まる。秋人の何かが決壊しようとしたその時

「油断大敵はお前だ」

その凛とした声が天から降ってきた。

「は?」

男は何が起こったか理解できなかった。

突如天から降ってきた女が、見たこともないような美しい剣筋で自分の首を切り離した。

体が理解できなくて、転がっていく首の視線がぐるぐると回る。

そして、自分の首を切り飛ばした女の顔を見た。美しい女神のような栗色の髪の女。

女が左手を翳すと、ぼっと音を立てて男の首は炎を上げた。

「ちょっと、薫さん。これ最高。すっごい爽快!」

男の人生で聞いたそれが最後の声だった。