軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13. 魔法式

ギルドからの美香行方不明の一報が薫に届けられてから20時間が過ぎた。誘拐されてからダンジョンへ連れ込まれるまで少し時間がかかっただろうが、リミットが近づいているのは間違いない。

いまだ警視庁のAIは復旧の目途が立たない。秋人は居ても立ってもいられず都内の数か所のダンジョンに当たりをつけて調べたが、手掛かりがない状態では砂漠の中で小石を一つ探すようなものだった。

秋人と薫は情報収集の為、 探索者(シーカー) ギルド日本支部へ足を運んだ。

「後藤さん…」

何しろ大量の死体が都内に点々と転がっている猟奇事件だ。警察官や複数のギルド職員と後藤が事後処理にあたっていた。ギルド長の部屋に通された薫と秋人を見て、後藤は顔を歪めた。

「申し訳ない」

後藤が頭を下げる。

「いえ、相手は相当手練れだったと聞いています」

薫が唇を噛む。

美香に当ててもらっていた護衛は複数人おり全員が殺害された。

中でも公園に突撃した男は怪我をしてダンジョンに潜れなくはなったが、腕としては一流のものを持つ元Aランク 探索者(シーカー) だった。死んだ護衛の名前を聞いて桜子が絶句していたくらいだ。

「何か手掛かりは?」

憔悴した秋人が後藤に縋るように尋ねるも、後藤は首を振る。

「AIの復旧はどれくらいになりそうですか?」

薫の言葉に後藤は沈鬱な面持ちで

「あと12時間はかかるとの試算です」

と告げた。その数字は絶望的だ。

「今人海戦術で東京都内のダンジョン付近のカメラの映像を確認しに走っていますが、何しろ東京のダンジョンは数が多くて」

元々監視カメラの映像はAIで解析するのが最近のデフォルトだ。人の目で確かめる仕様になっていないカメラも多く苦戦を強いられている。さらに、先進国の首都にこれほどダンジョンがあるのは稀だ。日本はもともとダンジョン発生率が他国より高い。

「 救世来神教(エルミネイト) の信徒の死体が捨てられていた場所は分かりますか?」

「こちらになります」

後藤が都内の地図をみせる。後藤の了承を得て薫はスマホで撮影をした。

「他に、何か方法は…」

「とにかく何か分かればすぐに知らせますので、ご自宅で待っていてください」

と後藤に言われ秋人と薫は渋々了承した。闇雲に突っ込んだところでどうしようもないのだ。薫はさきほど聞き出した情報を元に少しアイデアがあった。

秋人は必死で膨れ上がる不安と戦っていた。

じりじりと時計の針が進む。美香はこのままじっとしていたくなかった。自分の所為で秋人が大変な目にあうことなど絶対に嫌だった。

「あなたは、今はまだ私に手出しできないのね?」

美香の言葉に男は不意打ちを食らったような顔をした。

「うん。まあそうだね」

男は鷹揚に頷く。それを見て美香はおもむろに立ち上がった。

「どこにいくの?」

「お手洗い」

「あ、そ。あっちらへんでどうぞ」

男が半笑いで岩陰を示す。美香は震える膝を叱咤して立ち上がった。

男の視界から逃れたところで、美香は駆けだした。ダンジョンから逃げ出すしかない。下層だと言っていたから上に上がれば出られるのだろう。さっきからモンスターも出てこないから、このダンジョンはきっとモンスターが来ないのだ。

美香はそう思った。一般人のダンジョンへの知識などその程度だ。男は敢えて言わなかった。この部屋がオアシスで、モンスターが出ないということを。

美香の逃げ出す足音を聞いて男はクスリと笑った。

「別にこれは俺が殺したってことにはならないよね?勝手に安全地帯から逃げただけだし。モンスターに食い殺される恋人の無残な姿を見た秋人くんは狙いどおり発狂してくれるかな」

男は逃げ出した美香の後姿を追って嘯いた。

ダンジョンの中はほんのりと明るい。美香は必死で坂道を上がった。息が上がる。苦しい。肺が詰まるような息苦しさだ。その息苦しさは瘴気の所為なのだが、そんな事を知らない美香は、全力で走っているからだと勘違いしていた。

今は出てこないモンスターよりあの男とあの男が語る話の方が怖かった。

不意に頭上に影が射した。

慌てて見上げると、何か大きな猿のような生き物が自分を覗き込んでいた。

「あっ」

美香の目が恐怖に歪む。猿はまるで知識があるようにニヤリと笑った。

「いや」

恐怖のあまり恐慌状態になって美香は来た道を引き返そうと踵を返すも、反対側にももう一頭猿が出現していた。

「あ、あ…」

壁際に追い込まれて美香は立ち止まった。

「おお、いい絵が撮れそう」

男の声が崖の上からした。絶望に染まった顔で美香が男を見つめる。

「君が勝手に逃げただけだから、俺は何も手出ししてない。君がモンスターに嬲られ殺される姿はばっちり録画してあげるから楽しんで」

男はスマホを構えて笑う。

「その猿は結構やばい猿だからね。獲物をもてあそんで生きたまま喰うのが好きな変態さんだ」

「・・・・・っ」

「秋人くんはどれほど悲しむだろう。俺、超楽しみー」

男の嘲笑がダンジョンの通路に木霊した。

猿がゆっくりと獲物にむかって歩みだす。

「いや、来ないで」

美香は涙で頬を濡らしながら、必死に崖にしがみつく。

「嫌ああああ」

美香の悲鳴と同時に、水色の光が迸った。

「え?」

男が思わず二度見する。美香を中心に半径2メートルほどの光の半球がモンスターの攻撃を跳ね返す。光に触れるとモンスターはジュっと音を立てて消滅した。

「防御魔法か?でも、彼女魔法はまだ使えないはずでは」

男は瞠目して美香を見つめる。

美香は胸元で光っているそれを茫然と見つめた。

「如月君…」

それは秋人がクリスマスにプレゼントしてくれたブローチだった。姉は地金は金だが花の部分はおそらくガラスだろうと言っていたが、どうやら違ったらしい。

「魔石かよ」

男がぼやく。

「防御魔法を仕込んでいやがったのか」

くそっと足元の石を蹴り飛ばす。

「まあ、でも流石にそう何時間ももたないだろう」

小さなブローチに嵌められた小石程度のものだ。男は笑った。

「どうせあと何時間かたてばお嬢さんは 探索者(シーカー) だ。そうしたらその程度の防御魔法なんか俺が斬り払ってやるよ」

モンスターに囲まれて震えている美香を見ながら、男は頷いた。

薫と秋人はギルドの地下駐車場へ向かった。

「秋人、少し俺に考えがあるんだが…うまくいけばこの地図で目的地を割り出せるかも…」

と薫が秋人に話しかけていると、不意に秋人が立ち止まった。

「秋人?」

思わず薫が声をかける。秋人はじっと虚空を見つめていた。それからおもむろに薫を見る。そして、事務所がある方角を向いた。

「薫の杖、師匠の指輪、杖の試作品は僕が持ってる…あと一つ…発動してる!」

秋人が作った秋人の魔法式。大きな魔石を小さく圧縮して威力を落とさないようにする秋人だけの術式。それが発動している。地下に潜ったからか、発動の気配を感じることができた。

クリスマスに美香に贈ったブローチは秋人がこの前霞が関のダンジョンで討伐した変異のアイスドラゴンの魔石を加工したものだ。元はアンティークのアメジストが嵌っていたが、同じような花の彫刻を施して付け替えた。

美香は魔力を持たない。その上、美術部員は荷物が多い。もしも、街中にモンスターが出たら大変だと思って防御魔法を施した。モンスターの魔力と悪意に反応して展開するので、普通の生活をしている上ではただのアクセサリーだ。ちょっとした自分への安心料のつもりだった。美香がちゃんと守られていると思うとほっとするのだ。

「跳べる…か?」

遠い。しかも痕跡は魔力ではない。行ったことない場所でもある。でも、自分の術式が展開されている。おそらくここからの 瞬間移動(テレポート) は魔力を大量に消費するだろう。非効率なのは百も承知だった。しかし、魔石の発動が消えてしまえば追いかけることは不可能だ。

秋人は躊躇わず母の杖を収納から取り出した。

「秋人!?」

薫が思わず叫ぶ。

「薫、僕行くね!

【 瞬間移動(テレポート) 美香】!」

秋人は跳んだ。

「秋人!せめて場所を!秋人!!」

薫の声が空しく駐車場に木霊した。