作品タイトル不明
12. 悪夢
美香が目覚めたのはごつごつした岩場の水辺の畔だった。周囲はほのかに明るく、真冬のはずがさほど寒くなかった。
「ここは?」
何度か目を擦って起き上がる。握りしめていた紙バッグを抱き寄せた。
「お目覚め―」
ぱちぱちと手を叩く音がして見渡すと、さきほどの金髪の男が3メートルほど距離を置いて立っていた。
「あっ」
美香は慌てて彼から距離を取る。
「ああ、そんな怖がらないでよ。俺、綺麗な子は好きなんだよね、血筋かな」
男の軽い口調とは裏腹に、目が笑っていない。
「ここ、どこだか分かる?」
男はニヤニヤと笑いながら美香に問いかけた。美香は恐怖で声も出ない。小さく首を振って見せるしかなかった。
「ここはダンジョン。霞が関第1ダンジョンの深層だよ。31階層かな?この下はダンジョンボスのフロアだね」
男の言葉に美香は震えあがった。
この前ニュースで見た映像が思い浮かぶ。モンスターに人が簡単に殺されるシーンは衝撃だった。そのダンジョンに今自分がいるというのが理解できなかった。
「大変だったんだよう。お嬢さんをここまで連れてくるのに、うちの信徒が124人も死んじゃった」
淡々となんでもないことのように告げる言葉の意味は、美香には理解できなかった。
「俺たちねぇ、とあるジジイに騙されて、とんでもない契約結ばされちゃったんだよ」
男は、いかにも『怒ってます』というようなわざとらしい表情を浮かべて見せた。
「【魔力を持たない人間への攻撃は4倍になって跳ね返る。さらに、神崎薫、如月秋人の両名に関係する人間に関しては、その関数を倍とする。特に両名の魔力を持たない家族の命を奪った場合は、宗主の命をもって償うべし】だって。ふざけてるよねー」
知った名前が出てきて美香は瞠目した。
「あ、そっか。なんで誘拐されたかもわかってなかったか」
ごめん、ごめんと男は笑ってうんうんと頷いた。
「俺たち、 救世来神教(エルミネイト) 。君の大好きな秋人くんのご両親が所属していた宗教団体の信徒だよ。よろしくね」
「・・・・・・」
美香は秋人の両親の話はあまり聞いたことがなかった。10歳の時に亡くなったということと、大変強い探索者だったということだけ。だから、いきなり宗教団体がどうのこうのと言われてもピンとこなかった。
「彼らがうちの所属だったんだから、秋人くんも俺たちの陣営に所属するべきだと思ってるんだけど、色々と煩い連中が秋人くんを独占してるんだ」
特にあのいけすかない弁護士!と男が声を高めた。
「ちょっと綺麗な顔してるからっていい気になりやがって。殺してやろうと思ったのに、失敗してさあ。怒られちゃったよ」
男の幼稚な言動の中に混じる残虐性に美香は恐怖を感じた。
「この前テレビに出てたじゃん。ほら、年末のキラキラした催し。アレの映像が猊下の目に止まっちゃって、殺すのはなしってお達しが来ちゃったんだよなあ」
うちの宗主様は綺麗な男が大好きだからねーと投げやりに男は笑う。
「なんか、加護深い顔なんだってさ。どうでもいいけど」
肩を竦める男は、特上に嫌な笑い方をした。
「だからさー、お嬢さんを殺さなくちゃいけなくなっちゃった」
と何でもない事、まるで道端のアリでも殺すような気軽さで、男は嘯いた。
男は謡うように続けた。
「如月秋人は正義の味方ってみんな思ってるでしょ?それが、まったくの錯覚で本当は恐ろしい化け物だって、世間が知ったらどうなると思う?」
「如月くんは化け物なんかじゃないわ」
思わず美香は言葉を挟んだが、男は薄ら笑いを浮かべ、肩を竦めた。
「でも、本当の事だ。アイツは俺たちの研究の成果物で、人工的に作られた龍神族の末裔だもの」
「りゅうじんぞく?」
聞いたことがない単語に美香は眉を寄せた。男はふふんと鼻を鳴らす。
「ああ、愚民どもはそんなことも知らないだろう?昔むかしダンジョンを司っていた神の一族だよ。残念ながら本物はこの世を捨てて去ってしまったけど、血族はまだちょっとだけ残ってるんだ」
おとぎ話のような話を男はさも現実のように話す。
「神の一族をもう一度蘇らせて、この世にもっとダンジョンの恩恵を呼び覚ますのが、うちの目的なわけ?お分かり?」
「如月くんはそんなことしない」
美香の心の中には、優しい秋人の姿しかない。そんな恐ろしい企みに組するわけがない。
「そうなんだよねー。あともうちょっとだったのに、あの弁護士に横取りされたんだよ」
「神崎さん?」
「そうそう。まさかあんなダンジョンで救い主に出会うとか思ってなかったからさー。まじがっかりよ?ほんと、ギルドの職員を誘導してめちゃくちゃさせてたからね。あともうちょっとで秋人くんは壊れて、僕らの手を取ってくれるとこまで追い詰めてたのに」
美香は心の中に怒りが沸き起こるのを感じた。どれほど秋人が大変な目にあったか、詳細を聞いてはいないが察することはできる。いつも、知らない事を申し訳なさそうに聞いてくる秋人。そのたびに「貴方が悪いわけではない」と何度言おうとしたことか。
「まあ、でもさ…あんたの悲惨な死体をみたらどうなるだろうか」
男はぴたりと美香の顔に視線を止めた。
「ふふふ。わくわくするね。俺たちは魔力を持っていない人に攻撃はできないけど、魔力を持ってる者には話は別だ。あと6時間で君はダンジョンに24時間いたことになる」
男が腕時計を見せる。
「今はまだ君は秋人くんの大変親しい友人ってだけだ。恋人でもお嫁さんでもない。でも、もうじき忌々しいバレンタインデーがくる。君と秋人くんの想いが通じれば、君は『龍の珠』になるかもしれない。魔力のない状態の龍の珠を殺すと宗主様の首が吹き飛びかねないんだよね。だから、やるなら今かなって」
男が美香への距離をじわりと詰めた。
男の指が時計の8時を示す。
「ここに針がきたら君は 探索者(シーカー) だ。そしたら、君をどうしようと契約はどうにもできない」
男はぺろりと舌を出して唇を舐めた。
「君が魔力を得たらたっぷり可愛がってから切り刻んであげる。その一部始終を動画にとって君を必死で探している秋人くんに送ってあげるんだ。それとも生きたままばらばらにした君のパーツの方がいいかな。楽しみだな。今度は絶対に魔力暴走をおこしてくれると思うんだよね。あれだけの魔力の持ち主が暴走したら、東京の半分くらい吹き飛ぶよね。そしたら、きっとあの弁護士がどんなに優秀でも、如月秋人を庇うことは不可能だ」
美香は震えて答えられない。恐怖のあまり目尻から涙が零れ落ちた。
「泣く?泣いちゃう?怖いよね。いいよ。その顔も写真撮っとこう」
男は構えたスマホで美香をぱしゃりと撮影した。ダンジョンの誰もいないオアシスに場違いなシャッター音だけが何度も響く。
「君が綺麗な子で俺も楽しい。秋人くんは魔力暴走をおこして人類の敵になる。君はそんな彼の姿を見ずに済む。win-winだね?」
男は楽し気に声を上げて笑った。
美香は何か縋るものを探すように腕の中の紙袋をぎゅっと抱きしめた。