作品タイトル不明
11. 文化祭 土曜日 16:00
後味の悪い思いで薫と桜子は美術室を後にした。
「なんだか疲れちゃいましたね」
「そうだな。あんまり美術の事とかよくわからないからな」
二人ともお互い自分に絵心に欠けている自覚のある人生だったので、アートに関する話にはあまり興味がないのだった。
「秋人、やっぱり上手いんだな」
「そうですねぇ…。上手いみたいなんですが、別にそれで食べて行きたいとかその手の仕事をしたいとかではなさそうですしね」
ふむふむと頷きながら二人で廊下をてくてくと歩いた。角を曲がる前にトイレのサインを見つけて薫が足を止める。
「あ、お手洗いに行ってきます」
と薫が言う。桜子も
「じゃあ、私も」
とトイレの前で分かれた。
そして、薫は20分待っても帰ってこなかった。
桜子は徐々に不安になってきた。いくらなんでも遅すぎる。そこへ、当夜が廊下の端っこからやってきた。
「桜子さん、すいません。遅くなりまして。あれ?先生は?」
当夜の問いかけに桜子は顔面蒼白で立ち尽くした。なぜ、自分が薫に付いていたのかを思い出したのだ。
「当夜くん、ごめん。私、失敗したみたいだ」
「え?」
「神崎先生の魔力が感知できない」
「なっ」
桜子はトイレの前で20分以上前に別れたことを当夜に説明した。
「すいません、俺のミスです」
当夜は項垂れる。何を呑気なことを言っていたのか…薫が狙われていることは分かっていたのに。
目を離してはいけなかった。桜子は女性なのだから付いていけない場所だってあるだろうに。
当夜が薫が入ったトイレに確かめに行くと案の定、そこに薫の姿はなかった。
「これは…」
そこに落ちていたのは薫のサングラスと、スーツのボタンらしきものだった。
「そのボタンは…」
ボタンを見た桜子は大きく目を見開いた。彼女はそのボタンに見覚えがあった。かなり趣向を凝らしたものだったからだ。
「当夜君、岩井俊っていう帝都美術大学の教授の所属を確かめて!」
桜子は慌てて美術室に踵を返した。
ダンっと大きな音を立てて美術室のドアが開かれる。中にいた皆が驚いて入り口を振り向いた。
「田辺先生!岩井教授は?」
顧問に掴みかからんばかりの桜子に
「桜子さん、どうしたんですか?」
と秋人が尋ねる。
「あの?え?」
田辺が想定できない展開に追いつけない状態でしどろもどろになっている。
「どこに行ったかと聞いている」
桜子が田辺を釣り上げて壁際に追い込む。周囲のギャラリーは唖然として、美女が男性教授を片手で持ち上げるのを見ていた。
「か、帰りました!急用があるからって」
なんとか田辺がそう告げると、桜子がちっと大きく舌打ちをして手を離した。田辺が桜子の足元に崩れ落ちる。追いかけてくるように当夜が美術室に駆け込んだ。
「岩井教授は帝都美術大を1か月前に退職しているそうです!!」
当夜の言葉に桜子は唇を嚙みしめた。
「へ?そんな馬鹿な?」
と田辺が驚いて声を上げた。
瞬間、当夜と桜子の背筋をぞっとするようなものが駆け抜けた。
「薫がいないの?」
どこか抑揚のない声色に聞こえるそれが、秋人の声だと気が付くのに二人は少し時間がかかった。
ザワリと周囲の空気が揺れる。秋人から抑えきれない魔力が溢れそうになっている。
「くそ」
当夜が秋人を抱きかかえるようにして、窓から飛び降りた。ここは3階だ。
「え!?」
周囲の人間が驚いて声も出ない様子なのをいいことに、桜子も後を追う。
「工藤さん!すまない!後よろしく!!」
同じく窓から二人を追いかける桜子。美香は後始末を任されて茫然としながらも、尋常な様子ではなかった秋人の事を想うと胸が痛かった。
「如月君…」
ポツリと呟く声が震えていた。
秋人を抱えたまま3階から飛び降りた当夜は、自分の体を下にして勢いを殺して地面に転がった。
「当夜、離して」
当夜の腕の中から秋人が腕を伸ばす。
「秋人…ちょっとま…」
「分かってる。落ち着いたよ。大丈夫」
いきなり降ってきた人間に周囲の生徒や見学客が唖然としている中、さらに上から桜子が飛び降りてきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫っす」
当夜が秋人を抱えたまま立ち上がる。
「気絶したふりしとけ。車まで走るぞ」
あくまでも秋人は一般人であることを前提に、当夜が秋人を抱えたまま駆けだした。桜子も後に続く。
校外の駐車場まで身体強化を使えば5分もかからない。
「当夜、車出して」
秋人は車に乗り込みながらスマホを取り出した。
車に乗り込みながら秋人が電話をかける。同じく車に乗り込んだ桜子が見守る中、秋人のコールに相手はすぐに答えてくれた。
『秋人君、どうした?』
「後藤さん。薫が誘拐されました。警視庁のAIで探してください。場所は轟学園の第三棟の3階のトイレからです。返事は当夜の電話に。僕は別の方法で探します」
『分かった!』
頼りになるギルドマスターの返事に大きく一つ頷く。
「何やるつもりだ?」
当夜の顔に困惑はある。AIで後藤から探してもらうところまでは当夜も考えていたが、それが次善の策ならば、秋人には他に方法があるのだろう。おそらくロクでもない方法が。
「桜子さん、僕が倒れたら後はよろしくお願いします」
「え?」
【 迷宮探索(マッピング) 】
秋人は東京全体をダンジョンに見立てて 迷宮探索(マッピング) の呪文を唱えた。
薫の魔力の痕跡を迷宮核の存在に置き換え、細かな存在を排除するように術式を高速で組み替える。都市を人を道路を鉄道をダンジョンの構造物に置き換える。秋人の膨大な魔力が都市を飲み込んでいく。
それでも、この大きな都市に莫大な人数を抱える東京全体を把握するなど狂気の沙汰だ。秋人のレベル内で収まらなければ薫の元にはたどり着けない。
「秋人!無茶だ!!」
当夜が叫ぶ。
高速で3Dの都市が秋人の腕の中で展開されていく。秋人の額から汗がしたたり落ちる。時間との勝負だ。
秋人は薫を失う事だけは耐えられない。それだけは御免だった。
数分後、秋人の腕の中で都市の構築が止まった。
「ここ、ここに薫がいる」
秋人は低く呟いた。目黒の小さなビルの地下だろうか。当夜がその場所に向かって車を急発進させた。桜子は武装を取り出す。秋人は肩で息をつきながら収納魔法から魔力回復薬を取り出して一気に飲み干す。
「秋人、薫さんもだけど魔力回復薬は万能じゃないからな。魔力回路への負担も大きい。無茶苦茶だぞ」
ため息を付く桜子に微かに笑って見せる。
「薫が言うには、魔力回復薬とかエリクサーをガンガン投入するのは、札束で相手を殴る効率的な作戦だそうです」
「薫さんの方が教育的指導いるんじゃないか?」
桜子がぼやくと当夜も大きく頷いた。
秋人は少し辛そうに額から流れる汗をぬぐった。顔色もよくない。相当魔力を消費したのだろう。本来はもう1本魔力回復薬を飲みたいところだが、桜子は断固として反対した。
「寝てなさい。少しは回復する。着いたらちゃんと起こしてあげるから」
桜子の言葉に秋人は一つ頷き、すぐに寝息を立てだした。
「…着いたら起こすんっすか?」
「起こさないとまずいだろう。私は死にたくない」
「うへあ」
当夜がため息を付いた。