作品タイトル不明
私は平和的に話し合いしてるつもりだった 2
おふたりには悪いけど、それでは私は納得しないの。
「何を甘いことをおっしゃっているんです? 言い聞かせるなんて時期はとうに過ぎています。私はクラリッサの件に関しては、バーソロミュー様と奥様はいっさい信用していません」
まさか私がここまで強く言うとは思わなかったんだろう。
ノーランドの四人は、目を大きく見開いて息を呑んだ。
「確か……ヨハネスと離婚した時に、あまりにクラリッサの評判がひどいことになっているために、バーソロミュー様の屋敷に引き取り、謹慎生活をしながら社交界での立場を改善する話になっていたんですよね?」
未来の皇妃の叔母が若い男に貢ぎまくって離婚されたなんて、今後ずっと、モニカへの嫌味に使われるだろう醜聞よ。
「でも、年末にはずいぶんと派手に遊んでいらしたそうですね。子供達は平民になり、友人にも会えず、ひっそりと生活させられているというのに、母親は三十人以上集めて毎日のように、昼間から酒を飲んで遊んでいるなんて、聞いた時には怒りを通り越して呆れ返ってしまいましたわ」
私の話を聞くうちに、ノーランド側の四人の顔色がみるみる白くなってきた。
青いじゃなくて白い。
もう色がなくて、唇まで赤味が消えている。
ちょっと大丈夫?
お父様じゃなくて私が話しているのは、ノーランド対ベリサリオという状況を今はまだ作ろうなんて段階だとは思っていませんよってことだし、政治的には何も意味がなく、私が好き嫌いの感情で言っているだけですよってことよ? さっき説明もしたよね?
「……なぜ……それを?」
「コーディ様?」
「なぜそれをベリサリオが御存知なんですか?」
「そりゃあ、帝国中に招待状をばら撒けば話が入ってきますよ。ベリサリオに恩を感じている貴族はたくさんいる……」
あまりに勢いよくはじかれたようにノーランドの三人がスウィングラー伯爵を見たので、驚いて言葉を切って私も彼を注目してしまった。
「スウィングラー伯爵、これはどういうことだ?」
うわ、コーディ様から魔力が漏れてる。
なるほど、あまりに怒ると魔力が漏れてうっすら光ってオーラみたいになるのね。
以前ベジャイアのアホ相手に私も発光したんだけど、自分の状況は自分じゃわからないじゃない?
たしかあの時はもっと眩しかったから、皇宮の真ん中でド派手なことをやらかしたわけだ。
「い、いえ……私は……」
「ノーランド内の親しい友人だけを招待したと話していただろう!」
「え? そんな話になっていたんですか? パオロにも招待状が届いたそうですよ。しかも新婚なのにミーアには招待状を送らないで、パオロだけ来てくれってバカなことを書いてあったそうで怒っていましたよ」
「あああ、なんてこと」
奥様は両手で顔を覆って俯いてしまった。涙声になっている。
「スウィングラー伯爵、きさまは嘘の証言をしていたのか?」
「ま、待ってください。誰を招待するのか決めたのはクラリッサ様です。私は知りません!」
「コーディ、おそらく本当にクラリッサの責任なんだろう」
バーソロミュー様も一気に疲れた様子で肩を落とし、ごしごしと掌で頬を擦った。
「ずっと屋敷から出ない生活をしていて、年末からの社交シーズンも招待状は全て断らせたので、ごく親しい友人を何人か招いて、ささやかな茶会を開くくらいはかまわないと言ってしまったんだ。それが……私と妻が皇都に出向いている間の昼間ならバレないだろうと思ったのか、派手に遊びだして……これでばれないと思うなんて……」
「前から愚かだとは思っていましたけど、ここまでだったとは。父上も母上も甘すぎると何度も話したでしょう。あいつは何年か軟禁するべきだったんです」
クラリッサ様は短絡的な女性だとは思っていたけど、歳を重ねるごとに重症になってない?
若い時は何もしなくても周りがちやほやしてくれたから、目立たなかっただけ?
親の目を盗んでパーティーして怒られるって、成人前のガキと一緒だよ。
「それで、今クラリッサはどういうお咎めを受けているんですか?」
「……」
「まさか、言って聞かせただけ?」
「嘘だろう……」
コーディ様が大きく息を吐き出しながら頭を抱えてしまった。
まあ、ちょっと落ちつこうか。
今のところはまだ、彼女の黒歴史がまたひとつ増えただけよ。
帝国中の笑いものになって、モニカがそのせいで多少苦労するかもしれないけど、ベリサリオが口出しするようなことじゃないのよ。
「内輪のことだからと事実確認せず、なかったことにしようとなさったんですね」
もう十四歳になったから、年齢を気にしないで話せてらくちんよ。
扇をバサッと開いて口元に当てて、思いっきりため息をついた。
「ノーランドは皇妃になる方の実家だということを忘れていませんか? あなた方に落ち度があった時、つらい思いをするのはモニカなんですよ。場合によっては、婚約解消しないといけない事態も充分にあり得るんです」
「そ、そんな、いくらなんでも」
ハンカチで目元を押さえていた奥様が、慌ててテーブルに手をついて身を乗り出した。
「クラリッサが、あの子が妖精姫様をこれほど怒らせるような、そんなことをしたんですか?」
「はい」
ひっと息を呑んで倒れそうになった奥様を、バーソロミュー様が慌てて支えた。
あ、今のなし。
そんなに怖がられると思ってなくて、素直に返事しちゃった。
「スウィングラー伯爵は御存知ですよね。クラリッサ様のパーティーに通い詰めていらしたようですから。だいぶ酔っていらしたのか、大きな声で話していたみたいじゃないですか。たとえば……モニカの教育係をベリサリオやグレタがやっているのはおかしい。グレタなんて弓を担いで猛獣と戦う野蛮人だ。恥ずかしいからノーランドから外に出すな、とか」
「うっ……」
視線だけで相手を凍り付かせそうな冷ややかさでコーディ様に睨まれて、スウィングラー伯爵は剣の使い手として有名な人とは思えないような怯えた様子で、慌てて椅子に座ったまま後方に移動した。
「お母様についても、娘のおかげでちやほやされているだけの 女狐(めぎつね) だ。本来なら皇妃を輩出したノーランドがベリサリオより上の地位に就くべきだ。妖精姫が嫁いだら、あいつらには価値がないんだから潰してしまえばいい、でしたっけ?」
静かな部屋に私の声だけが響いて、どんどんノーランドの人達を追い詰めていく。
こんなに衝撃を受けると思っていなくて、でも説明はちゃんとしなくちゃいけないから、話しながら罪悪感が半端ないんだけど。
「申し訳ありません。本当に……」
「奥様、落ち着いてください。まだまだあるんです」
「えええ?!」
「伯爵、ディアの話は知っていたのか?」
「……あ、いえ、クラリッサ様が……その……」
これ、私が話を続けても大丈夫?
余計にダメージがでかくなってない?
「クリスお兄様」
「うん。僕から話そう。事務的に端的に話した方がよかったね」
まさかこんなに慌てるとは思ってなかったし、ここまで何も知らないとも思っていなかったからなあ。
クラリッサの発言をノーランド内のほとんどの人が知っていて、それが問題になっていたから、ただでさえ社交シーズンで忙しいのに余計に仕事が増えて、カーラ達にまで手は回らなかったってことなんだろうな。
まともな人は出戻りの当主の妹なんて、全く相手にしていなかっただろうから、それで意地になって暴走したんだろうか。
「ベリサリオが一番に問題にしているクラリッサの発言は、妖精姫を島国なんかに嫁がせても得をするのはベリサリオだけだ。シュタルクに差し出した方が今後の帝国のためになる。彼女のせいで皇宮にニコデムスが入り込んだんだから、責任を取らせて国から追放すればいい、です」
「あ……ああ……」
ハンカチをきつく握りしめた奥様の目から涙がはらりと零れて頬を伝った。
バーソロミュー様は胸を押さえてきつく目を閉じてしまっている。
「もう一度聞く。伯爵、妹がこのような発言をした時にその場にいたのか?」
コーディ様は歯の間から絞り出すような声で話しながら立ち上がった。
「……そばではなく」
「その場にいて止めなかったのか? 叱らなかったのか? まさか同調したのか?」
「それは……」
『ほう、ディアをシュタルクに差し出せと?』
あーーー、来てしまったあ!
急に窓から強い風が入り込んでカーテンをはためかせたから、なんだろうと不思議に思って視線を向けたら、瑠璃と蘇芳が立っていた。
いやあ、いつ見てもイケメン……じゃなくて、こわいからその顔。
精霊王が出て来たら話がややこしくなるじゃないかー!!
『それはノーランドの意向か?』
思わず目を閉じて天を仰いでしまった。
さすがにバーソロミュー様とコーディ様は無様な真似はせず、すぐに椅子を横にどけて跪いた。バーソロミュー様は奥様を支えることも忘れなかったわよ。
スウィングラー伯爵はコーディ様に注目していたために窓に背を向けていたので、一瞬反応が遅れて、慌てて床に土下座していた。
『ディアに対するその暴言、ディアが許しても我が許さん』
待って。落ち着いて瑠璃。
室内の温度が急激に下がったような気がするから。
『ノーランドと住居を繋げるのやめるわ。ディア、他にいい場所を紹介してくれ』
蘇芳も落ち着いて!
蘇芳がノーランドを担当から外したなんて知られたら、モニカの立場がやばい。
その原因が妖精姫を追放しろ発言だなんて、婚約解消になりかねない。
「お待ちください、ノーランドはそのようなこと思ってもおりません。暴言を吐いた者達は厳重に処罰します。どうぞお許しください」
コーディ様まで跪いた状態から土下座に移行している。
これ、どうすればいいの?
見物している場合じゃないでしょってクリスお兄様とお父様を見たら、ふたりとも気の毒そうにノーランドの様子を見た後、どうにかしてと言いたげに私を見た。
私? 私か。
私がどうにかしなくてはいけないのか。
『処罰とは?』
「スウィングラー伯爵とその場にいた者達はプレイステッドの塔に収監し、取り調べの後、首謀者は処刑します」
プレイステッドの塔って、魔獣がたくさんいる草原の真ん中に建っていて、脱獄しても魔獣に殺されるって監獄よね。
それに、処刑? え? 処刑?!
「伯爵の一族は全員捕らえ、共謀していれば全員処刑。無関係であっても爵位剥奪し領地も取り上げます」
家族まで処刑?!
この世界は人の命が軽く扱われているのはわかっているけど、なんでそこまで?!
あ、そうか。この伯爵、クラリッサと組んで当主の地位を狙っていたのか。
それで仲間を増やすために集まって、それで酒に酔って大騒ぎ?
馬鹿なの?
しかもクラリッサは伯爵の狙いがわかっていなくて、帝国中に招待状をばら撒いた?
やだ。馬鹿すぎて笑えてくる。
「クラリッサももうかばいようがない。父上、母上、覚悟を決めてください」
「わかっている。甘やかした私のせいだ。あの子を処刑して、私も死ぬ」
「あなた、私も一緒に」
は?
え?
『ではそのように』
「ちょっと待ったああ!!」
思わず立ち上がって、片手を思いっきり前に出しながら叫んだ。
「なんでこんな話になってるの? 違うから。違うでしょ。違うって」
「ディア、落ち着いて」
「クリスお兄様も少しは慌ててください。瑠璃も蘇芳もやめて。気持ちは嬉しいけど駄目!」
でかい男がふたり並んで、きょとんとした顔をするな!
私が望んでいるのはこんなんじゃなーーい!