作品タイトル不明
作戦本部を作ろう 1
イフリーに乗って廊下を駆け抜け、階段は浮かび上がって最短ルートで移動して、お兄様達を置き去りにしてカーラの部屋に急いだ。
「カーラ!」
部屋の前でイフリーから飛び降り、その勢いのまま扉を開けて部屋の中に駆け込む。
カーラはソファーの端に小さくなって座っていて、俯いて膝の上を見つめていた。
ジョアンナも床に膝をついて、何かカーラに話しかけていたようだ。
「ディア! ディア、どうしよう。精霊達が!」
私に気付いたカーラが勢い良く立ち上がったので、膝の上に固まっていた精霊が落ちそうになり、カーラは精霊を両手で抱き込んで慌てて床にしゃがんだ。
「どうしたの?」
「元気がないの。光もどんどん弱くなっているの。たぶんこのブレスレットのせいよ」
カーラは私に見えるようにブレスレットをした腕を持ち上げてみせた。
ベジャイア風の高価そうなブレスレットだ。
使われている宝石も珍しい色合いでかなり大きい。
宝石? あれ?
もしかしてこれは魔石じゃない?
「さっきからいろいろ試しているんだけど外せないの。どうしよう」
「ちょっと手首が傷だらけじゃない」
「カーラ様、落ち着いてください。ディア様が来てくださったからもう大丈夫ですよ」
ジョアンナも不安だっただろうに気丈に振る舞っている。
カーラの肩に手を置いてそっと声をかけてから、今度は私の方に顔を向けた。
「先程から何度も回復はしているんです。でもカーラ様は慌ててしまって、無理に外そうと留め金の隙間にナイフを突き刺そうとしたり、無理に鎖を切ろうとしたり、無茶ばかりしていて」
「でも、でも精霊達が」
『おまえら、甘ったれているんじゃないぞ』
ジンが急にむっとした口調で言い出したので、カーラや私のことを言ったのかと思って驚いて顔をあげたら、パタパタと羽を動かして空中に浮かびながらカーラの膝の上を睨んでいた。
びっくりした。カーラの精霊達に言ってたのね。
『カーラが過保護過ぎるんだよ』
『ジンの言い方はどうかと思うが、魔力が吸収出来なくても一日や二日で精霊は消えたりはしない。カーラも精霊達も少し落ち着け』
カーラはびっくりした顔でイフリーやジンを見ている。
自分以外の精霊獣に話しかけられたのは初めてだったんだろうな。
普通の精霊は自分の主人としか話さないもんね。
『普段カーラに大事に育てられているから、突然魔力が吸収できなくなって慌てたんだろう』
リヴァは精霊達のすぐ近くに移動し、すぐにまた私の傍に移動してきた。
『ディア、あのブレスレットから嫌な音がする。聞いているだけで眩暈がしてくる』
「カザーレがニコデムスの関係者なら、ペンデルスで開発した魔道具なのかもしれないわね。カーラ、掌に魔力を集めることは出来る?」
「それが出来ないの。上手く魔力を使えないのよ」
精霊を実験台にして作った魔道具をカーラに使いやがったわね。
どうしてくれよう。
『カーラ、彼らは会話してはいけないのか?』
ガイアがにゅっと顔をカーラの近くに寄せて注意を引いてから質問した。
「いえ……あ! そうだわ。父が精霊達が話すとうるさいって言って、うちでは自分ひとりの時以外は話さないようにしていたんだわ。ごめんなさい。話していいのよ」
「焦りすぎて、頭が回っていないわね」
「だって、このまま消えちゃうのかと思って」
「泣かない泣かない。大丈夫よ」
気が緩んだのか、カーラの目から大粒の涙が溢れだした。
カーラは真面目で優しい子なのよ。
『困らせる気はなかったのだ。でも驚いたのだ』
『魔力が全く吸収出来ないなんて初めてなのだ』
『誰がカーラを泣かせたのだ?』
『僕達なのだ』
うわ、突然一気に話し始めた。
確かにちょっと賑やかかも。
『魔力が足りないのなら、あり余り過ぎて無駄に垂れ流しているディアの魔力を吸収すればいい』
ガイア? その言い方は何かな?
怒らせるようなことを何かしたっけ?
静かなガイアが後回しにならないように気を配っているつもりなんだけどな。
『ディア、魔力を吸収してもいいだろう?』
「無意識に余った分を垂れ流しちゃっているんでしょ? かまわないわよ」
『どうした? 言い方がまずかったか?』
「垂れ流しているんじゃなくて溢れ出しているの」
『どこが違うんだ?』
微妙なニュアンスの違いがわからないのかあ。
垂れ流す魔力と溢れ出す魔力じゃ、受ける印象が全く違うわよ。
『いいか! 今だけだぞ。ディアの魔力は僕達のなんだからな』
『ジン、子供みたいなことを言うな。リヴァもイフリーもいいよな』
ガイアに言われてリヴァとイフリーが同意すると、カーラの精霊達は嬉しそうに跳ねまわった。
今までは初めての状況に焦って、パニックになっていたのかな。
「大丈夫なの? ディアの負担にならない?」
『問題ない。精霊は他人の魔力をもらう場合、自分の主の魔力より強い魔力ではないと吸収しないが、ベリサリオやカミルは魔力が強い。特にディアとカミルは精霊王が後ろ盾になってたくさんの祝福を受けているので、人間としては異常な魔力の強さと量がある』
珍しい。
ガイアがいっぱい喋っているよ。すごいよ。
『でも本人とその精霊の承諾なしに吸収したら、その人の精霊に喧嘩を売っていることになるんだ』
「ほー」
「そうなのか」
不意に背後から声がしたから振り返ったら、ハミルトンだけが部屋に入ってすぐのところに立っていて、カミルとお兄様達は扉の外から部屋を覗き込んでいた。
独身の御令嬢の部屋に無断で入ったら悪いと思っているのかな?
さすが貴公子と言いたいところだけど、そこまでがっつり覗き込んでいたらたいして違いはない気がする。
「姉上、大丈夫?」
「ええ、もう大丈夫よ。ディアの魔力をもらったの」
『ディアは人間なのか?』
『この魔力は人間じゃないのだ』
『力が漲ってきたのだ』
『あんまり吸収すんなよ』
『この猫型はケチなのだ』
『あんだとー!』
うん。これだけ元気なら大丈夫だ。
「はい。ひとまず部屋を移動します!」
大きな声で言いながら立ち上がる。
聞きたいこともあるし、ブレスレットを外さなくちゃいけないし、まずは全員が落ち着いて話せる場所が必要よ。
「居間に案内するよ」
ハミルトンがお兄様達に声をかけている間に、私は立ち上がったカーラを抱きしめた。
「まずは顔を洗って、髪を整えた方がいいわ。服も出かけた時のままでしょ」
「そうするわ。すぐに支度する」
『うひょひょーい』
『話していいの?ねえねえ?』
『ひゃっほー』
『精霊いっぱーい』
突然廊下の方から素っ頓狂な声が聞こえてきたんですけど。
「あれはハミルトンの精霊達なの。……うるさいでしょ?」
「たしかに……」
『うるさくないのだ』
『喋りたいのだ』
ちょっとだけ話すの禁止と言った気持ちが理解出来た。
これが毎日だったら、たしかにうるさいわ。
母親であるクラリッサ様の好みに合わせてこの屋敷は造られているため、装飾が派手で全体的に女性らしい内装になっている。
友人を招くことが好きなクラリッサ様は、広い居間にソファーや寝椅子をいくつも置いていた。
私が少し遅れて到着した時、お兄様ふたりは奥の三人掛けのソファーにゆったりと腰を降ろしていて、自分の屋敷のように寛いだ様子だった。
普段ならふたりの間に私の座るスペースが用意されているんだけど、今日はその場所が確保されていない。
私も三人並んで座る気はなかったから、意見が一致したようだ。
三人並んだら尋問みたいじゃない?
ベリサリオ対ヨハネスじゃないんだもん。私は中間の位置から公平な判断をしたいわ。
入り口近くで落ち着かない様子で待っていたハミルトンは、身嗜みを整えてきたカーラの姿を見て安心したようで、姉の手を取ってお兄様達の正面のソファーにエスコートした。
となると、私の席は審判席の位置よね。
ひとり掛けの大きな椅子に腰を降ろすとすぐ、窓から外を眺めていたカミルが私の座っている椅子の肘掛けに腰を降ろした。
なぜそこ?
立場的に座る場所に悩むのはわかるけど、隣に椅子があるでしょう。
見上げたらにっこりと微笑むあたり、わざとこの場所に座っているな。
いいんだけど、この雰囲気の中で私達だけがカップルでくっついているのはどうなのかなって気になるじゃない。
はっ! もしかして、私が感情的になって立ち上がりそうになったら押さえるためか?
「きみはフェアリーカフェにいたんだろう? 聞きたいことが出るかもしれないから、ここにいてくれないかな」
「は、はい」
クリスお兄様に声をかけられたジョアンナは緊張しちゃって、ぴしっと背を伸ばして返事をして、部屋の隅の方に引っ込んだ。
出来るだけ目立たないようにしたいんだろうな。
壁と同化したいと思っているかもしれない。
クリスお兄様はもう王宮でブレインとして仕事をしているから、落ち着き払っているというか静かな凄味があるというか、存在感が半端ないのよ。
特に今は大事な話をする場面だから、黙っていると冷ややかに見えてこわいんだってば。
横のアランお兄様も近衛隊で訓練しているせいか、やっぱり威圧感が増している気がする。
年下の女の子が相手だということを忘れないでね。
ハミルトンなんて、私より二歳も年下なのよ。
「あの」
なかなか話に入らないものだから、カーラが耐え切れなくなって口を開いた。
駄目だー。こういう時は先に口を開いた方が不利よ。
「来てくださってありがとうございます」
敬語になってるし。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「迷惑?」
クリスお兄様が無表情のまま首を傾げた。
「何に対する謝罪だろう。迷惑をかけられた記憶はないんだが」
「え?……あ、あの」
何か投げる物はない?
クリスお兄様の頭にぶつけたい。
「フェアリーカフェで騒動を起こしてしまって、迷惑をかけてしまったので」
「ああ、なるほど」
ようやくクリスお兄様の表情が少しだけ和らいだ。
「まったく気にしていないよ。あれが他所の店だったら今頃どうなっていたかを考えたら、むしろうちでよかった。そろそろカザーレが行動に移しそうだと予想していたのかい?」
「……」
頷いといて。いいから、そういうことにしておいて。
自分に都合のいいようにしてオッケー。
でもカーラは真面目だから困った顔で私を見て、頷け頷けって念じている私の様子に気付いて、もっと困ってしまっている。
クリスお兄様も私がどういう顔をしているかわかっているんだろうな。チクチクと視線を感じるわ。
「ハミルトンが、きみはカザーレがニコデムスと関係があると知って、自ら囮になったと言っていたがそれで間違いないのかな?」
「はい」
「だったら謝る必要はない。ベリサリオがニコデムスを潰すために動いていることは知っているはずだ。むしろフェアリーカフェを使用したことは賢い選択だよ。こうしてカザーレが行動を起こしてくれたのは、きみの功績だ。俯かないで胸を張るべきだ。貴族は簡単に謝罪してはいけないと教わらなかったのかい?」
「あ……」
話を聞くうちに、クリスお兄様は責めるのではなく評価しているとわかって、カーラは心から安心したんだろうな。
胸に手を置いて大きく息を吐き出して、また泣きそうになっている。
そんなカーラを慰めるハミルトンも、すっかり表情が明るくなっていた。
「こわいんですよ」
「え?」
「お兄様達ふたり並んで威圧しないでください。ここは王宮じゃないし、目の前にいるのは私の友達なんですからね」
「こわい?」
「兄上はこわいけど、僕はそんなことないだろう」
「え?」
ふたりして不満そうな顔をしない!
私だって尋問が始まるのかと思ったわよ。
「ただ、もう少し早く相談してほしかったな。まさか進んで囮になろうとしているとは思わなかったから、貴族に戻るためにまずは商人として成功して、豊富な財産を足掛かりにしようとしているか、ベジャイアとの強い繋がりを作ってそれを武器にしようとしているのか、あるいはカザーレに恋しているのか、どれかわからなくて傍観しているしかなかったよ」
「商売の相手だとしても、恋していたら尚更、クスリを使うようなやつだったと知ったらショックが強いだろうなって思ったよね。でもそこで冷静になんのクスリか突き止めようとするなんて、もしかして」
「もしかして?」
アランお兄様が言葉を切ったので問いかけたら、お兄様ふたりは顔を見合わせてから苦笑いした。
「自分を傷つけた男に復讐する気なのかなって思った」
「アラン、僕はそこまでは考えなかったよ」
「さっき真面目でおとなしい子ほど本気で怒ると怖いって言ってたじゃないか」
私が先にカーラの部屋に行った時に、そんな話をしていたの?
「じゃあ私に、カーラは会いたいと思っているとは限らないって言ったのは?」
「商売相手にしても恋愛の相手だとしても、信頼していた相手にクスリを盛られたんだ。かなり傷ついているだろう。そんな時は友人に会いたくないじゃないか。情けないところは見せたくないだろう?」
「あーー」
男性陣は納得したようだけど、そりゃね、クリスお兄様はそうでしょう。
「女子は違います」
「え?」
みんな揃って、ハミルトンまで一緒に意外そうな顔をしないで。
「女の子はそういう時は仲のいい友達と、甘いものでも食べながら文句を言ったり思いっきり泣いたりしたい子が多いんですよ。ひとりで泣くなんて寂しいでしょ。ねえ」
「失恋したことがないからわからないけど、落ち込んだ時に傍に友達がいてくれるのは嬉しいわ」
ほら、カーラもそう思うわよね。
一緒に怒ったり泣いたりしてくれる友達は、かけがえのない存在だわ。
「そうなのか?」
男の子って友達相手にもカッコつけたいんだね。
そういえば前世の友達が、友人といる時の男の子と恋人とふたりだけの時の男の子は別人だって言ってたような気がする。
「ともかく! 話を元に戻そう」
「クリスお兄様、今回は読みが全く外れていますね。女心をスザンナに教わらないと」
「話を、元に、戻そう」
「はーい」
緊張した雰囲気が消えて、カーラも少しだけ強張っていた体の力を抜くことが出来たみたいだ。
ほっとしたら甘いものが食べたくなったので、バングルのマジックバッグから焼き菓子を取り出してみんなの前においてあげたのに、こいつ何やってるんだって顔で見られてしまった。
解せぬ。