軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 自分の力で 2   カーラ視点

食事会というよりはお茶会の雰囲気だけど、男性陣の空腹を癒すためにお菓子より軽食のほうが多くテーブルに並んでいる。

私を挟んでエルダとハミルトンが座り、向かいの席にはジュードを中心にダグラスとデリルが腰を降ろした。

「ここ一週間くらいで、ずいぶんと噂が様変わりしているでしょ?」

侍女達が仕事を終えて離れるとすぐにエルダが話し始めた。

「噂?」

「イーデン子爵夫人の噂よ。ついこの前までは素敵な恋愛物語のように語られていたのに、今では、ヨハネス侯爵を誘惑して子供達を悲しませている悪女のように言われているじゃない」

「そうなのか?」

ジュードに聞かれても首を傾げるしかない。

私はエルダのようには街の噂話には詳しくないのよ。

お父様に関する噂を私に話してくれる人なんていないわ。

「よく知らないけど、今日屋敷を出る時に、父上が夫人にしばらく屋敷に来ないでくれと話していたよ」

ハミルトンが答えたので、みんなの視線が彼に向かう。

この場にいる人達の中で彼が一番年下だからか、いつもより弟が幼く見える。

彼もそれをわかっているから、大人びて見えるように精一杯頑張っているみたい。

「ふーん、まさかとは思うがアランが噂を広めたりは……」

「そんなことするまでもないと言っていたわよ。だって、ノーランドからの観光客のほとんどがヨハネス侯爵領で夏を過ごすのをやめるそうじゃない。この年末年始も、ヨハネス侯爵家の夜会にはあまりお客様が来なかったって聞いたわ」

「観光客が激減して、それがイーデン子爵夫人のせいだということになっているのか」

それで最近お父様は機嫌が悪かったのね。

うちには観光業以外の産業がほとんどない。

ベリサリオにはお茶があるし、フェアリー商会の商品を作るために様々な産業が生まれている。

だから観光業は後回しにしても、領民は他に仕事を見つけられた。

でもうちは……。

「イーデン子爵夫人、正確には先代のイーデン子爵夫人でもう子爵家から縁切りされているのよね? それでも子爵夫人を名乗っているって、かなりいい性格をしていると思うわ。それに彼女は有名人なのよね。あなたの領地のご令嬢にも私の小説のファンの子がいて、それで話を何人かから聞いたんだけど」

「え? おまえの小説ってそんな人気なのか?」

ジュードに驚かれて、エルダは得意げに胸を張った。

「当たり前でしょ。これでも儲けているのよ。フランセルさんだっけ? あの方、子供の頃から可愛いと評判だったのに、実家が貧乏だったせいで裕福なイーデン子爵家に嫁がされたのよね。旦那さんは二十七歳年上だったから、気の毒だと噂になった。その噂が消えた頃に、今度はお子さんを死産して、なんてかわいそうな方なのかとまた噂になって、その半年後に今度は旦那さんが亡くなっているのよね」

「そう……なのよね、たぶん」

「いやねえ、知らないの? 情報はなにより大事よ? 相手のことを知らないで、どう対抗する気だったの?」

「対抗なんて……」

私は遠くに行きたかっただけよ。

それか、守ってくれる人が欲しかった。だから嫁ぎ先を探してた。

対抗しようなんて思っていないわ。

「逃げ出す気だったのね。まあ、それもひとつの手よね。あなた前に、夫人が怖いって言っていたでしょ?」

「……ええ」

私は、少しだけエルダが苦手だ。

今みたいにはっきりと事実を指摘するから。

彼女が親しくしている人達は、性格が強くて優秀な人達が多い。

でも私は、そんな強くないの。

「おかしいのよね。夫人の噂は庶民にも広まっていて、だからヨハネス侯爵と恋に落ちたって噂になった時に、やっと幸せになれるのねって好意的に受け取られていたのよ」

「確かに変だな」

興味なさそうに料理を口に運んでいたデリルが、急に真剣な口調で言った。

「普通、貴族の不幸な話題なんて広まらないだろう。家の恥になる話は隠そうとするものだ」

「そうなのよ。庶民に広まるって言うことは、誰かが屋敷内の事件を外で話しているってことよ。そんなことしたら普通は追い出されるのに、毎回噂になっているの。それでこれはベリサリオ三兄妹の意見なんだけどね」

「ええ」

「夫人は噂の中心になるのが好きな人なんじゃないかって。話の輪の中心になって、みんなに心配されたり優しくされるのが好きで、自分から噂を広めている可能性があるって」

……ありえるわ。

他の人の話をしていても、いつの間にか夫人の話になっていたことが何回もあった。

お父様の気を惹くために、娘の私の仕草まで真似する人よ。

「おい、俺は今、すごい嫌な想像をしてしまったぞ」

ジュードが眉を寄せて声を潜めて言った。

「……僕もだ」

「うん」

デリルとダグラスまで真剣な表情で頷いている。

「タイミングいいのよね。噂が消えそうになるたびに、何かが起こっている」

「エルダ、やめてよ。まさか」

夫人が子供や子爵を?

「だからディアが心配していたのよ。夫人は地位やお金より注目を浴びるほうが好きな人なんじゃないかって。一度注目を浴びて、それが心地よくて、また注目を浴びたくて……。それにそんなに魅力的な人なら、本人が手を汚さなくても手伝ってくれる人がいるんじゃない?」

「そんな……。じゃあ僕達も?」

「ハミルトン大丈夫? エルダ、あまり脅かさないで」

「ごめんなさい。でも油断しないで。考えすぎならその方がいいんだから」

どうしよう。今まで自分のことだけ考えてきたけど、そんな危険があるのにハミルトンをひとりで残してはいけない。

大事な嫡男だからお父様も守ってくれるとは思う。

お爺様達だって気にしてくださっている。

それに当分彼女は屋敷に来ないんだから、今のうちに何か違う方法を考えないと。

こんな話題になると思わなかったわ。

せっかくの料理もちっとも美味しくなくなってしまった。

「失礼します」

カーライル侯爵家の執事が遠慮がちに声をかけてきた。

彼の後ろにいるのは、ノーランド辺境伯家の執事だ。

「どうした? 何かあったのか?」

たしかあの執事はお爺様に仕えている人だ。

なんで彼が?

「ハミルトン様、カーラ様、至急ノーランド辺境伯城までお越しください。大旦那様がお呼びです」

「私達?!」

「はい」

「今日は食事会の後で、ヨハネス侯爵が屋敷で叔母上と面会するはずではなかったか?」

ジュードの質問に執事は無言で頷いた。

ここではこれ以上話す気がないようだ。

「俺は呼ばれていないのか?」

「はい。ヨハネス侯爵家の御姉弟だけをお連れするようにと」

「そうか。……どうやらヨハネス侯爵家の問題のようだな」

「ええ。ダグラス、せっかく招待していただいたのに、慌ただしくてごめんなさい」

「いや、ふたりともまた遊びに来いよ」

見送るために立ち上がったダグラスに肩を叩かれて、ハミルトンは悲しそうな顔で頷いた。

彼も、どんな話が待っているのかわかっているんだろう。

「……行きましょうハミルトン」

「うん……」

エルダとデリルにも挨拶して転送陣でノーランドに向かった。

たぶん離縁の話だわ。いずれはそうなると思っていた。

私達が案内されたのはノーランドの城の家族用の居間だった。

大広間ではまだ食事会が行われているようで、その部屋にはノーランド辺境伯夫妻はいなかった。

部屋の奥のソファーにお爺様とお婆様が座り、お父様はひとりで窓際の席に座っていた。

お母様は入り口に近い席に不満そうな顔で腰を降ろしていて、後ろに初めて見る男性が居心地悪そうに立っている。たぶん彼がお母様の恋人なのね。

「お連れしました」

「ああ、突然呼び戻してすまないな」

執事に促されて、私と弟はお爺様のすぐ近くのソファーに座ることになった。

お母様もお父様も、部屋に入ってきた私達をちらっと見ただけで、それ以降、全くこちらを見ない。

「ハミルトン。カーラ。もうわかっていると思うが、ヨハネス侯爵とクラリッサは離婚させることにした」

離婚させる?

離婚するんじゃなくて?

「お父様。私はもうノーランドの人間ではないのですから、お父様に命じられて離婚するのは……」

「ノーランドの人間ではないくせに、いつまでも我々の金を当てにして遊び歩いているのは誰だ?」

「それは……私の財産でしょう? 私はノーランドの娘なんですから」

言っていることがめちゃくちゃだわ。

後ろにいる恋人は逃げ出したいと思っているのを隠そうともしない。

派手なドレスを着て豪華な装飾品をつけていても、お母様はあまり綺麗に見えなかった。

しばらく会わなかった間に、ずいぶんと不健康そうな、乱れた雰囲気になってしまっている。

「みんなして私を馬鹿にして。私のことなんてどうでもいいと思っているんでしょう? 離婚なんてしないわよ。愛人がいるのは彼も同じ。私はヨハネス侯爵家の正妻なの。それに見合う生活をさせてもらうわ!」

お父様に扇の先を向けながらお母様がわめきたてるのを黙って聞いていたお婆様は、無言のまますっと立ち上がり、すたすたとお母様に歩み寄り、頬を思いっきり平手打ちした。