作品タイトル不明
閑話 自分の力で 1 カーラ視点
「お嬢様、準備が出来ました」
「やっぱり紺色のドレスがお似合いですね。白いレースが華やかで素敵です」
「ありがとう」
曖昧に微笑んで立ちあがり、鏡の中の自分を見つめる。
最後に心から楽しく笑えたのはいつだっただろう。
美人だと誰もが褒めてくれるけど友人達に比べて地味な顔立ちなのに、最近表情が沈みがちで暗いと言われるようになった。
昔は領地内のことしか知らなくて、毎日楽しいことばかりだった。
でも十歳になり学園に行って、皇太子殿下の婚約者候補になりそびれてしまったあの日を境に、私を取り巻く世界は大きく変わってしまった。
観光業で成功して優秀な領主だと言われていたお父様は、実は社交が不得意で、若い一部の貴族ばかりと付き合って、高位貴族に親しい人がほとんどいなかった。
でもその分お母様が社交界の中心にいるから、毎年夏になると大勢の貴族が避暑のために訪れてくれていた。ノーランドから大勢の人達が来てくれたのも大きかったんだと思う。
特にベリサリオが観光業から他の業種に地域産業を変えてからは、観光と言えばヨハネス侯爵領と言われていたのに、別居状態になってからはノーランドからくるお客様はいなくなり、サロンに集まっていた若い貴族達も顔を出さなくなってしまった。
「これからどうなるんだろう」
お婆様が用意してくれた縁談は潰しておいて、十五も年上の人と婚約しろというお父様と、もう昔のようには付き合えない。
お母様は以前からハミルトンにしか興味がないし、今更領地がどうなろうと興味がないわ。自分のことで精一杯よ。
だから外国に嫁げればと思っているのに、学園で積極的にカフェに顔を出す私は、年上の人達に品がないとか、子供のくせに男を漁っていると馬鹿にされている。
じゃあ、どうすればいいの?
「姉上、そろそろ行きましょう」
「ハミルトン」
唯一よかったのは、ハミルトンといろんな話を出来るようになったことだ。
ハミルトンもお母様の気まぐれな態度に振り回されていたみたいで、どんな様子だったか尋ねたら、次から次へと不満が出てきた。
反論すると叩かれるので我慢するしかなかったなんて、私よりつらかったと思う。
「わざわざ迎えに来てくれたの? ありがとう」
「違うんだ。ううん。迎えに来たのはあっているんだけど……転送陣の近くで父上とイーデン子爵夫人が喧嘩しているんだよ」
「そんな目立つ場所で?!」
うちの転送陣は玄関ホールのすぐ横の部屋にあるので、私の部屋からは階段を下りてホールを横切らなくては行けない。
お父様達は玄関ホールのすぐ横の廊下で言い争っているそうで、すぐ横を通らないと部屋に辿り着けないの。この屋敷で一番人目につく場所なのに、なんでそんなところで喧嘩をしているの?
明日から学園や皇宮での仕事が再開されるため、今日がお祝いムード最終日だ。
お父様はノーランドに呼ばれていると聞いているから、それが原因かしら。
「だからしばらくこの屋敷には来ないでくれ。悪い噂が広まっているんだ」
「そんな……やっと一緒にいられると思ったのに」
階段を下りている途中から、もうふたりの声が聞こえてきた。
イーデン子爵夫人はとても可愛らしい方だ。二十歳という年齢より幼く見える愛らしい顔をしている。波打つ金色の髪が華やかで、それでいて透明感があって清楚な雰囲気で、すれ違ったらつい振り返って見てしまうような人だと侍女が話していた。
でも私はディアを知っている。
守ってあげたくなるような儚げで可愛い女の子に見えるディアが、実はあの性格なのよ?
見た目と性格が同じだなんて信じちゃ駄目。
「フランは寂しいです」
むしろこれが演技じゃなかったら怖いわ。
二十歳の女性が自分を愛称で呼んで、顔の前で両手を握り合わせて、上目遣いでお父様を見ながら舌ったらずな甘えた話し方をするのよ。
「キモ」
「ハミルトン」
思ってもそれは言っては駄目。
あくまで彼女は、領地内でだけ通用する魅力的な可愛らしい女性だ。
皇宮に行けば、彼女より美しい人も可愛らしい人もたくさんいる。
弟も学園に通っているから、高位貴族のご令嬢と比べてしまって、イーデン子爵夫人がこんなに人気になる理由がわからないらしい。
「おまえ達、そこで何をしている」
階段を降り切ったところで、お父様がようやく私達に気付いた。
「これからカーライル侯爵家の食事会に行くところです」
「ああ、子供達の食事会か。カーラ、おまえはそちらに行くよりソディー子爵と出かけたらどうだ?」
「そのお話はお断りしたはずです」
「彼の何が不満なんだ」
「全部です」
昔はお父様が声を荒げると、怒らせたくなくて黙り込んでしまった。
そうするとお父様は私が納得したと思って機嫌を直すから。
でも今はもうそんなことはしないわ。
「十五も年上なところも領地を持っていないところも、すぐに侍女を部屋から追い出そうとするところも、何かと触ってこようとするところも、気持ち悪くて吐き気がします」
「まあ」
「彼がそんなことをするわけないだろう!」
「お父様はいつもそうです」
「なに」
「自分の信じたいことしか信じない。自分に同意する意見しか聞かない。昔の私はお人形のように言うことを聞いていたから可愛がっていただけでしょう?」
「なんだと」
こちらに歩み寄ろうとしたお父様の腕を、意外なことにイーデン子爵夫人が両手で掴んで止めた。
「あの方、私にも触ろうとするんです」
「は?」
「未亡人で寂しいなら慰めてあげてもいいって」
悲しそうな顔で言う夫人に、どう答えていいかわからなくてお父様は黙り込んでしまった。
私を助けてくれたのかと一瞬思ったけど、どうやらそうではないみたい。彼女にとっては、自分の話題が大事なんだ。
お父様の注意を惹きたくて、一生懸命、自分がどれだけ男性に誘われるのかを話し始めている。
年齢的にも身分的にも、イーデン子爵夫人とソディー子爵はお似合いだと思うわ。
「今のうちに行こう、姉上」
「ええ」
ハミルトンが私の手を取って、さっさと歩き出した。
「僕は今の姉上の方がいいな」
「私もよ」
でも娘の立場は弱い。
お父様が本気になれば、私は逆らうことは出来ない。
誰か、お父様に負けないような人を味方につけないと。
従兄のジュードがダグラスと親しい関係で、弟はカーライル侯爵家にたびたび遊びに来ているらしいけど、私はお茶会に招待された時しか訪れたことがない。
カーライル侯爵家は嫡男のダグラスの下に、十歳の妹と八歳の弟がいる。
十歳のケイティはハミルトンと同級生なので、てっきり今日の食事会に参加すると思っていたのに、案内された部屋にはいなかった。
「よう。無事に来られたようだな」
声をかけてきたのはジュードだ。
ノーランド辺境伯嫡男の彼は、弟にとっては私より親しい兄のような人だ。
背が高くがっしりとした体格で、祖父のバーソロミュー様の若い頃にそっくりだと言われている。
「これで全員揃ったね」
「全員?」
ダグラスが笑顔で声をかけてきた。
最近急に大人っぽくなった彼は、赤い髪とくっきりと大きな目をした穏やかそうな雰囲気をしている。
「食事会というのはヨハネス侯爵を納得させる嘘だよ。ダグラスに頼んできみ達を呼び出してもらったんだ」
「それで……」
部屋にいたのはダグラスとジュード。そしてデリルだけだ。
弟はデリルとも親しかったの?
部屋の端にいて決まった友人としか話さない暗い人。父親はこの国の魔道士の第一人者で魔道省のトップなのに、とっても地味な人だなという印象しかなくて、話をしたことがなかった。
「もうひとり来るんだが……ああ、到着したようだ」
「エルダ?」
侍女に案内されて部屋に入ってきたのが親しい友人でほっとした。
男の子ばかりでどうしようかと思っていたから。
でもどういう組み合わせなの?
なぜエルダだけ招待されているの?
「もしかして……」
「なに?」
エルダはなにげにセンスがいい。いつもシンプルだけど流行の先端のドレスを着ている。
今日も飾り気のないピンクアーモンド色のドレスに、ディアがルフタネンで買ってきたヴェールを巻き付けてブローチで留めていた。
留学生が来たこともあって、今帝国では異国風の装いが大人気なのよ。
「三人の誰かとお付き合いを?」
「ない」
「そんなはっきり否定するのも失礼じゃない?」
即答したジュードにエルダが食って掛かる。
このふたり、こんなに仲が良かったかしら?
「私はアランに頼まれて、お茶会で噂話を仕入れてきたのよ」
「クリスは婚約したばかりで忙しいし、アランとディアはルフタネンから帰ってきてすぐ、また何か始めたみたいだ。それに向こうでニコデムスが接触して来たみたいで、かなり慌ただしいことになっている。だけど三人ともフランセルをずいぶんと警戒しているんだ」
「じゃあ、私達のために?」
「まあな。ハミルトンは弟みたいなもんだし、カーラとは今まであまり接点がなかったが、女性陣ばかりが心配しているわけじゃないんだって知らせておかないとな」
「僕が役に立つとは思わないけど」
「よく言う。ラーナー伯爵家だって侯爵になれそうなんだろ?」
「潰れる侯爵家が多すぎるだけだよ。侯爵家はどこもすっかり目立たなくなっちゃって、辺境伯家と同格だったはずなのに、なにをやってんの?」
栗色の髪の優し気な顔立ちなのに、デリルってこういう性格だったの?
「気にしない方がいいわよ。彼はディアに振られた時に、自分が如何に子供か思い知っちゃって変わるんだって無理してるだけ」
「エルダ!」
真っ赤な顔をしているから本当のことなんだろう。
驚いているのは私くらいなのね。
もう仲間内で笑い話に出来るくらいに、吹っ切れているということなのかしら。
「私はあなたの方がびっくりよ。彼らと親しかったの?」
「私は人間観察も趣味なのよ。小説を書くのに役に立つでしょ? 私の人脈、驚くわよ? それに彼らは女が仕事をするのに偏見のない人達なの」
「令嬢が小説を書くのがおかしいというやつは、ただの感情論だ。くだらない」
デリルがぼそっと言うと、ジュードもダグラスも当然だという顔で頷いた。
デリルとディアの話を、私は知らなかった。
エルダがジュード達と、こんなに親しく付き合っていることも気付いていなかった。
自分のことばかりで、友人のことは何も考えてなくて。
私に心配してもらう価値なんてあるの?