作品タイトル不明
ハイリスクハイリターン 後編
「ディア、そういうことなら真面目に現状を話そうか」
クリスお兄様の真顔が怖い。
「我が国では、ベリサリオ以外の辺境伯と侯爵は同格の扱いになっているのは知っているね。でも、実情は違う。オルランディ侯爵はコルケット辺境伯の傘下に入り、ヨハネス侯爵は夫人の実家のノーランド辺境伯に頭が上がらない。なぜだと思う?」
「それは……発言力も財力も辺境伯のほうが上だからではないですか?」
「どうして上になったのかな?」
「負けて帝国に属したとはいえ民族の中心の立場の辺境伯は、自分達の民族を守らなくてはいけませんもの。今では精霊王との連絡役でもありますし」
「うん、そうだね。それに比べるとほとんどの侯爵家が望むのは現状維持なんだ。もうこれ以上爵位が上がるわけでもなく、領地だって充分に持っている。だから辺境伯にくっついて庇護してもらった方が楽なんだよ」
それもまた、自分の領地の民を守る手段のひとつだよね。
「家の格からしたら、ディアの結婚相手に相応しいのは侯爵家以上だよね?」
「そう……でしょうか」
「もう公爵家には、相手の決まっていない年の釣り合う男は、デリックくらいしかいない」
「あの方は当分結婚しないでしょう。可愛い女の子はみんな好きなんですから」
二股したり、浮気はしないらしいよ。女の子を泣かせるようなことをするのは、主義に反するんだって。
でも恋人とは長続きしないし、すぐに次の恋人を作るんだよ。結婚相手としては嫌でしょう。
「辺境伯家はディアの代では縁組しない取り決めがある。そうなると侯爵家との縁談が望ましいんだけど」
「クリスお兄様のおっしゃりたいことがわかってきましたわ」
現状維持を望む侯爵家にとって、妖精姫は劇薬過ぎるんだ。
私と婚約すれば、相手だけでなくその一族が一気に時の人になってしまう。帝国どころか近隣諸国からも注目の的だ。皇族も重鎮達も、そっとしておいてはくれないだろう。
政治の中心に引っ張り出され、役職を与えられ、近隣の王族とも付き合わなくてはいけなくなる。
「そうなると侯爵以上との縁談は無理だということですわね」
「無理ではないさ。ただむずかしい」
お父様にも言われて、ずんと気持ちが沈んでいく。
気付いてはいたんだよね。
昨日までと今日と、周囲の私への態度が微妙に違うこと。
「私、怖がられていますよね。精霊王が集結したと聞いて、ますます妖精姫はやばいと思われたのでしょうか」
「どちらかというと、昨日の舞踏会のディアの態度が立派すぎたんではないかな。成人した御令嬢より大人っぽくしっかりして見えていたからね」
あ、やば。
十歳になったからもういいかなって思っていたのもあって、すっかり子供の振りをするのを忘れていた。
「あなたは緊張すると表情が乏しくなるのよ。人形のように整った顔の少女が、奇麗な笑顔を張り付けて、隙のない動作で大人と互角に会話したら……ちょっと怖いわよね」
お母様にまで言われるのだから、かなり目立っていたんだろう。
それで今日のパーティーに来ていた同級生達も、遠慮がちな様子になっていたのね。
「ディアってさ、歩く時に頭と肩が全く揺れないし、腰の位置も一定のまま、スーって移動するんだよね。武闘家みたいな雰囲気があるよ」
アランお兄様は感心した様子だけど、それって女の子としてはどうなの?
私は前世のモデルの歩き方をイメージして、ウォーキングしていたつもりだったのよ。
なんでホラーになっちゃうのよ。
「タイミングも悪かったね。いろいろと重なりすぎた。モールディング侯爵家は今は家族全員屋敷で謹慎中だが、近く降格になり、領地が大幅に削られるのは知っているかい?」
「パウエル公爵の派閥が解散したのは聞いておりますけど、その後のことは何も知りませんわ」
確か、他所でもやらかしていないか調べるって言っていたよね。
パウエル公爵とお父様で、徹底的に調べるようなことを言っていたはず。
「パウエル公爵がモールディング侯爵家を見限ったという噂はすぐに広まって、今まで泣き寝入りしていた者達がいっせいに被害を届け出たんだ。パウエル派の貴族からも金をむしり取っていたようだし、もう味方はいない。場合によっては爵位剥奪もあり得る騒ぎになっている」
そういう流れになっても自業自得よね。
お父様の説明を聞く限り、私とは関係ないと思うのだけど。
「謹慎になる前にバーニーが、学園で散々きみは怖い。あの子はおかしい。人間じゃないと騒いでたんだ」
「ああ……」
「首根っこひっ捕まえて、それ以上ディアを貶めるなら家ごと潰すぞって脅したら静かになったんだけど、本当に潰れちゃいそうだね」
てへって顔をしないでください、クリスお兄様。
目立っていたのはお父様とクリスお兄様じゃないの?
そもそもモールディング侯爵家がやらかしていただけだし!
「そのあとすぐに年末年始の休みになって、妖精姫を怒らせるとやばいという噂が帰宅した学生の口から貴族全体に広まってしまったところに、昨日の舞踏会だ。モールディング侯爵家は謹慎で欠席。侯爵家が妖精姫を敵に回したせいで潰されると話題になっている」
「待って、アランお兄様。妖精姫がじゃないでしょ? ベリサリオを敵に回したらですよね」
「それだと噂としてインパクトが薄いんじゃないかな? 年末年始は社交シーズン真っただ中で、みんな話題が欲しいんだよ。妖精姫の話題は、いろんな意味で便利なんだ」
精霊王の後ろ盾を持つ十歳の不気味な美少女は、子供らしさがまったくなくて、怒らせると侯爵家でも潰してしまうらしい。
真冬の怪談ですかね。
これがベリサリオがって主語に変わると、単なる政権争いのよくある話で盛り上がりに欠けるのか。
ネタ? 私は美味しいネタ?
「ヨハネス侯爵家のことに関しては、私の責任も大きいわね。皇宮の廊下で、私の目の前でノーランド辺境伯夫人を巻き込んで、話を有耶無耶にしようとしたから、ついカチンときてしまって」
「でも、きみが何か言ったわけではないんだろう? ノーランド辺境伯夫人がヨハネス侯爵夫人に怒って、きみに謝らないなら縁を切ると言い出したんだ」
「それでも第三者から見たら、ノーランドはベリサリオを取って実の娘を切り捨てたという話になるのよ。昨日の舞踏会でもノーランド辺境伯家は誰一人としてヨハネス侯爵家に挨拶しなかったそうよ」
「もしかして皇太子殿下との茶会をドタキャンした話が広がっていたり?」
「あの手紙を読んだ人なら知って当然でしょう? 娘を婚約者候補にしたくないと書いてあったんですもの。不敬罪になってもおかしくないのよ」
それに関しては、私も同じだから。
カーラはむしろ皇太子が好きだっただけに気の毒すぎる。
「私もディアの友達に手紙を書くとなったら、どんな書き方をすればいいか正直わからないから、ナディアに頼むと思う。それか、夫人とナディアで話をして、どうすれば一番問題なく候補から外れられるかを考えればよかったんだ」
「そうね。あの文面はひどすぎたわ。ディアがまだ十歳だったからよかったけど、あと何年か年上だったら侯爵とディアはどんな関係なのかと疑問が出たわよ。僕達のためにきみは動いてくれるよねって、香水の香りを付けた便箋に書いてくる?」
ははは……。
ヨハネス侯爵とは挨拶しかしたことがないからどんな人だかよくわからないけど、若い女性に人気がありそうな男性ではあったよね。
大人同士の仲のいい友達だったら、何もなくてもそういう思わせぶりなやり取りを楽しんだりするのかな。
あの時はタイミングも悪かったのよね。
瑠璃と琥珀が顔を出さなければ、あの場でクリスお兄様が手紙を読んで返事をしたはず。
でも精霊王達をほうっておくわけにはいかなくて、かといって侯爵からの手紙もそのままには出来なくて、クリスお兄様はお父様に渡して対応してもらおうと判断したんだ。
おかげで皇宮で一緒に仕事をしていた公爵や辺境伯達全員が、手紙の内容を知ってしまった。
「妖精姫を怒らせて、立て続けに二軒も侯爵家が追い込まれたところに、近隣諸国の精霊王集結騒動だ。ディアに関わるのはハイリスクハイリターンだと誰もが思ってしまったんだよ」
クリスお兄様の説明はよくわかった。
つまり私の結婚は、とんでもなく難しい状況になってしまったのね。
「国内で相手を見つけるのは無理なんでしょうか」
「そんなことはない。ディアが相手を気に入って、相手の領地に全面的に力を貸すとわかれば、喜んで縁組しようという貴族は多いはずだ」
「相手の男も本当にディアを好きになったら、自分の家族を説得して結婚しようとするかもしれないだろう?」
お兄様方は簡単に言うけれど、近隣諸国が縁談に難癖をつけてくるのは確実だ。
それに、
「精霊王が王族に関わる気がなさそうなシュタルク王国としては、私の存在は邪魔なんじゃないですか? 精霊王が何を話したか国民に知られたらまずいですよね」
「ペンデルスと手を組む危険はあるね」
つまり、私と結婚したら暗殺の危険もあるってこと?
「ディア、カミルとはどんな話をしたの? ふたりでテラスに行ったでしょ? 今日も話をしていたじゃない」
「それは……」
「ディアの身が危険になったり、他国に嫁ぐ話になるなら、ルフタネンに来てもらいたいって話だよね」
「クリスお兄様!」
「まあ、素敵。カミルはディアと結婚する意志があるってことね」
「そんな話にはなりましたけど、ほとんど叱られていただけです」
「あなたを? 叱る? あらあら」
あらあらってそんな嬉しそうに。 目を輝かせて口元が緩んでますわよ、お母様。
「じゃあ安心じゃない。帝国に骨のある男がいなかった場合、カミルくんがもらってくれるんでしょう?」
「カミル?! あいつ、いつの間に!!」
「あなたは黙ってて。ディア、素敵な人はこちらから行動しないと、他の女の子に取られちゃうのよ。自分の幸せは自分の手で捕まえないと」
それはそうだけど、カミルはそこまで本気で考えているのかな。叱られた印象が強くて、とても結婚の話をした雰囲気じゃなかったよ。
それに今まで、カミルをそういう対象として見ていな……駄目だ。反省したばかりなのに。
そういう対象として見て、どう感じるのか。ちゃんと考えないといけない。
「カーラのことは心配しないで。ノーランド辺境伯家では彼女のことをちゃんと考えているのよ」
「ヨハネス侯爵家が、正式に詫びと和解の申し出をすれば済む話だからね。娘が大事なら、侯爵もいつまでもこのままにはしないだろう」
「そうですね」
そうだといいな。
以前のように、笑顔でカーラに話しかけられるように早くなってほしい。