作品タイトル不明
近衛騎士団公開演習 前編
次の日からもほぼ毎日、私達家族はそれぞれに招待を受けた社交の場に顔を出した。
私はお母様と一緒に、何カ所かのお茶会に顔を出すだけで済んだけど、クリスお兄様と両親は夜会もあるから忙しそうだった。
そうして今日は六日。近衛騎士団の公開演習のある日だ。
皇都は久しぶりに晴れて、積もった雪が日の光を反射してキラキラと輝いている。
部屋の奥まで明るく温かい太陽の日差しが届いてぽかぽかと温かかったので、つい窓を少し開けて、外の寒さに慌てて閉めた。どんなに晴れていても、皇都とベリサリオの気温の差は大きかった。
「暖かい上着を着た方がいいよ。演練場は屋内だけど床は地面で、壁のない場所もある。広いから魔道具を使ってもかなり寒い」
「私の周りだけ暖かければいいんです。きっとイフリーが頑張ってくれます」
アランお兄様は演練に特別参加するので、動きやすい身軽な服装をしている。クリスお兄様と私は見学だけなので、しっかりと着込ませてもらおう。
たぶん冬の体育館みたいな寒さなんでしょ。足先から冷えていくんだよね。
「くれぐれもおとなしく。アランより目立たないでね」
「見学しているだけで、どう目立てと」
「ふたりともいるだけで目立つんだから、普通にしてくれていたらいいよ。歓声あげたり名前呼んだりしないでくれれば」
これって振りかな?
やれってことかな?
うちの城より更に広大な皇宮内は馬車で移動するので、私は窓から外をずっと見ていた。まだ片手で数えられる程しか皇宮に訪れたことがない私には、初めて見る景色ばかりだ。
要塞としての役目も果たす辺境伯領の城とは違って、皇宮は優美で華麗な装飾を施された建築物だ。
馬車が通る場所は雪かきをされていて、左右に腰高までの雪の壁が出来ている。
コルケット辺境伯領だと、一階部分は雪で埋まってしまう地域もあるらしいけど、皇都はそこまでは雪は降らない。
白く色づいた庭の木々と、表面が凍ってその下で水が流れている小川。冬でも咲く花に飾られた庭園もある。庭を見回してみたけど、雪だるまはひとつもなかった。
近衛騎士団の演練場は、思っていた通り体育館風の建物だ。サッカーの試合くらいは出来る広さがある。
柱はないし、天井がかなり高いので耐震性は大丈夫だろうかとつい心配してしまうけど、生まれてから今まで、一度も地震に遭遇したことがないんだよね。
演練場と訓練場の違いは、部外者に見せる設備があるかどうかみたいだ。
演練場は、建物の東側に競技場の客席のように椅子が並んでいて、許可さえ取れば普段も見学自由だし、今日のように公式演習を定期的に開催している。
ベンチではなくて椅子よ。
ドレスを着ている御婦人方も大勢いるので、オペラでも観るのかよって感じの椅子が並んでいるの。
訓練場のほうは関係者以外立ち入り禁止。
より実践に近い訓練はそちらでやっているそうだ。
「ああ、素敵ですわ。ご覧になった? 今の剣捌き」
「皆さん鍛えていて逞しいわ」
「きゃあ、こちらを見たわよ」
観客席の最前列にパオロが席を用意してくれているので、そちらに向かってクリスお兄様と歩いている時、少し離れた位置に女性が固まっているのに気付いた。
十人以上いるかな?
椅子に座らずに観客席と訓練する場所を区切っている柵の前に並んで、かぶりつきで騎士団の訓練風景を見ている。
「……やっぱりディアも成人までに婚約者を決めないと駄目だな」
彼女達は成人しても嫁ぎ先の決まっていない御令嬢達なんだって。
確かに演練場に派手なドレス姿で来て、あんな大きな声で歓声を上げるのはどうかと思うけど、彼女達が必死になるのも仕方ないと思う。
地位や金がある家ではなく、コネがあったり顔が広かったりするわけでもない家の御令嬢は、自力でそれなりの相手を見つけないと、家のために父親より年上の権力のある男の妾にされたり、金のある商人の家に嫁がされたりすることもあるのよ。
「誤解しないでくれよ。なにも彼女達を馬鹿にしているんじゃない。騎士のほうも、任務と訓練に明け暮れて独身寮に寝泊まりしている生活では、女性と接点がなくて結婚相手を探せない。だから騎士達にとっても公開演習は大切な出会いの機会なんだ」
なんだ。迷惑じゃないのね。むしろ嬉しいんだ。
「だけど妖精姫があの中に混ざってちゃまずいだろう」
「ですよねー!」
最近、家族全員が私の相手探しに積極的になりつつあるのはありがたいけど、私が売れ残ると心配されているのが悲しいわ。
そもそも全属性の精霊獣を持っている男が少なすぎるんだよ。
精霊王が後ろ盾の妖精姫が、精霊を育てていない男と結婚するわけにはいかないでしょ。
「おや」
クリスお兄様が後方を見て笑顔になったので私も振り返ったら、パティが声をかけていいか迷っていたようで、ほっとした様子で近づいてきた。
「誘ってくださってありがとう。こんないい席だったのね」
「いい席なの?」
「あそこ、目の前でこちらを向いて演練が行われるんだよ」
うわ。真正面だ。
「それに隣は皇族用の特別席よ」
「へ?」
あー、なんでこんなところに壁があるのかと思ったら、この向こうが特別席なのね。
背伸びして覗いてみたら、私達がいる場所より階段三段分高くなっていて、背凭れの高い立派な椅子が二脚並んでいた。その周りに並んでいるのが側近用の椅子かな。
「ディアもそこがよかった?」
「勘弁してください」
「ディア、ビディもあちらに来ているの。呼んでもいいかしら」
「ビディ?」
「ブリジットのことよ」
へえ、ブリジットを短縮するとビディになるのね。ブリたんかと思ってたわ。
「もちろんよ」
パティとブリジット様も、お姉様がパティのお兄様に嫁いだから接点が増えて、話してみたらすぐに仲良くなれたという私と似たパターンだったそうだ。
パティの侍女がブリジット様の元に行き、彼女の侍女に話しかける。その侍女がブリジット様に声をかけて、やっと会話が始まる。
話を聞いたブリジット様がこちらを見たので、パティと並んで笑顔で小さく手を振ったんだけど、彼女はまだ私にもパティにもちょっと遠慮があるみたいで、どう反応していいか迷ってしまっているみたいだ。
「ごきげんよう。私までこちらに来てよろしいのかしら」
ブリジット様は向こうで歓声を上げている御令嬢達とは違って、ふくらみの少ない紺色のドレスに水色のコートを羽織っていた。成人したので赤い髪を結いあげ、サファイアのイヤリングが耳元で揺れている。
パティも色は可愛いピンクだけど、飾りの少ない控えめなドレスにガーネット色のコートを着ている。ふたりとも領地が中央にあるだけあって、このくらいの寒さは慣れている感じだ。
私なんて、いつものモフモフのついたコートをきっちりと前を閉めて着込んで、帽子もしっかりと被っているのに。
重ね着コーデなんて、この寒い中で気にしてられないわ。コートの前を開けて着るおしゃれなんて、寒さの前ではどうでもいいわよ。
「席は多めに用意されているから、遠慮しないでいいよ」
クリスお兄様も笑顔だし、声も優しい。
おめでとう。ブリたんは私の友達として認知されたよ。
これでベリサリオにいつ来ても、みんなに歓迎されること間違いなしだ。
「そうですわ。ブリジット様もアランお兄様の勇姿を見てくださいな」
「ありがとうございます。ではそうさせていただきますわ。……あの、あちらに兄が来ているのですけど、御挨拶してもよろしいかしら。まだディアドラ様にお会いしたことがないそうなの」
「お兄様?」
「ああ、ディアはアルフレッド様に会ったことがなかったのか」
「先日の舞踏会も参加出来ませんでしたから、仕方ありませんわ。法務省は、今はかなり忙しいようで、皇宮にずっと泊まっているんですの」
あ! そうか。転移魔法での入出国について、急いで法律をまとめなくちゃいけないって話してたわ。
うわ、ご苦労様です。その忙しさ、カミルのせいだ。
「お初にお目にかかります」
丁寧に挨拶してくれたブリジット様のお兄様は、今年学園を卒業する十八歳。正式に法務省に勤め始めたばかりなのに、忙しさで妹のデビュタントに参加出来なかったのね。
あれ、デリック様も法務省に行く予定じゃなかった?
パウエル公爵派の中心にいたチャンドラー侯爵家が、グッドフォロー公爵家にだいぶ寄って行ったことになるわね。
パウエル公爵ももう何年かで息子に爵位を譲るだろうから、それをカバーするためにチャンドラー侯爵家が地固めしているってとこかしら。
皇太子が即位するまで、中央はまだまだ勢力の変化が起こっているみたいだ。
「初めまして。お目にかかれて光栄ですわ」
「みなさんが、こちらで一緒に演練を見学しようと誘ってくださいましたのよ」
「そうか」
温和な表情で頷いていても、アルフレッド様の私を見る目は疑心暗鬼って言葉がぴったり。
妹がパシリにでもされると思っているのかしら。
「先日、ベリサリオにいらした時にお話しさせていただきましたの」
「ディアドラ様はとても話しやすくて、年下とは思えないくらい大人びていらっしゃるのよ。私、こんなに気が合うとは思ってもみませんでしたわ」
「そう言っていただけると嬉しいです。パティはブリジット様をビディと呼んでいるでしょう? 私も呼んでもよろしいかしら。私のことはディアと呼んでくださいな。お友達はみんな、そう呼んでいるんです」
「よろしいんですか? 嬉しい!」
ブリたんが喜んでくれるのなら、私も嬉しいわ。
アルフレッド様に信用されるには時間が必要だろうけど、教本制作をしているうちにわかってくれるだろう。
「皇族の登場だぞ」
クリスお兄様の言葉に、その場にいた全員の視線が入り口に集まった。
派手で暖かそうなマントを羽織った皇族兄弟は、小型化した精霊獣と側近達と護衛の近衛騎士を数人引き連れて、周囲の注目を一身に浴びながらこちらに近づいてくる。
騒いでいた御令嬢達も身だしなみを整え、一行が通るのを見つめている。
他の人はみんな精霊型にしているから私もそうしていたんだけど、精霊獣を顕現させていてもよかったのかな。
それとも皇族だけいいのかな?
「ほう、ベリサリオが公開演習に顔を出すのは初めてではないか? ああ、今日はアランが隊での精霊の活用法を教えるんだったか」
私達の前で皇太子殿下が足を止めた。
男性は胸元に手を当て、女性はカーテシーでお出迎えだ。
「クリス、おまえは向こうに一緒に来い」
「え?」
皇族用の席に来いって誘われるって光栄なことのはずなのに、クリスお兄様が露骨に嫌そうな声をあげたので、思わず顔をあげて注目してしまった。
「なんだその態度は」
「こっちで女の子達と観ている方が楽しそうなんですが……」
えええ?! クリスお兄様もそんなこと言うの?!
女の子なんてめんどくさいって雰囲気を漂わせていたのに。
妹だから気付かなかっただけなのかな。
思わずその場の全員が、皇太子一行と私達とを見比べた。
皇族兄弟の周りは見事に野郎ばかりだ。
側近も執事も全員男。護衛の近衛なんて長身でごついから圧迫感がすごい。
それが兄弟ふたり分だよ。むさいなんてもんじゃない。
それに比べると、こっちはクリスお兄様の側近とブラッド以外は全員女ばかりだ。
それぞれの家の制服を着たパティとブリたんの侍女がふたりずつ。ジェマも今日は侍女の制服を着ている。
アルフレッド様は側近も護衛も入り口近くに待たせているから、こちらは女性の数が圧倒的に多い。
皇族兄弟も彼らのお供もそれに気付いて苦笑い。
デリック様はこっちに来ようとしてギルとエルトンに、両側からがしっと腕を掴まれていた。
「いいから来い」
「う……わかりました」
皇太子に命じられたら従うしかない。
クリスお兄様も嫌そうだったけど、側近のライと執事のホレスも肩を落としている。
あれ? そうなるとこの場に残る男性はブラッドだけじゃない? それはそれで居心地悪いんじゃ……。
「アルフレッドは……」
「私はすぐに仕事に戻りますので」
「そうか。法務省は忙しいんだったな。デリックを連れて行っていいぞ」
「ええ?!」
「助かります」
デリック様、がんばれ。
婚約者候補を発表したばかりなのに、皇太子が女の子を侍らせて近衛騎士団の演練を見学していたなんて醜聞はまずいから、さすがにパティやブリたんにはお声はかからない。
妖精姫なら問題ないかもしれないけど、私が嫌がるのはわかっているので何も言わず、視線だけはちらっとこちらに向けてから特別席に移動していった。
まさかと思うけど、皇太子まで私が何かやらかすと思っていないわよね。
皇太子がベリサリオに顔を出した時に会う分には何も感じないけど、こういう場で、皇族らしい態度で、側近や護衛をぞろぞろ連れている皇太子に接するのは、けっこう疲れる。
彼らが壁の向こうに行って、ほっと体の力を抜いたのは私だけじゃない。
その場の空気が、少し緩んで、みんなで顔を見合わせてしまった。