軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハイリスクハイリターン  前編

「声なんてかけたかなあ」

家族で顔を揃えた時にブリジット様に聞いた話をしたところ、クリスお兄様は興味なさそうな様子で天井を見上げながら呟いた。

窓から庭を見下ろせば、忙しげに片づけをしている人達の様子が見られる。まだパーティーは終わったばかりだ。

「あの時は幕引きの仕方を探っていたからね。あまりチャンドラー侯爵家の立場が悪くなるのは避けたくて声をかけたんじゃないのかい?」

ゆったりとソファーに腰を下ろしたお父様には、少しだけ疲れが見える。隣にいるお母様も同じだ。昨日からずっと、社交の場に顔を出しているからだろう。今日もこれから、両親とクリスお兄様は夜会に出かけなくちゃいけない。

「ああ、そうだったかも。あまりベリサリオ対チャンドラーのイメージを持たれたくなかったんだ。たいした問題じゃないと思わせた方が、ディアのイメージに傷がつかないだろ?」

は? 私のため?

政治的駆け引きのため?

すべて計算通りってこと??

ブリジット様の話に感動して、クリスお兄様は優しい人なんだと感動した私って……。

でも待って。クリスお兄様ツンデレ説はない?

ないか。そうか。妹を騒動に巻き込んだ相手に、優しさや思いやりで声をかける人じゃないか。

「彼女はもう大丈夫だよ。婚約だってすぐに決まるよ。そんなことよりディアは自分の心配をしないと駄目だ」

両親と向かい合う席に、私を中心に右にクリスお兄様が、左にアランお兄様が腰を下ろしている。

アランお兄様は体ごと私のほうを向いて、私の手を握って軽く上下に揺らした。

「そんなことって……」

「きみは人の心配をしている場合じゃないんだよ」

うっ……カミルにも言われたばかりだ。

「他国の精霊王が集結したせいで、ディアの立場はさらに重要になっちゃったんだ。早めに婚約者を決めてしまわないと、国際問題になる可能性も……」

「まだ早いよ。いくらなんでも、ディアはまだ十歳なんだよ」

「もうすぐ十一だよ、兄上。今年はルフタネンに行ったり、チョコを本格的に売り出したりと予定が詰まっているでしょ。あっという間に十二になってしまう」

「十二になったって、まだ三年あるだろう」

「父上の言うとおりだ。アランは自分が成人して家を出る前に、ディアの婚約を決めようとしているだけだろう」

家を出る?

「僕は次男だからね、成人して近衛騎士団に入団したら、皇都に住むことになるだろう? いつまでもベリサリオのタウンハウスにはいられないから、自分の屋敷を持つことになるんだ」

「十五で?!」

「しばらくはタウンハウスに住めばいいだろう? 皇都で生活してみないと、どこにどんな家が欲しいかわからないだろうし、独身の間は寮もあるはずだ」

お父様はそう言うけれど、騎士団に入って皇太子の護衛になったら、ベリサリオにはなかなか帰って来られなくなるんじゃないの? そうしたら会える機会はずっと少なくなってしまう。

アランお兄様が成人するまで、あと三年? そんなすぐに?!

「会いに行きます。アランお兄様がパティと婚約するなら、お茶会を皇都で開けばいいじゃないですか。お友達が何人も、今年から皇都に引っ越すんですもの。私も今までより皇都に行く回数を増やします」

「パティとのことは、まだ何も決まってないからね。相手は公爵令嬢なんだ。ひとまず、騎士団に行って反応を見ないと」

「わかっています。アランお兄様は近衛騎士団にいないと困る人材だと思わせるのでしょう」

例の毒殺事件の時に、アランお兄様はパティが毒の入ったお茶を飲むのを止めて、デリック様の治療もいち早くしたそうなの。それを聞いたグッドフォロー公爵は、アランお兄様をその頃から注目していたんですって。

その時にエルドレッド第二皇子を守った功績があるから、男爵になるのは間違いないのよ。

更に、精霊と協力した戦い方を騎士団で披露すれば、囲い込みたくて子爵にだってなれるかもしれない。

だって貴族が足りなくて、伯爵家の次男や三男でも男爵になっている人がいるのよ。

妖精姫の兄で琥珀のお気に入りのアランお兄様は、帝国にとっては重要人物なんだもん。もっと待遇がよくなってもおかしくないよ。

「いずれは伯爵にまでなってもらいたいと思っているからね」

「え? 伯爵?」

お父様がさらっと言い切ったけど、それはさすがに欲張りすぎじゃない?

でもお母様もクリスお兄様も、当然だという顔をしているのね。

「もしかして、アランお兄様が成人したらクリスお兄様がベリサリオに引っ込むというのは」

「さすがディア。ちゃんとわかっているね。父上も僕も領地に引っ込んでしまったら、中央はどうしてもアランを手放すわけにいかなくなるだろう?」

帝国のために山ほど功績を積み上げているのに金も権力も欲しがらないベリサリオは、中央の貴族にとっては理解出来ない存在だ。

辺境伯達は立場が同じだからわかっているし、日頃のお付き合いのある公爵達も今はベリサリオが敵に回るとは思っていない。

でも将来は?

精霊王を後ろ盾にした妖精姫のいる最高位の貴族よ。絶対に敵に回してはいけない相手だ。

せめて中央にいるアランお兄様だけでも取り込まなくてはやばいと、爵位くらいはぽんと差し出すだろう。

お兄様は領地はいらないって突っぱねるだろうし、商会の利益でお金も必要ない。

皇族が差し出せるものは爵位しかないんだよね。

そして爵位をもらって、近衛騎士団で要職に就いたアランお兄様は、中央で集めた情報をベリサリオに送ってくるつもりだ。

こわいこわい。

うちの家族がこわい。

どこまで計算して駆け引きをしているんだろう。

これが貴族か。

凡人の私には、腹の底でそんな計算をしながら生きるなんて無理無理無理。

「だからディアもエルトンに話す内容は気を付けてね」

「え?」

「彼は殿下の側近だよ? 爵位をもらって独立したら、ベリサリオからは離れると思った方がいい」

アランお兄様が、ベリサリオの最後の良心だと思っていた時期が私にもありました。

クリスお兄様が絶大な信頼を寄せている弟が、真面目で優しいだけの男の子のはずがなかった。

「イレーネがディアの味方だから、ベリサリオともめるようなことはしないだろう。やつがうちともめたら、実家も巻き込むことになる」

「でもそう仕向けたいやつらは必ずいるよ」

「確かに。ベリサリオの最近の躍進ぶりを妬む者は多いだろうね」

「だからその前にディアに婚約者が決まっていると安心出来るんだ」

話が戻ってまいりました。

いつものことだけど、うちの兄達の会話がさ、十五と十二の会話だっていうのがさ、おかしいよ!

私が同級生を恋愛対象に見られなくなる理由の大きな一因が、これだと思うのよ。

「でも……まだ早いよ」

「兄上、わかっているよね。ディアの結婚相手になる男は、今の帝国ではそう簡単には決められないって。のんびりしていて十五になった時に候補さえいなかったら、恥ずかしい思いをするのはディアなんだよ」

ぐさっ!

ブリジット様の心配をしたばかりだから、身につまされる感じがするわ。

「そんなのなんとでも」

「ならないよ。十五になっても妖精姫に相手がいないとなったら、諸外国から縁談の話が山ほど来るだろう。その断り方ひとつだって気を付けないと、ディアは男を選り好みしている我儘姫だなんて噂になり兼ねない。ディアの存在を邪魔だと思っている貴族だってたくさんいるはずなんだ。ただでさえ、怖がられているんだから」

ぐさっ! ぐさぐさっ!!

アランお兄様、お父様やクリスお兄様を説得したいのはわかりますが、もう少しこうマイルドな言い回しにしてもらえないでしょうか。

私、怖がられているの? 選り好みするも何も、誰からも指名されていないんですけど。

あ、自分で自分にダメージ入れてしまった。

「兄上が結婚して子供が出来たら、ディアは城に居辛くなるだろう。そしたらどうなると思う?」

「……瑠璃のとこへ」

「だ、駄目だ。せめていつでも会いに行けるところに嫁いでくれ」

「あなた」

「近場がいい。そうだクリス、カーライル侯爵家はどうだ?」

「そうですね。隣だから行き来しやすいですし、ダグラスなら僕達とも気心が知れている」

「やめてください!」

なんでそんな話になっているの?

いくら相手がいないからって、権力を使って押し付けるなんて駄目よ。

クリスお兄様もお父様も、ただ私を傍に置いておきたいってだけでしょ? 自分のことしか考えていないじゃない。

私の気持ちは?

ダグラスの気持ちは?

「ダグラスに私を押し付けるなんて駄目です。そんなことで幸せになれるわけないじゃないですか。私はお父様やお兄様の人形ですか?」

「そ、そんなことは思っていないよ。ディアの幸せが一番だよ」

「ごめん、ディア。つい勢いで言ってしまっただけなんだ」

「あなたたち二人は、少しディア離れしなさい!」

腕を組んで立ってふんと横を向いた私と、さすがに怒ってしまったお母様に、お父様とクリスお兄様は平謝り。

「でも、やつは嫌がらないと……」

「なにか言いまして? クリスお兄様」

「いや、何も言ってないよ」

「なによりも優先させるのはディアの気持ちよ。ディアが好きな人と幸せになるのを応援するのが父親と兄の仕事でしょう。ディア、このふたりが馬鹿なことをしようとしたら、ふたりで旅に出ましょう。遠くの島国や、大陸の東にはいろんな国があるのよ」

「素敵ですわお母様。一度行けば、次からは転移魔法で移動出来るんですもの。是非いろんな場所に行ってみたいわ」

そうよ。結婚なんてしたい時にすればいいのよ。

私はまず、誰かに恋をしたいの。

今までは他人事のように思っていたけど、もっと真剣に男の子達と向き合うわよ。

そしたら、いいなと思う子だっているかもしれない。

「やめてくれ。きみとディアが一度にいなくなってしまったら、私はどうしたらいいんだ」

「だったら、あまりディアを困らせないで。オーガスト、よく考えて。ディアが旅に出てしまって無事かどうかもわからなくなってしまう未来と、孫を連れて家族で遊びに来てくれる未来。どっちがいいの?」

「孫!!」

なんだ、そのパワーワード。

孫が出来るのなんて、最速でも八年は先だぞ。

だいたい私はまだ十歳なのに、もう孫の話?

「十年もしたら領地はクリスに譲って、私達のほうから孫に会いに行くことだって出来るでしょう。ディアの子供よ。男の子でも女の子でもきっと可愛いわ」

「素晴らしい。確かにその通りだ。ディアには幸せな結婚をしてもらわないと」

お父様、ちょろすぎ問題。

領主としては優秀なのよ。

皇宮の切れ者と言われるパウエル公爵にだって、一目置かれているの。

でも、家族のことになると……。

「父上がこんなにあっさりと裏切るとは。アランだって、パティと婚約出来そうだと思った途端、ディアの結婚相手を決めようとするし」

「兄上。ディアとパティが会う時に、ふたりして小さく手を振りあっているのを見たことあるよね?」

「あるよ」

「和むよね」

「まあ……可愛いよね。確かに癒される」

「そのふたりが自分の妹と婚約者って、最高じゃない? きっと、ふたりはずっと友達で、結婚しても遊びに来て、ああやって手を振りあったりするんだよ」

「モニカやスザンナだって友達だから。結婚しても遊びに来るよね!」

なんの話よ。

アランお兄様、考えることが親父臭くない?

クリスお兄様も、なんでそんなことで癒されるのよ。

「ディアがずっと幸せで笑顔でいられるようにするのは、残念ながら僕達じゃ駄目なんだよ。兄上だってわかっているくせに」

「でもまだ十歳……」

「クリス。よく考えてごらん」

すっかり孫というワードに陥落したお父様まで、クリスお兄様の説得に回ったぞ。

当人の私は、ほったらかしだぞ。

「今から行動しても、そう簡単にディアの相手は決まらない。もう帝国だけの話じゃなくなっているからね。婚約者が出来たって、十八まではベリサリオにいるんだ」

「確かに……行き遅れはかわいそうですね」

なんで私、こんなにディスられているのかしら。

十歳にして、行き遅れの心配をされているってひどくない?

確かに、今のところそういう浮いた話はゼロですけどね!

「ディア、そういうことなら真面目に現状を話そうか」

クリスお兄様の真顔が怖い。