軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

285.いつも心にぴっぴよを

大聖堂。

夜が明けてステラはむくりと起きた。

ほんのちょっとの物寂しい気持ちは、きっとエルトとウッドがいないからだろう。

「んむ……」

ステラは目をこすり、軽く頭を振る。意識がだんだんと鮮明になっていく。

「ぴよっ! かあさま、おきたぴよ?」

「……はい、もう少しで起きます」

「まだだめそうなんだぞ」

「そうぴよね」

まぶたをいくらか上下させると、ディアとマルコシアスが遊んでいるのが目に入ってくる。

ベッドの上でマルコシアスは仰向けになり、ぽへーとお腹を晒している。

そのお腹にディアがふにふにっと頬すりしていた。

「んぅ、良いですね……それ」

「母上もやるんだぞ?」

「いいんですか?」

ディアが顔をステラへと向ける。

「マルちゃんのおなかは、もむのとほほすりするためにあるぴよ」

「でんぐり返しのバネ的な役割もあるんだぞ」

「ぴよー。いっぱいやくわりあるぴよね……」

ふにすり、ふにすり。

ひとしきり堪能したディアが顔を上げ、横にどく。そうして今度は、寝転がるマルコシアスの頭のてっぺんに頬すりをし始めた。

「わう。てっぺんがふわもっこなんだぞ」

「おみみがきもちいーぴよ」

「では、私も……」

「どんとこいなんだぞ」

マルコシアスのお腹に頬すりするため、ステラも体勢を整える。もちろんマルちゃんボディに負担を掛けないよう、自重は腕で支えるのだ。

ふよ……。ふよん。

ふくよかな、優しい肌触り。

マルコシアスのお腹は幸せと夢を感じさせてくれるのだ。

「いいですね……マルちゃん、しっとりふよふよです……」

「好きなだけ頬すりオッケーだぞ」

ぽむぽむと小さい手でステラの頭を撫でるマルコシアス。

「ぴよ。マルちゃんはしっとりふにぴよねー」

「ええ、そうですね……!」

いつまでもこうしていたい吸引力が、このお腹には秘められている。しかし、そういうわけにもいかない。

ちらっと時計を見ると、そろそろ朝食会の時間だ。

身支度をしなければならない。

今日は芸術祭の準備、それを終わらせる必要がある。細部を詰めて仕上げるのだ。

「よし、今日も一日頑張りますか……!」

大聖堂の一室。

落ち着いた書斎でイグナートとヴィクターは向かい合っていた。

もちろんお互いに着ぐるみ姿で、である。

すでに朝日は昇り、太陽が雪原を照らしているのだから。

ヴィクターはさらさらと書きものをしながら、イグナートと会話をしている。

「芸術祭は問題なさそうか?」

「ああ、おかげ様でな。ゲストもほぼ揃った。準備も順調である」

「それは何よりだ」

答えながら、ヴィクターはぴっと筆を走らせる。月刊ぴよへ送る原稿を完成させないといけない。

大変ではあるものの、コカトリスの着ぐるみに身を包みながら書く月刊ぴよの原稿は至福と言えた。

イグナートが深く椅子に座り込みながら、ヴィクターに語りかける。

「相変わらず忙しそうだな」

「ああ、充実しているよ。学校の先生にも慣れてきた」

「それは魔物学の新しい論文か?」

「そんなようなものだ」

「……ナーガシュ家の跡継ぎ確定も近いか?」

着ぐるみの奥から目を光らせてイグナートが問う。

しかしヴィクターの筆を走らせる手は、淀みなく動き続ける。

『ぴっぴよ体操、だいいち〜。まずは羽を前に伸ばして上げていこう。羽を上げたら深呼吸〜』

「跡継ぎは俺じゃないよ」

「なに……? ではベルゼル殿? 君とはまだ差があると思うが」

イグナートの感覚では、貴族学院の教授は極めて価値のある地位に思えた。

「彼でもない」

「では、ホールド殿?」

「違う」

「……ナーガシュ家の後継候補は、君達三兄弟だけではないのか?」

イグナートも、直系以外が才覚によって家督を継ぐケースがあることは知っている。特に魔法の才能は物心がついてからでないと分からない。

なので、魔法の才能によって家督相続が揉めることはままあるのである。

だがイグナートの知る限り、ヴィクター、ベルゼル、ホールドの三人には十分な才覚があった。

しかも直系であり、分家を後継候補にする理由はないはず……である。

イグナートの疑問を察したのであろうか、ヴィクターが首も動かさずに答える。

「エルトがいる」

「エルト殿……? 今回、協力してくれた彼か? しかし彼は若過ぎるだろう。一回り以上も年が離れているのではないか」

「一回り年を重ねれば、問題あるまい」

「本気で言っているのか……?」

ナーガシュ家の家督は小国の王位に匹敵する。だがヴィクターは、それをことも無げに弟のほうが相応しいと言ってのけたのだ。

「本気だとも。エルトが良い」

「わからん。なぜだ?」

イグナートもナナやザンザス経由でエルトの話は聞いている。

非凡な少年ということはわかる。しかし、年齢と実績の優位は簡単には覆せない。なにせ十歳以上の差があるのだから。

そこで初めてヴィクターが手を止めた。

「ベルゼルとホールドと争いたくない。それに……彼が一番だ。間違いなく、才能がある」

「…………」

「君にもわかるだろう。俺にとってはベルゼルとホールドは大切な兄弟なんだ」

それはイグナートにもわかった。ナナの生き方やら何やら、全てを肯定することは難しい。

だがそれと家族の情や縁は別である。

「しかしナーガシュ家全ては納得すまい」

「無論、そうだ。だが手は打っている。もっとも、それほど必要でないかもしれないが……エルトはエルトでよくやっているようだし」

ヴィクターが書類をまとめ、封筒へと入れる。

「体操の二番が決まらん……」

「何か言ったか?」

「いや、論文の中身にまだ精査が必要なのだ。だが駄目だな。浮かばん。とりあえず、今はここまでにして置く」

焦って低品質のコカ博士文を載せる訳には行かない。じっくりと練り込まなければいけないのだ。

「大変だな。君の論文も読んだことがあるが、よくあれほど精緻に格調高く書けるものだ」

イグナートの労いにヴィクターも頷き返す。

「コツがある」

「ほう、どんなコツだ?」

「頭の中にコカトリスを住まわせるんだ。コカトリスが喜べば良い出来栄えだ」

「……たまに君に付いていけないことがある」

「奇遇だな」

ヴィクターは何事もないように言い放つ。

「俺の妻と弟達以外、皆同じようなことを言うんだ」