作品タイトル不明
あなたの席はないのよ
「わあ! すごいね! エビをそのままお皿みたいにして飾るんだね!」
「豪華な感じがするから、こうやって盛るといいよね」
「うん! いまからエビを食べるんだ! って感じがする!」
レリィ君は盛り方にびっくりしたようで、若葉色の目をきらきらとさせている。
私はそれに、にんまりと笑って返した。
「すごいところは盛り方だけじゃないんだよ。味もすっごくおいしいんだ」
「早く食べたい!」
「はい。それは楽しみです」
ハストさんとレリィ君が笑顔を見せる。
そして、伊勢エビの姿造りや昼食用に買ってきていたものをダイニングテーブルへと並べていく。
これで昼食は完成だ。
パンとサラダ、サケっぽい魚の塩焼き。中央には伊勢エビの姿造り!
「じゃあシーナさん、僕、これから食べるね!」
「うん。その黒いタレをつけてみてね。醤油っていうんだ」
「ショウユ、ですか。昨日のものとはまた別なのですね?」
「はい。昨日のはポン酢っていうものを主に使ったんですけど、今日は酸味はないです。私のいた場所では生の魚を醤油で食べることがよくあったんです。エビにも合うので、食べてみてください」
二人とも、まずは伊勢エビの姿造りから食べることしたようだ。
生の魚介類を食べる習慣がなかった二人だけど、その目に戸惑いはなく、若葉色の目も水色の目もきらきらと光っている。
まずはレリィ君が伊勢エビを口に入れて――
「うんっ! とってもおいしい!!」
ぱぁっと顔を輝かせた。
「すっごく甘いよ! エビってこんなに甘くて、おいしいんだね!」
「生で食べるエビって甘く感じるよね」
レリィ君の言葉に、うんうんと頷く。
そう、エビって甘いんだよね!
「この、黒いの……ショーユ? もすごくおいしい! 黒いし苦かったりするのかなって思ったけど、ふんわりとした香りと塩の味なのかな? エビに合うね!」
「よかった。これまでは下味に使ったことはあったけど、こうやって直接は出してなかったから、少し心配してたんだ。あまり食べたことがない味だと思うから」
「食べたことはない味だけど、とってもおいしいよ!」
レリィ君が笑顔で話してくれるから、私も笑顔になってしまう。
お刺身と醤油。日本食をおいしいって言ってもらえると、すごくうれしい。
そして、次はハストさんが、伊勢エビを口に入れて――
「うまい」
――いつものおいしいのしるし。
「エビの甘みもとてもおいしいのはもちろんですが、歯ごたえがとてもいい。噛んだあとに蕩けるように舌の上で旨味が広がります」
目を閉じて、しっかり味わって食べてくれている。
ハストさんはほぅと息を吐くと、今度は醤油の小皿を手にとり、じっとそれを眺めた。
「ショーユもただの塩気ではなく、隠れた旨味があり、エビ本来の旨味を引き出していますね」
「……醤油は私のいた場所のとてもおいしい調味料なので」
「はい。とてもおいしいです」
「ほかにもまだおいしいものがあって……。この伊勢エビの頭なんですけど、これをスープにするとおいしいです」
「スープに?」
ハストさんが醤油から視線を外し、私が示した、お皿に飾られている伊勢エビの頭を見る。
そう。これはただの飾りじゃない。とってもおいしいダシが出る。
「味噌っていう調味料があって。これも食べたことない味だと思うので、苦手かもしれないんですけど……。よかったら、また、食べて欲しいです」
……おいしいものを一緒に食べたい。
二人がおいしそうに食べてくれるから、また作りたいなって思うんだよね。
「それもぜひ食べてみたいです」
「……はい」
「僕も食べたいよ!」
「うん」
二人が笑顔で答えてくれるから、心がほんわりあたたかくて……。
顔がにやけてしまう。
すると、ハストさんはカトラリーを置き、私をまっすぐに見た。
「これまでシーナ様に作っていただいた料理はたくさんありますが、こうして、私が知らない料理を食べていると、とても特別なものを食べている気持ちになります」
「特別、ですか?」
はて? と首を傾げる。
すると、ハストさんの表情がふっと柔らかくなった。
「はい。……シーナ様の特別なもの。……これまでの人生や思い出、価値観、文化。シーナ様にとっての大切なものを分けてもらっている。……うまく説明できませんが、そういう気持ちになります」
優しい水色の目。
いつものハストさんの口調よりもゆっくりなのは、考えながら話しているからだろう。
だからこそ、本心なのが伝わって――
「……いえ……そんなすごいものじゃないんですけど……」
でも……。
うん、そうなのかもしれない。
だって、私は「おいしい」って食べてくれるみんなを見ると、うれしいなって感じるから。
……私の大切なものを、一緒に大切にしてくれる。
みんながそうやってくれているのが伝わるから。
みんなの心を感じているから……。
「……最初に食べてくれたのがハストさんなので」
異世界に来て、どうしようもなかった私。
そんな私の作ったベーコンエッグを、厭うことなく食べてくれた。
「うまい」って喜んでくれた。
だから、私は――
……。
私は……?
「っよし! 私も食べます!」
どうしよう。
わからない。いや、わかってしまいそうな気がした。
これは……これはよくない。
頬がすごく熱い。
今の私の顔は、は茹でられた伊勢エビと変わらないのでは……!?
「いただきます!」
私は頬を冷ますように、ブンッと顔を振ったあと、伊勢エビのお刺身を口に入れた。
身を噛めば、しっかりとした弾力があって――
「おいしい……!」
お刺身……!
おいしい……!
醤油おいしい……!
「甘い……甘くておいしい……!」
伊勢エビがあまりにおいしくて……。
頬は熱かったけれど、おいしさですべてが消える気がする……。
おいしい……。
「ずっと食べていたい……」
「うん、僕もこのエビ大好き!」
「私も……」
食べていれば、幸せしかない……。
「シーナ様、少し頬が赤いようなので、疲れたのでは?」
「あ……疲れてはないんです……」
この頬の赤みはね……うん……。
「伊勢エビがおいしくて」
そう! 伊勢エビがおいしいから……!
「夕方からはミズナミ様たちも合流し、広場へ行く予定です。それまではゆっくりして休みましょう」
「シーナさんも戦ったもんね」
「私は包丁をかざしてただけだけどね」
「でも、エビの魔魚に見られたり、鳴かれたり気持ち悪かったと思うから、やっぱり少しお休みしたほうがいいと僕も思う!」
「はい、私たちはこうしてシーナ様の料理を食べたので、この後は体力などは回復するはずです。しかし、シーナ様はそういうわけにはいかないので」
「……わかりました。そうですね」
「私は少し港で情報収集を続けます。レリィ」
「うん! 僕がシーナさんといるね!」
……頬の赤みについては、疲れということに落ち着いてしまった。
まあ、それなら……いいか……。
そうして、昼食をとり、ハストさんとレリィ君の体がきらきらと光る。
体力が回復した二人はそれぞれで動きながら、私は夕方まで宿で休むこととなった。
そして、しっかりと休み、レリィ君とともに港の中央広場へと向かう。
広場に近づくと、レリィ君を見つけた人がすごい勢いで近寄ってきた。
「こちらに席を用意してあります!」
「港の豪華な料理がありますので、ぜひ!」
「出し物としてファイヤーダンスなどもあります!」
「あ、ちょっと……シーナさん……!」
人に囲まれたレリィ君が困ったように私を見る。
たぶん、私から離れたくなかったのだろうが、こうなると仕方がない。
「私は自分の席に行くから、気にしないで!」
移動……というか、無理やり人波にさらわれていくレリィ君に手を振り、「大丈夫!」と声をかける。
これはもう、私のことよりもレリィ君自身のことを気にしたほうがいいだろう。
絶世の美少年で港を救った英雄だから。
「うんうん。レリィ君はすごいからなぁ」
一人でさもありなんと頷く。
この港では私の周りにいる人たちが本当にすごいのだ、と感じることが多い。
でも、私はそんなすごい人たちが、私にいつも笑いかけてくれるから忘れていたのだ。
……周りから見れば、私だけ浮いていることを。
なにも知らずにのんきにしている私。
そんな私を数人の女性が取り囲んで――
「――あなたの席はないのよ」