作品タイトル不明
ざぱーんざぱーん
囲まれた私は、すぐに広場から路地裏へと誘導された。
そして、そこで待っていたのは――
「あなたがいると、ほかの方々が落ち着けないのよ」
「そうよ。全員、あなたのことを気にしているみたいだし」
……なるほど。みんなと私が一緒にいることへの批判? なのかな。
わかる。みんなは大人気で、私は平凡。
どうして一緒にいるんだって思うよね。そうだよね……。
港の女性の気持ちもわかる。みんな素敵な人だからなぁ。
言い返したり、一緒にいる理由を説明したりしてもいいんだけど、それを言ったところでなにも変わらない気がする。
むしろ、火に油を注ぐような結果になるのも……。
なので、無言で様子を伺っていると、一人の女性が私の手をぎゅっと握った。
「え」
なんでこんな心配そうな顔を?
……あれ? なんか思ってたのと違うな?
あれ?
「どうして、そんなに気を遣うんだろうって思ってたんだけど、昨日、みんなで話しててわかったの」
「あなた。……包丁を持って踊ってたそうね」
え?
「ほうちょうをもっておどる」
やだなにそれこわい。
「あなた、疲れてるんじゃない?」
私の手を握った女性が心配そうに私を覗きこむ。
疲れ……? 疲れとは。
「きっと優しい方々だから、あなたを心配してるのよ」
「はぁ」
「今日は中央広場にたくさんの人が集まるし、視線が来ると思うわ」
「へぇ」
「そんな中でいたら、あなたはもっと疲れてしまうでしょう?」
「ふむ」
「ファイヤーダンスもあるの。そこで、包丁を持って踊られたら、きっと大混乱になるわ」
「ほぉ」
それはたしかに大混乱。
もし、ファイヤーダンスの横で包丁を持って踊り出す人がいたら、みんなきっと驚くだろうね。
でも、なぜ私が包丁を持って踊り出すと思われてるの……?
「私、見ちゃったの。魔魚が出現したとき、あなたが包丁を持って、あの場にいたところを……」
「え」
それはつまり、魔魚を変化してしまったところを見たっていう……!?
「包丁を持って、エビの前で踊ってたわ……」
あ、なるほど。
ああ、ああ、なるほど、なるほどね~!
魔魚に包丁をかざし、伊勢エビになったぞ! と、はしゃいでいた私を見たってことね!
ああ、そうか! そういうことね!
はしゃいでいる私が、包丁を持って踊ってたように見えたってことか!
「なにそれこわい」
こわすぎる。
「あ、あのっ! 踊ってたわけではなくて……!」
必死の私の弁明。
手を握った女性は私の話をちゃんと聞き届けると、まっすぐに私を見つめた。
「じゃあ、なにをしていたの?」
「あのですね……っ」
魔魚をおいしい食材に変えていました!!
……。
言えないね……。
「……。えっと……なにを……。私は……」
言えるわけがない……。
それはそれで、おかしい……。
かといって、うまい言い訳もでてこない……。
魔魚が大量出現した波止場で、包丁を持ってはしゃいでいた私。
その姿を擁護するいい案がなにも浮かばないよね。
「私は……なにを……していたんでしょうか……」
記憶喪失のときに使う定番みたいなセリフ。
そんな私の曖昧な返事を聞いた女性たちは顔を見合わせ、頷き合った。
「やっぱり今日は宿に帰りましょう」
「宿に帰ったら、こちらから食事を届けるわ」
「大丈夫。他の方々にはしっかり説明しておくから」
「今日はゆっくり休んでいましょう。ね?」
「帰りに波止場に寄ってから帰るといいんじゃないかしら」
「そうね。海は心が落ち着くわ」
「ちょうど夕日が沈むから」
「あなたは海を見て心を落ち着けたほうがいいわ」
女性たちが、私に次々と言葉をかける。
そして、そのまま波止場へと連れて行かれた。
波止場で「じゃあね」と女性から離された手。
私はその手を胸の前で組み、大きな海を見つめる。
「きれいな……夕日だなぁ……」
オレンジ色の大きな丸が波にのまれて、ゆらゆらと揺れている。
エメラルドグリーンの海は、オレンジ色の光を反射し、朝とも夜とも違う、別の表情を見せていた。
「わかる……海って落ち着くよね……」
うん……この虚無の心を優しく撫でていくね……。
さっきの女性たちは、本当に心配してくれている人が半分、みんなから引き離したい人が半分といったところだろう。
わかるのは、共通認識として「私は包丁を持って踊る女」と思っているいうことだ。
「お昼に宿の受付のおじさんが変だったのもそのせいか……」
鍋を持って踊るって言ってたな……。
そうだね。包丁を持って踊るんだから、鍋を持って踊る可能性もある。……あるのかな。そう思われたのかぁ……。
「みんながすごい人なのはわかっていたけれど……」
そう。それはわかっていた。
釣り合いがとれないのもわかっているし、それはまあいい。
でも……。
「包丁を持って踊る女って……」
それはちょっと。
「それはちょっとー!!」
魂の叫び。
それは、ざぱーんざぱーんという波の音に飲まれていった。
母なる海……。
大いなる海よ……。
伊勢エビを前にし、テンションが上がった記憶はある。
飛び跳ねたり、ちょっと手を動かしてはしゃいだ記憶はある。
しかし、踊ってはいない。
踊ってはいないんだ……。
でも、弁明できることもできず、こうして海を見ているしかできない。
「恥ずかしい……」
両手で顔を覆い、その場でしゃがみ込む。
見られていたんだなぁ……。はしゃぐ姿。
踊っているように見えたんだなぁ……。はしゃぐ姿。
私の……私のはしゃいだ姿とは……。
「恥ずかしい……っ」
魂の叫びに、波がざぱーんざぱーんと答えてくれる。
そう。ここにはだれもいないから、波の音しか答えてくれない。
……そのはずなのに?
「あいたい……あいたい……」
小さな声が耳に届いた。
その声は震えていて、グスッと鼻をすするような音も混じっていた。
「え」
「あいたい……あいたい……」
声に気づいたからか、今度はもっとはっきりと聞こえた。
しくしくと泣く声。
……あ、これ、話に聞いたことあるやつ。
背中がゾクゾクしてきた……。
知ってる……! 知ってるヤツ!
「あいたい……あいたい……」
そうそう! 噂で聞いたよね!
海に上半身だけ出して、「会いたい、会いたい」ってしくしく泣く幽霊!
「……やっと、あえた……あえた……!」
「……そこ!?」
なんか言葉が変わった。しかもすごくそばから聞こえた。
私の立っている波止場のすぐ真下。海から声が聞こえてきてる!
「逃げようっ!」
波止場から離れようと、グッと足に力を入れ、素早く立ち上がる。
すると、声がかかって――
「――シーナ様!」
「っハストさん!」
耳に入ったのは、いつも私を守ってくれる頼れる声。
私が中央広場にいないと気づき、すぐにこちらへ向かってくれたのだろう。
急いで振り返れば、坂道から一気に駆け下りてくるハストさん。
全力で走ってきてくれているのが、乱れた銀色の髪を見ればわかる。
その姿を見て、私は安心して、ほっと息を吐いてしまって――
「いやだ……っ! はなさない……っ!!」
――バシャンッと。
波からなにか大きなものが跳ねる音がした。
その瞬間、首にぬっとなにかが絡みついて――
「シーナ様っ!!」
焦ったハストさんの顔。そして、かけられた声。
え? と思う間もなく、私の体は後ろへグッと引っ張られた。
そして――
「んっ……うあ……ッ、つめたっ……え……んんっ」
ザブーンと音がしたと思った瞬間、体から重力が消えた。
そして、全身に水をかけられる。
いや、これは水がかかったんじゃなくて……私が水に落ちた……っ!?
「しょっぱ……」
顔にかかった水を口に含んでしまって、一気に塩味が広がる。
同時に、鼻からも息を吸い込んでしまって、水が入ったのか、ツーンと痛くなった。
着ていた服も水を吸い込み、重くなり、体に絡みつく。
これは溺れる……!
私は着衣水泳できる気がしないよ……! 雫ちゃんが心配してくれた通りだね……!
朝、溺れる心配をしてくれていた雫ちゃんが頭によぎる。
体が重い。
うまく動かない。
水を飲んでしまったから、なんだかうまく呼吸もしづらくて……。
でも、なんでだろ、ぎりぎりで頭は沈んでいかない。
「う、で……?」
よくわかんないけど、首のところに腕が回っている。
これのおかげで沈まないようだが、代わりに暴れようもない。
ってかこれ……。
「ライフ、セーバーの……しゅほう……」
ライフセーバが溺れた人を救助するときにとる手法……。
「シーナ様っ!!」
ハストさんの声が聞こえる。
口に入る海水の強すぎる塩味、水を吸って張り付く服、びくともしない首に回った手、視界いっぱいに広がるオレンジ色の空。
かろうじて見えた波止場には、ハストさんが走り込んで来て、すごく怖い顔をしていた。
そして、ハストさんは波止場で止まることはなく、まっすぐに海に向かってきて――
「きれい……とびこみ……」
さすがハストさん。
飛び込み方もきれい。
そう思ったところで……。
意識が途切れた。