軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第152話 マリウッツ・ドラグアの死 ◆マリウッツ視点

「おいおい、今更ビビってんのか? さっさと台座に上がって谷底に飛び込め」

「どれだけ地の底深くまで続いてるか分かりゃしねぇんだ。きっと落ちてる間に意識なんざぶっ飛んで、喰われたことに気づかないうちに竜の腹ん中さ」

俺の後方に立つ男二人が、立ち止まった俺を訝しむように声をかけてくる。

そして、舌打ちをしながらグイグイと背中を押してきた。

前方と左右は深い谷。唯一の退路である後方には見張りの男が二人。

今更生きたいと願っても、もう何もかもが遅すぎた。もう、どうしようもない。

そう思った時――

「ぐっ」

「グアアッ!?」

「なんだ、お前は」

「ギャッ」

ドカ、バキ、という鈍い音と共に、男たちの悲鳴が響く。

後ろに立っていたはずの男たちの気配が消え、いくつかの悲鳴が徐々に遠ざかっていく。

一体何事かと思う間も無く、グッと腕を引かれた。

さっきまで押されていた反動で思い切りたたらを踏んでしまう。

尻餅をつく寸前でヒョイと小脇に抱えられ、あっという間に大地の裂け目から離れた安全な場所に下された。

「ったく、胸糞わりぃ場面に遭遇しちまったもんだぜ。おい、小僧。大丈夫か」

呆気に取られながら見上げれば、随分と体格のいい男のシルエットが浮かび上がった。

「だ、誰だ……?」

「それはこっちのセリフでもあるんだが……まずはこいつらを片付けてからだな」

見知らぬ男の言葉に振り返ると、俺を担いできた一番の巨体を持つ男が呻きながら立ち上がるところだった。

「ぐ……てめえ、何もんだ……!」

「ん? やれやれ、どうしても俺のことが知りたいようだな。通りすがりの冒険者さ。流石に手漕ぎボートで海を渡るのは無謀だったよなあ。漂流しちまってよ。食うもんを探しに森に入ったらガキ一人にいい大人が大勢で寄ってたかってよお。事情は知らねえが、見過ごすわけにはいかんだろうよ」

「邪魔するってなら容赦はしねえ。おめえら! いつまで寝てやがる! やっちまえ!」

大男に蹴り飛ばされ、地面に突っ伏していた男二人がよろよろと起き上がった。

「おうおう、威勢だけはいいこって。おいガキ、下がってな」

「あ、ああ……」

自称冒険者の男はそう言うと、背負っていた大剣を引き抜き構えた。そしてよろめきながらも襲いかかってくる男たちを次々と返り討ちにしていく。

「な、なんだこいつは……!」

「く、くそ、お前ら、もっと下がれ!」

自称冒険者の男の勢いに気圧された男たちは、ジリジリと後退していく。

――竜の谷の裂け目に向かって。

「あ、馬鹿野郎!」

奴らが気づいた時にはもう遅かった。

先に谷に落ちたであろう二人の男を喰らったのか、更なる血肉を求めたドラゴンの咆哮がビリビリと空気を揺らした。そして谷底からこれまでの比にならない突風が吹き上げた。

「うわあああっ!」

風に煽られ、吹き上げられた男たちは、バランスを崩して暗い谷底へと消えていった。

「やれやれ、天罰が下ったな、こりゃ」

大剣を納め、両手で合掌した男は、座り込んだ俺の元へとやって来た。そしてドスンと地面に腰を通して俺の目を真っ直ぐに見た。

「ガキ、名前は」

「マリウッツ・ドラグア」

「ドラグアだあ? はああ、こりゃ厄介なことに関わっちまったか。とりあえず、事情を聞いてもいいか? ああ、話せる範囲でいい」

初めて会った男だが、命の恩人だ。それに、この男は俺の身分を察しても尚、俺をただのガキだと見て扱ってくれる。

俺は自分の身分も含め、ことのあらましを説明した。多少の推測は混ざってはいるが、あながち的外れでもないだろう。

地面にあぐらをかき、膝の上で頬杖をついていた男は、指先でトントンと頬を叩き、何やら考え込んでいた。

「ふむ。お前を保護したとして城に送り届けるのも愚策か。送り届けたとして、お前の身の安全が保障されるとも限らねえ。っていうか、お前の家族クソだな」

王族に対してクソ呼ばわりとは、見つかれば不敬罪で即刻首が飛ぶぞ。

恐れ知らずな物言いに、開いた口が塞がらない。

こんなに粗暴で強引で――自由な男は初めてだ。

「そもそもお前の話だと、俺らが森にいること自体が大罪というわけか」

「ああ」

男は苦虫を噛み潰したような顔で、「やべーな」と呟きながら豪快に頭を掻く。

「それに、噂は本当だったってわけか」

「噂?」

ボソリと落とされた言葉に、反射的に問い返していた。

男は少し考える素振りを見せてから口を開いた。

「この国には黒い噂が絶えなくてな。魔物と通じているというものや、供物を捧げる見返りに魔物に国を守らせているといったもんだな。俺はこう見えてAランク冒険者だ。表には出せねえ情報なんかも回ってくるんだよ」

俺が思っている以上に、この国は真っ黒で、膿だらけだったというわけか。

「……こんな国、滅びてしまえばいい」

「……子供にそこまで言わせるか」

思わず口に出た言葉に、男は哀しげに眉を下げた。

「さて、問題はお前をどうするかだが……」

腕組みをして唸り始めた男を前に、グッと身構える。

俺を人とも扱わない、誰が敵とも分からない場所にはもう帰らないと決めた。せっかく森に来たのだから、このまま森で生活を――そう考えていると、

「よっしゃ、俺と来るか」

「え?」

男はあっけらかんとそう言った。

「いや、面倒ごとは嫌いなのだろう!?」

数度目を瞬き、ようやく彼が何を言ったのかを咀嚼した俺は思わず食ってかかる。

「まあそうだが、このまま放っておけんだろう。どうせ目撃者もいねえ。実行犯は谷の底だし、首謀者が危険を犯してここまで確認にくるとも思えん。で、どうする? お前が決めろ。お前が来たいのなら、俺と来い。俺がお前を一人前の冒険者として育ててやるぜ」

俺が、決めていいのか?

どう生きるのか、どう生きたいのか――

生まれて初めて与えられた選択肢に、ブルリと身が震えた。

「行く。連れていってくれ」

答えは自然と口に出ていた。

「よおし、今日ここで、お前は一度死んだ。国を捨て、ただのマリウッツとして生きろ。一人前になった暁には、弟子として俺の姓を名乗ってもいいぜ」

ニカリと笑った男を前に、俺は力強く頷いた。

こうしてこの日、ドラグア王国第二王子マリウッツ・ドラグアは死んだ。